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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年6月号

ワールドナウ

ベトナムにおける視覚障がい児・者支援―MFベトナムの取り組み

新村栄

ベトナムの障害者事情

ベトナム全土の身体障がい者は人口の7%、約580万人。そのうち視覚障がい者は、全盲が約60万人、弱視者を含めると約100万人と言われている。ベトナム戦争後に誕生した子どもや兄弟に複数の視覚障がい者がいる家庭が少なくない。ベトナム戦争時の枯葉剤の影響や、栄養失調、貧困、医療体制の遅れ、事故、はやり目、糖尿病等で、視力をなくす人が限りなくいる。

ベトナムの障がい児者支援の中でも、ことに、視覚障がい者に対する環境が著しく立ち遅れている。視覚障がい者の社会参加が1番困難だと皆が口をそろえて言う。

インフラの遅れも深刻である。広い道も、狭い道も、道路はどこも渋滞。側道をバイクが行き交い、音声のある信号機は無い。歩道は、バイクの駐車スペースとなっていて、屋台で飲食する人が腰掛けている。側溝や段差は無秩序にあって、視覚障がい者が安全に歩くことができる道は皆無である。点字ブロックなど有り得ない。都市部ほど外出は危険なので、家族の負担ばかりが重くのしかかっている。

MFベトナムの活動

NPO法人民族フォーラムベトナム事務所(以下、MFベトナム)は、外務省の日本NGO連携無償資金協力等の協力を得て、ベトナム盲人協会(以下、VBA)本部とともにこの10年、視覚障がい児・者に対する就学支援、新しい職業の創生とその技術指導を支援している。

○JICA委託事業

2003年10月~2004年9月。ベトナム点字図書館の運営支援

○日本NGO連携無償資金協力事業

2005年10月~2010年6月。職業創生・就労就学・自立支援・点字図書の普及支援。VBA本部にPCおよび点字プリンターを導入し、本部職員の技術養成指導。ベトナム全土の省支部へ点字の情報紙提供のため本部機能を強化。北部5省、中部5省の支部にIT機器を導入、職員の研修を行う。本部と10省間を結び、点字電子ファイルによる情報交換、優良点字図書の共有。

そして、最近の2年は国際ボランティア貯金事業として、現地からの強い要望があり、算数初等教育の点字教科書・教材開発、教員育成事業を進めている。さらに、晴眼者が学べる墨字の点字入門書の作成・配布。ハノイ国家師範大学特別教育学部との共同事業、助言指導を担っている。

これまで、MFベトナムは、高い意欲を持った視覚障がい者の日本留学を支援し、帰国後、彼らが日本で学んできたことを活かして本国で活躍できるよう、各関係機関との連携協力の道を開いてきた。先般、彼らが日本で立ち上げた日本ベトナム視覚障害者文化交流協会(CEAVI-JV)から、たくさんの点字機器がベトナムの視覚障がい児と国家師範大学に贈呈された。大学構内では点訳サークルを作って子どもたちの点字読み物を作る仲間を募っている。

VBAは、軍人幹部に戦場で失明した人が多く、学識、人脈のある当事者団体として、戦後間もない時期に全国規模で設立された。そこでベトナムの点字を習得した人たちが、各省に地方支部を設け主席格を務めている。しかし、労働傷病兵社会省の管轄下にあって、次世代への継承が進んでいない。

盲学校の教育事情

ベトナムの健常者は、視覚障がい者にどのような支援をしたらいいのか分からないでいる。視覚障がい者は、何もできないかわいそうな人で、お金をあげることしか思いつかない。また、視覚障がい者自身、自分にも何かできることがあるとは思っていない。仕事をするための機器(パソコンや点字プリンターなど)やそれが自分も使えるものだとはと思っていない。

ベトナムでは教育省との連携の欠如から、教育を受けられないまま大人になる視覚障がい児が多い。教育省管轄である現地の学校は、戦後、体制が整うほどに健常児の教育の場となり、視覚障がい児は受け入れていない。労働省管轄でありながらVBA支部内にプレスクールを置いて、児童に点字識字教育をしている所もあるが、寄宿施設を設けて生活訓練からの支援は容易でない。現地の学校が点字教科書・点字副読本もないまま視覚障がい児を受け入れても問題が多く、継続できない所が多い。

