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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年8月号

報告

国際セミナー「インクルーシブな障害者雇用の現在
―ソーシャル・ファームの新しい流れ」報告

弓中夏子

去る6月17日に大阪府堺市にある国際障害者交流センター(ビッグ・アイ)において、日本障害者リハビリテーション協会ならびに国際障害者交流センターの共催事業として、国際セミナー「インクルーシブな障害者雇用の現在―ソーシャル・ファームの新しい流れ」が開催されました。

以下、内容について報告致します。

●講演概要

▼炭谷茂(すみたにしげる)氏(済生会恩賜財団理事長、ソーシャルファームジャパン理事長)

日本で社会問題となっている若年失業者や障害者、ホームレス等の貧困や孤立はヨーロッパでも起こっており、その解決にソーシャルインクルージョン(これらの人々を社会の一員として迎える)という政策がとられている。最近、日本でもソーシャルインクルージョン政策が推進されている。

このソーシャルインクルージョンを具体化させるには、働く場所と教育の機会が重要である。そして、今日の日本では仕事に就くことが、人とのつながりを得る・経済的自立など社会参加の入り口となっている。

若年失業者や障害者、ホームレス等の企業等での就労が難しい人に働く場を提供することを目的とした社会的企業が、ソーシャル・ファームである。

ソーシャル・ファームは、公的な資金を当てにするのではなくビジネス的な手法で経営すること、住民に参加し協力してもらうこと、ディーセント・ワーク(働きがいのある仕事)を提供することが特徴である。

ビジネスで企業との競争に勝つには、今後の成長産業(環境、農業・酪農、福祉、特産物販売やホテル等サービス業)での展開が期待される。また発展していくためのポイントとして、商品・サービスの開発、ブランドの確立など販売力強化、経営資金・支援者の確保、健常者とのコラボレーションがあげられる。

▼ゲーロルド・シュワルツ氏(前国際移住機関経済開発局プログラムマネージャー)

ヨーロッパには約4,000のソーシャル・ファームがあり、ドイツの場合、平均的な売上は大体100万ユーロ(1億円)程度である。なぜたくさんのソーシャル・ファームがヨーロッパにあり、成功を収めているのか。要因には、1.公的支援の存在(助成金、減税、公共調達等)、2.立ち上げ状況(大規模な組織が設立し、その後独立事業としていく)、3.支援機構(起業サポート、マーケティング研修などのビジネス支援)がある。

ソーシャル・フランチャイズ方式(成功しているソーシャル・ファームのノウハウを他の場所で同業種のソーシャル・ファームを展開する際に広げていく方式)はますます重要なモデルになっており、ソーシャル・ファームセクターが大きく伸びる要因にもなっている。

▼バーナード・ジェイコブ氏(ベルギー保健省メンタルヘルスケア改革プロジェクトマネージャー兼全国コーディネーター)

ベルギーでは社会的目的を抱えている企業、非営利団体、共済組合、財団について、「ソーシャル・ファーム」ではなく「ソーシャル・エコノミー」として、次のように法律で定義している。

ソーシャル・エコノミーは、1.利益の追求よりも地域社会と地域の人々へのサービスの提供を最終目標とすること、2.自立した経営、3.民主的かつ参加型の経営、4.収入の分配において資本より人と労働を優先すること、の4つの原則を満たすものである。

ベルギーとオランダのグッド・プラクティス(良い例)に、農業とケアを結びつけてビジネスとして成り立たせている福祉農園(オランダには100以上の福祉農園がある)、バウチャー制度(ベルギーのワロン地方では障害者による庭の手入れや清掃などのチケットがあり、費用の約3分の2を政府が負担)がある。

▼フィリーダ・パービス氏(リンクス・ジャパン会長)

