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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年9月号

「伊勢志摩に行きたい」希望を叶えるお手伝い
~伊勢志摩バリアフリーツアーセンターの取り組み

野口あゆみ

伊勢志摩バリアフリーツアーセンターとは?

伊勢志摩バリアフリーツアーセンター(以下:センター)は、障がい者や高齢者などが伊勢志摩に旅行に出かける際、伊勢志摩のバリアフリー観光情報発信と旅行アドバイスを行うNPOである。

今まで観光の対象としてとらえられていなかった障がい者、高齢者層の旅行マーケットを掘り起こすため、2002年、伊勢志摩の観光を再生すべく、三重県独自のプロジェクト「伊勢志摩再生プロジェクト」から生まれた。福祉の視点というより、観光とまちづくりの視点による、当時にしてみれば新しい方向からのバリアフリーの推進である。

発足当初、伊勢志摩への障がい者の旅行者は珍しかったが、10年経った今、当たり前のように車いす利用の旅行者を見かけるようになった。

現在、センターには年間800~1000件の障がい者、高齢者からの問い合わせがあり、それらに対してセンター独自の「パーソナルバリアフリー基準」をもとに情報の提供、旅行アドバイスを行っている。センターに問い合わせがあるのは、旅行者の中でもごく一部ではあるが、近年、伊勢神宮へ訪れる車いす利用者の年間参拝者数が、10年前に比べて約4倍の12,000人以上になっていることが、旅行者層の変化を物語っている。

また、伊勢志摩の宿泊施設における車いす対応客室が以前は9施設10部屋だったのが、10年間で19施設25部屋と増えているのも、需要がある証拠と言える。

センター自体も、平成19年には第1回バリアフリー化推進功労者表彰、平成20年度バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者内閣府特命担当大臣表彰奨励賞を受賞するなど、全国的にも認められつつある。

現在、近鉄・JR鳥羽駅に隣接している土産物ビルの1階に事務所を構え、車いす利用者を含む4人のスタッフが常駐する、日本初のバリアフリー観光案内センターとして活動している。

バリアフリーの調査や評価は、スタッフと専門員と呼ばれる地元障がい者たちが行う。宿泊施設、観光施設を実際に訪れて確かめているため、当事者視点の調査が信頼度を高めている。

パーソナルバリアフリー基準とは?

私たちは、障がい者の数だけバリアがあると考えている。車いす、視覚障がい、聴覚障がい、知的・発達障がい、精神障がい、内部障がい等、障がいの種類はいろいろあり、それだけでも視点は違うわけだが、さらに車いすひとつとっても、手動、電動、介助式がある。また、その車いすを介助する同行者の年齢や性別による違いや、当事者の目的地(観光)へ行きたい気持ちの大小でバリアフリーの概念も大きく変わってくる。どうしても目的地へ行きたいという人は、多少の苦労も惜しまない。

「うちはバリアフリーです」という一言だけでは、誰にとってのバリアフリーなのか? 当事者にとっては、情報がボヤけてしまうだけである。一人ひとりのバリアフリーに対する思いは異なるので、その施設を訪れ、自分の想像していたバリアフリーとは異なると、クレームが多いというのも納得できる。中途半端な情報発信はいけない。

そもそも、誰にでも使える完璧なバリアフリーというものは存在しない。それならば、すべてのバリアを公表し、「行きたい」と思う障がい者、高齢者が「この程度なら行ける」、「これは介助者を連れて行こう」という、自分で「行ける」「行けない」を判断できる材料とアドバイスが事前にあれば、旅行への不安が解消される。

そんなところに着眼して考えたのが、「パーソナルバリアフリー基準」。これらは障がい者一人ひとりに合わせた「あなただけのバリアフリー基準」である。

そのために大切なことは、

1.宿泊施設や観光施設へのバリアフリー調査においては、細かいところまで計測して膨大な情報を記録、公開すること。

2.お客様のお身体の状態や気持ちを聞き取りながら、その人に合った旅行のアドバイスを常駐で行う。

この2点は欠かせない。

ヒアリングはとても大切で、旅行の地を伊勢志摩に選んだことから、同行者は誰か? 伊勢志摩で何がしたいのか? といったことを綿密に聞き取る。

平成25年の伊勢神宮式年遷宮を控えて、伊勢市では全国的にも珍しい、宿泊施設のバリアフリー改修工事の2分の1補助事業である「伊勢市バリアフリー観光向上事業」も、センターのパーソナルバリアフリー基準をもとにアドバイスすることが前提となっている。誰もが使えるバリアフリーではなく、ターゲットを絞り、旅館の限られたスペースの中で、より多くの人たちが利用できる方法を相談しながら改修を進めている。

本来、「行きたい場所へ行く努力」というものが、発揮されるのが旅行である。そのため、センターでは「バリアフリーで行けるところ」を探すのではなく、「行きたいところへ行けるように」という理念のもと、お客様の「したい」が実現できるお手伝いをしている。

旅はリハビリとはよく言うが、家ではできなかった動作が旅行先でできたり、「旅行はこれで最後になると思う」と言っていたご家族が、翌年もそろって再来することは珍しくない。