主要3都市(ハノイ・ダナン・ホーチミン)に盲学校があるが、形態はまちまちである。たとえばハノイの場合、ハノイ市に籍のある子どもが対象でかつ広報が行き届いていない。数年前のハノイ市拡張に係る統廃合によって無くなった元ハタイ省支部内プレスクールでは、子どもたちは家へ帰され、ハノイ市民として盲学校へ入れるチャンスを知らされなかった。私たちは、この元ハタイ省の視覚障がい者の家庭訪問を繰り返し、全盲の子どもが勉強できる場があるとは知らないでいたティエン君とその家族に出会った。ティエン君の家族は彼の将来を絶望していた。

MFベトナムは、元ハタイ省郊外BAVI地区VBAに我々独自の点字識字クラスを作った。そこでティエン君は点字をみるみる習得し、半年後には点字原稿を自分で作り、将来の夢を立派にスピーチした。

VBAの関係者でも、晴眼者は点字を知らないし知ろうともしない。そのため視覚障がい者から健常者に点字を知るように要請することなど“滅相もない”という感がある。まず、晴眼者が学べる墨字の点字入門書が無い。国内では、労働省と教育省、北部と南部で点字の標準化ができていない。現地の学校に点字を知る教員はいないので、家族が点字を知るすべもない。

現状は点字プリンター、点字ソフト等を操作できる人材の層が薄すぎる。各地で点字プリンターの供与を要請してくるが、魔法の箱と思っている。機材の保守管理スキルがなく、教科書を点字翻訳するノウハウがない。晴眼者の理解とサポートを得るべく体制がない。無いものづくしである。しかし、嘆いてばかりはいられない。

教育省が外国支援に任せてサーモプリンターで作った点字教科書がある。ベトナム語の点字を知る晴眼者と視覚障がい者との校正を怠ったため、どの頁にも誤植とノイズがある。特に算数に目立つ(凹凸で描く図形・グラフ・表)。残念ながら全く先生や生徒の立場に立っていない点字教科書なのに、高価で普通には手に入らない。

現在の国家体制では、一般の集団、組織の活動は規制が多く、外国人の活動は許可が必要である。さらに他の障がい者支援より、VBAが地方に省支部を持つことが、逆に脚かせとなって、寺子屋的な学びの場が許されない状況がある。

職業創生・就労支援

ベトナムでは、障がい者自らが何かをするという経験を得る機会が非常に限られてきた。そこでベトナムの視覚障がいをもつ人たちと、昨年、MFベトナム独自に、三つ編み工房PLAITSを立ち上げた(http://plaits.world.coocan.jp)。

PLAITSの作品は視覚障がい者自らが三つ編みした物から製作される。手探りで選ぶ布の生地や色柄は一定でないので、編みあがった作品そのものもまた、一つ一つ違っている。彼らの可能性を引き出すステップは、実際に根気強く作品を作り上げること。彼らの達成感を支えながら、少しずつスキルアップしていく。そうして出会う多くの健常者と障がい者の輪が、お互いを認め合い補い合いながら生きることができる社会づくりにつながると信じている。

視覚障がい者が自ら作品が生み出せること、仕事ができることという手ごたえを感じ始めている。

MFベトナムの今後の活動

視覚障がい者と健常者が補い合ってこそ可能なことがたくさんある。たとえば、点訳、文字読み上げ、外出介助等、日本では制度化されている事業もあるが、それをベトナムで行うためにも、健常者の支援者育成が課題である。ベトナムの障がい者が自分の人生を生きて行く中で、困難を乗り越えた時の達成感を共有できる仲間が必要である。

その経験をさらに積み上げて、次世代に向かってベトナム人自身が自国の視覚障がい者と共に活動を始めなければ意味がない。MFベトナムがその一端を担えればと思う。地道な草の根支援はこれからも続く。

(にいむらさかえ NPO法人民族フォーラムベトナム事務所所長)