ソーシャル・エンタープライズ(社会的目的、環境配慮を最優先する企業)発展の背景には、ボランティア組織が寄付に頼らない持続可能な組織となるために、自分たちでビジネスを行い、収益を得ることが必要ということがある。その他に、公共負債増大による政府からの支援金削減、税金によるトップダウン式の福祉制度の弊害(人々を制度に依存させ、その結果、人々がリスクを回避したり、ソーシャル・イノベーション(注)を抑え込んでしまうという問題点)がある。

イギリスでは68,000社のソーシャル・エンタープライズがあり、合計80万人を雇用し、240億ポンドの経済規模がある。

ソーシャル・エンタープライズの持続可能性のボトルネックになっているのは資金調達であるが、この問題に対してイギリスでは、銀行の休眠口座活用(預金者の権利は政府が保証)、ソーシャル・エンタープライズの発展を支えるような投資ファンド、社会的株式市場、フランチャイジング・ワークス、グリーン投資(環境配慮型企業への投資)などが行われている。

▼伊藤静美(いとうしずみ)氏(社会福祉法人一麦会、麦の郷理事、障がい者地域リハビリテーション研究所所長)

麦の郷の前身・たつのこ共同作業所が35年前に設立された当時は、和歌山は措置率(精神科病院への強制入院率)が全国で最も高く、精神医療の遅れた地域であった。たつのこ共同作業所は8年の間、無認可で補助金がない中を住民の力で運営した。「ほっとけやん」という言葉は和歌山弁で放っておくことはできない、知らん振りはできないという言葉で、「ほっとけやん」の精神で制度がなくても住民が力をあわせ、困っている人のニーズに応えてきた。

働くということは、社会に認めてもらえるということで、社会へ入る入り口である。働く場つまり居場所や出番を与えられた人は顔つきも、話し方も、表情も、本当に生き生きとしてくる。

障害のある人が住むグループホームを立ち上げるのには困難が伴うが、障害のある子どもと共倒れになった親をたくさん見てきた。月に5万円以上稼ぎ、障害年金と合わせればグループホームに入居したり、一人暮らしをして親から経済的に自立することができ、福祉施設が生活において親の代わりになりえる。

▼中崎ひとみ(なかざきひとみ)氏(社会福祉法人共生シンフォニー常務理事、がんばカンパニー所長)

障害者の経済的な自立ができる働く場所を作るというのが第一義の目的であったが、身体と知的の人の比率が多いため、障害のある人のできる作業が少なく製造数が少ない、介護に健常者の手がとられる、と全く市場の中で自分たちは戦えないというのを再認識させられる毎日だった。工夫を重ねて収益を上げ、1995年に理念どおりに障害者全員と雇用契約を締結した。

26年間、障害がある人の働くということに取り組んで苦しんできた。資本主義の中で競争市場の中で生産性にハンディがある重度障害者ばかりを集めても、やはり賃金は払えない。それならば、能力的なハンディではなく環境的にハンディがある、就労困難な社会的排除を受ける人たちと一緒に働くことによって、それぞれの生産性を補完して協働して働く、労働に参加できる機会を作ることによって、それぞれが経済的な自立をできるのではないか。

●パネルディスカッション

浦和大学総合福祉学部教授・寺島彰(てらしまあきら)氏によるソーシャル・ファームについての解説と、会場からの質問に対する登壇者からの回答が行われました。もう少し時間の余裕があればと惜しまれました。

●感想

ソーシャル・ファームが人件費等を支払えるだけの十分な収益を得るためには、中崎氏の言われたように、いろいろな人がそれぞれの生産性を補完して協働して働くことが不可欠と感じました。

また、ソーシャル・ファームが持続的に運営されるためには、資金調達を支えるソーシャル・ファイナンスが大変重要であるということと、社会的な支援制度の必要性を感じました。さらにソーシャル・ファーム運営の実務的なことを学びたいと思いました。

(ゆみなかなつこ 国際障害者交流センター(ビッグ・アイ)職員)


(注)ソーシャル・イノベーション:たとえば通常の銀行から借り入れができない人に融資するマイクロファイナンスなど、社会的問題等を解決する新しい手法。