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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年5月号

ワールドナウ

ヨルダンの障害者の権利を実現するために

武智剛人

中東の国ヨルダン

ヨルダンという国をご存じだろうか。中東に位置するヨルダン。中東というと現在「革命」、いわゆる「アラブの春」として日本でも連日ニュースを賑わしており、知るようになった人もいるかもしれない。

ヨルダンは、ユダヤ教の聖典である旧約聖書やキリスト教の聖典である新約聖書の舞台であるパレスチナ・イスラエルを西に、イスラム教の聖典であるコーランの舞台であるサウジアラビア、2003年の戦争で大きな損害を受けたイラクを東に、そして、現在最も「アラブの春」の影響を受け、内戦状態となることが懸念されているシリアを北に位置している(1)。そのため「宗教の生まれたところ」、そしてその宗教が原因で戦争が多々起きている「危ない中東」というイメージが強いかもしれない。しかし、現状のヨルダンは、周辺国のような危ない中東のイメージからは程遠く、犯罪も少ない平和な状態を保っている国である。

ヨルダンの人口は600万人あまり、その面積は北海道ほどの大きさのいわゆる小国である。また、人口の93%はイスラム教徒であり、特筆すべきは人口の7割がパレスチナ系住民ということである(2)。第二次世界大戦終了後に突然できたイスラエル国。そこに住んでいたいわゆる「パレスチナ人」が住む場所を追われ、難民となり逃げてきた国の一つがヨルダンなのである。したがって、ヨルダン国となっているものの、実質はお隣の国の住人であるパレスチナ系住民が人口の半数以上を占めるという世界的にも珍しい国民形成をしている国である。また、国土の80%は砂漠であり、人口の約4割は首都アンマンに集中していることも後述する障害者の生活に影響している(3)

ヨルダンの障害者事情

ヨルダンの障害者は人口の約5%の約20万人と言われている。機能障害別では肢体不自由が約30%、聴覚言語障害が約17%、知的障害が16%、視覚障害が9%となっている(4)

ヨルダンは2007年に「国連障害者の権利条約」を批准し、その実現に向けて国内法を改正し、「障害者の権利法」を制定した。「障害者の権利法」では、以前の法律では機能障害を理由に受けることができる支援を前面に出していたが、「権利法」では権利として障害者が非障害者と同じように、たとえば医療も教育も受けられ仕事にも就くことができるという文言がある。これらは「国連障害者の権利条約」の影響があるところである。

だが、実際のヨルダンの障害者の生活はどうだろうか。ヨルダンは90%以上がイスラム教徒の国。イスラム教の国では男性と女性との生活に違いを生む。アラブの国々に共通する事柄だが、女性が自由に生活することには制限がある。またアラブ社会は至って家長主義でもあり、家族や一族の長の許可がないと行動が制限される。多くの、特に地方の障害者は、この社会の中で一族の中で隠しておきたい存在になってしまえば、外出などままならないばかりか、その存在自体隠されてしまう現実がある。

人口の約4割が住む首都アンマンの地形にも障害者が目立たない存在にされてしまう要因がある。アンマンはもともと7つの丘で形成された都市であり、至るところに坂がある。また、パレスチナ系住民がアンマンに逃げてきた時に丘の至るところに住居を建てた。このため、非障害者でも住むには困難であろう住居が至るところに乱立している。

また、この国では首都の一部を除き公共交通機関があまり発達しておらず、外出するにはタクシーが主な交通手段となっている。そのため、自分で車を乗り降りできる障害者しか外出の自由がない状態である。車いすに乗る障害者を見かけることが、他の途上国よりも少ないことは、少なからずもこのような状況が影響している。

