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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年9月号

ほんの森

声に出せない あ・か・さ・た・な
世界にたった一つのコミュニケーション

天畠大輔著

評者 小野塚航

生活書院
〒160-0008
新宿区三栄町17-2-303
定価(本体1,800円+税)
TEL 03-3226-1203
FAX 03-3226-1204

天畠氏を一言でいえば、それは努力の人である。医療ミスにより自身の体をほとんど動かせなくなってしまうような障害を背負ってしまった彼が、そこからどうやって再起していくか、その過程がこの本には克明に綴られている。手も足も思うように動かず、発話も困難な彼がどうやって相手に意思を伝えるのか。その方法が「あ・か・さ・た・な」コミュニケーションであった。伝えたい言葉をあ・か・さ・た・な…と順に一語ずつ読み取りながら単語を形成していくのだ。この方法は、伝える側にも聞く側にも相当の時間と労力がかかる。それでもこのコミュニケーションが確立していったのは、彼の“伝えたい”という意思が強かったからだろうし、彼の言葉を“聞きたい”という周囲の思いが強かったからだろう。

僕も障害を背負いながら生きている。肢体不自由で発声にも不自由があり、人との会話には困難が生じる。相手に自分の意思がうまく伝えられずにもどかしさを感じることも少なくない。だから、天畠氏が初めて「あ・か・さ・た・な」コミュニケーションで母親と通じ合えた時の嬉(うれ)しさは、痛いほどよくわかる。

天畠氏には支えてくれる多くの友人知人がいる。それは彼が生きたいという願いを周囲に強く発信し、その思いに周囲が共感したからだ。それを実践していくためには彼自身も健常者の何倍もパワーを必要とする。大学に入り、学び、卒業論文を執筆し、卒業にまで至った彼は、きっととてつもないバイタリティーの持ち主なのだろう。

天畠氏が生きていくために指標としたのが「学ぶこと」だった。彼が世界の情報を得、周囲との関係を続けていくためには学ぶことは欠かせないことだ。と同時に彼は、“知りたい”という欲求、探究心の強い人だともいえる。卒業後も自身の方向を模索しながら必死に一歩ずつ進んでいる彼と、卒業後は「遊びたい」というスタンスで生きている僕とは大きな違いだ。

人は一人では生きていけない。誰(だれ)かと触れ合い、誰かに支えられながら生きていく。それはきっと、障害者も健常者も変わらないことだと思う。時として障害者は支えられるだけだと思われがちだがそんなことは決してない。障害者でも健常者でも、ひたすらに前を向いて生きていれば、その姿が誰かの支えとなっているかもしれない。

天畠氏の「声に出せない あ・か・さ・た・な」を読み進めると、そんな思いに駆り立てられる。

(おのづかわたる NPO法人風の子会)