バリアフリーの伊勢志摩ではなく、行きたい観光地が伊勢志摩であり、そこへ行くためのバリアフリー情報がすぐに手にとれる、そんな観光地を目指している。

バリアフリーアクティビティ

伊勢志摩のバリアフリー観光で力を入れていることの一つとしてあげられるのがバリアフリーアクティビティだ。

観光地で、泊まれる、行けるだけではすぐに飽きられてしまう。伊勢志摩に来れば何ができるか?旅行において、これが重要であると私たちは考えるため、「●●へ行きたい」「○○してみたい」という希望があがれば、お客様と一緒になって実現可能な方法を探す。

そんなところから、伊勢志摩ならではのサービスが生まれることもある。

旅行の間ずっと借りられる車いすがあれば…という希望があって、平成15年に車いすレンタルの「どこでもチェア」が始動した。

伊勢神宮へ行きたいけれど、老夫婦2人では砂利の参道や車いすの介助が難しい。サポートしてくれる人がいないか?とできたのが、完全予約制の地元ボランティアたちによる「神宮参拝サポート」。

旅行のお風呂の時だけ地元のヘルパーさんに介助をしてもらいたい。そんな希望を叶えるべく、地元事業所さんと手を組んだ「ヘルパー派遣」などがある。

さらなる伊勢志摩の魅力として、海水浴ができるように、水陸両用のランディーズやヒッポキャンプのレンタル、海でのイベントを地元エコツアー会社と社会福祉協議会とのタイアップで実現した。

志摩スペイン村を拠点に、毎年行われる志摩ロードパーティハーフマラソンの種目の一つとして、バリアフリーパーティランという2キロのバリアフリーコースを設け、障がい者、高齢者が景色のいいコースを走ることができるマラソン大会も、募集早々に参加定員を達してしまうという人気ぶりだ。

ほかにも、釣り好きの車いすスタッフによる、伊勢志摩周辺の安全釣りスポット情報や、大きな風船の中に入って海面を浮遊するウォーターボール。視覚障がい者にうれしい、触って楽しめる水族館など、身体が不自由であっても伊勢志摩では体験可能なレジャーがたくさんある。

私たちのモットーは、お客様の希望する「したい旅行相談」に対して「無理です」という返答はしないことにしている。前例のないことは、施設への交渉と理解、お客様の努力が相まってクリアしてきたことが多数ある。うまくコーディネートできれば伊勢志摩で叶える「できる」ことは無限なのである。

そんなお客様の要望は年々多岐にわたり、難易度も高くなっている。

前出の当事者へのサービスも定着しつつあるが、その反面、ほぼ寝たきりのご主人を連れて、宿泊先には褥瘡予防マットと電動ベッドをレンタルしておいてほしい。そのベッドの設置も寝ながら景色が見られるところへ…など、まさにその人仕様のパーソナルバリアフリー基準が発揮される対応も増えている。サービスというと、つい当事者対象のものだと考えがちだが、実は当事者はもちろん、ご家族が1番喜ぶことも多い。

たとえば、入浴ヘルパー派遣を利用された筋ジストロフィーの娘さんとその母親。2人でよく旅行をするが、腰を悪くした母親では娘のお風呂介助が難しく、旅行先での娘のお風呂はあきらめている。そんな時の母親の入浴はまさに烏の行水。「あ~いい湯だった」なんてとても言えないとか。しかしヘルパー派遣を利用して、ホクホク顔で出てきた娘の姿をみて、母親の一言が「これで私もゆっくりお風呂に入れるわ」

旅行者は、障がい者、高齢者の当事者だけではない。旅行するすべての人が楽しめなければ、旅行は「大変なイベント」として、リピートされなくなる。家族が旅行を楽しむ姿を見て、当事者の喜びへと連鎖することも忘れてはならない。

「また行こうね」。旅行者みんながそんな気持ちになるような旅の手助けをするのもセンターの役割だと考える。

全国へ広がるバリアフリーツアーセンター

センターを始めた頃の10年前は「バリアフリーじゃない観光地にバリアフリーと謳(うた)って良いものか?そんなところにお金をかけるよりも、ハードの整備にお金を出し方がいいのでは?」という声もあった。

しかし、ニーズを確認しながらPRしてきたことによってできてきたのが、前出のサービスの数々や、魅力優先の情報発信である。当時、発展途上なバリアフリー観光地にチャレンジ精神で訪れ、いろんな意見や感想、要望を伝えてくれた、アクティブな障がい者、高齢者の観光客の方々。そして、それらの課題を解消するために一緒に壁を越えてきた観光事業者さんの努力、実際に障がい者、高齢者の方たちと接してきたスタッフのおもてなし、現在のバリアフリー観光地と呼ばれる伊勢志摩をつくりあげてきたのは、観光客とこういった観光施設の方々であると言っても過言ではない。

バリアフリーツアーはマニュアルがあればできるものではなく、人の力と年月をかけてできたのがバリアフリー観光の先進地、伊勢志摩なのだ。

現在は、これらのノウハウを活かして、三重県内へバリアフリー観光を根付かせる活動を広げ、各地域への調査スタッフを育成している。また、平成22年度には、パーソナルバリアフリー基準をもとにしたバリアフリー情報の収集発信を行うセンターを全国各地に広める、日本バリアフリー観光推進機構が発足した。

独立するための資金は現在、委託事業が大半を占め、自立運営のための課題は多いが、運営方法のモデルを作ることでさらに全国に広がり、全国の観光地にバリアフリーツアーセンターありき、が当たり前の世の中になることを望んでいる。

(のぐちあゆみ 伊勢志摩バリアフリーツアーセンター事務局長)