権利としての社会参加

現在、国際協力機構(JICA)は、「国連障害者の権利条約」およびヨルダンの「障害者の権利法」で定められた「障害者の権利」を実現するための技術協力を、ヨルダンの障害者施策を省庁横断的に策定し、その施策を監視・調整している機関である「ヨルダン障害者関連高等評議会」に派遣している。「障害者の権利法」がカバーする分野は多岐に渡っているが、JICAはその中から「障害者の就労」、「アクセシビリティ改善」、「障害者のエンパワメント」を中心に協力を行っている。

中東の国では、若者の失業率が軒並み20%を超え(5)、経済力のない若者の不満が「アラブの春」につながっている傾向もみられるほど、仕事に就くことへの状況は厳しい。まして、障害者になると、11%程度しか就労していない状況である(6)。障害者は、機能障害があると働くことができないものと雇用者からみなされ、就労の機会が無い状況である。また、アラブ社会で障害があることは、社会的弱者であるとみなされ、慈善事業の対象となることはあっても、障害者自らが労働者となるとは見られていないことが多々ある。

イスラム教では、弱者は守られるべきものであり、自らが困難を打開していく存在としては見られないことが少なからず根底にある。時には障害者自身やまたはその家族が、生活のためにお金を無心するということを当たり前のように行っている場面も見られる。障害者が仕事に就きにくいということは、すなわち生活にも困ってしまうということであり、それは結局、家族の経済問題にもなる。一度貧困の輪に入ってしまった家族は、なかなか貧困から抜け出せないのである。

また、前述したように、建物の構造や公共交通機関が未整備なことが、障害者が自宅から出ることを困難にしている。就労についていうと、職場が、障害者が動きまわるには適切でない、危険であるという認識があり、就労の機会を失うことも多い。

障害者も仕事を選んで、働く権利があるということを、ヨルダンでは理解されていない。また、障害者自身も進んで働こうという意識が必ずしも高くないのが現状である。

障害者がヨルダンで生きるということ

障害者がヨルダンで生きるためには、多くの障害を乗り越えなければならない。それは建物の造りだったり、多くの坂や階段だったり。そして、この国ではイスラム教独特の世界観であったり、アラブの昔からの慣習だったりする。障害者自身が障害者を取り巻く現状に対して、自身の権利を主張し、障害者の社会参加を拒む原因を根本的に解決していかなければならない。それは自身の機能障害を無くしていくことではない。社会によって閉ざされてしまった社会参加の道を社会が持つ障害者のイメージとともに変えていくことにある。それには障害者が自立する具体的な方法を学ぶことが必要である。

ヨルダンでは自立生活を日本から学び取り入れようとしている。「障害者が自ら社会を変えていく力」が障害者支援の中心となり、障害者が自らの問題として考え行動することが、「障害者の権利」を実現させていく力となる。

ヨルダンの多くの障害者は言う。「ここはヨルダンで日本ではない」。しかし、日本も今からほんの50年前までは、ヨルダンに似た偏見や差別が多くあり、それが大きな壁となって障害者の社会参加が阻まれてきた。だが、日本の多くの障害者は社会で生活することを当然の権利として主張・行動し、徐々に社会の持つ考え方を変えて今がある。

「国連障害者の権利条約」やそれに準じた「障害者の権利法」は、実は外から入ってきたもので、ヨルダンの障害者が望んで欲してできたものではない。だが人権という権利は、障害があるなしにかかわらず皆が平等に持っているものである。障害者であるからという理由で、決してはく奪されるものではない。「Nothing about us without us」障害者が自らの権利を正当に主張し自らのことを決めていくべきという理念を、ヨルダンの多くの障害者が自らの社会を変えていこうとする力で、「国連障害者の権利条約」および「障害者の権利法」が本当にヨルダンに根付いていくことを願っている。

(たけちまさと JICA専門家(ヨルダン)/障害(者)問題アドバイザー)


【引用および参考】

(1)外務省ウェッブより引用 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/jordan/index.html

(2)(3)【2012】外務省各国・地域情勢

(4)(6)【2004】ヨルダン国勢調査、ヨルダン統計局

(5)【2007―09】世界銀行「World Development Indicators」