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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年9月号

列島縦断ネットワーキング【高知】

自立を支援するために自立する
~障がいのある人が誇れる働く場づくりのために~

竹村利道

「なぜ、そこまでして就労支援事業を行おうとするのですか?」は、視察に訪れる方からの一番多い質問です。そのご質問にはこのようにお返事しています。「1日6時間働いて月給が1万数千円だとしたら、あなたは今ここにいることができますか?」と。

共生やノーマライゼーションと聞こえのいいスローガンとは裏腹な、目を覆いたくなるような障がい者の就労の実際をなんとか変えたいと思う活動をご紹介させていただきます。

原動力

授産施設に勤務していた前職時代、ティッシュの袋詰めなど軽作業を行う障がい者の月額工賃は約8,000円。そこには「できない」が充満し「仕方ない」が蔓延していました。障がい者支援の名目で支援報酬から“給与”を得る職員が一般的な暮らしをする一方、本来の受益者が“工賃”しか得られず、自立にほど遠い生活であることは怒り以外の何物でもありませんでした。

当時、あらゆる改革策を講じるも思い通りにならないことを他人のせいにしていましたが、ある日気が付きました。「自身は絶対傷つかない安全な所から改革を訴えてもそれは本気ではない」と。

貴重な失敗

気付きからほどなく退職し、立ち上げた有限会社で食品工場を始めました。「福祉と一線を画し法定最低賃金で障がい者雇用」と新聞を飾り、スタートした事業ですが、最初の月から大赤字。赤字額は膨らみ続け、前職の退職金も貯えもすっかり失い、半年と経たないうちに資金は底を突き撤退を余儀なくされました。

障がい者の自立を支援しようとしていた自分自身が、実は自立できていなかったことに気付かされた貴重な失敗でした。

自立へ

内容的にママゴトだった事業を市場に受け入れられる本物にするために、積極的に企業との提携を進めました。ただ、その姿勢はこれまでの「福祉でやっているからお助けを」という手のひらを上にした“ちょうだい”ではなく「一緒に事業をやりませんか?」と手をまっすぐ差し出す“握手”を意識しました。

これまでは福祉に対する企業からの仕事の提供は、請われるので仕方なくの内職系作業が中心でした。ビジネス的にはwin-loseな関係です。ワークスみらい高知では、企業にもメリットが生じるよう提案し、win-winな関係が築かれています。

たとえば、どら焼きの製造では、必要な機械設備を整える覚悟を前提に提携を投げかけると、あんこメーカーが秘伝のレシピを提供し製造が開始されるだけではなく、流通のための商社を紹介されました。現在、全国に月5万個出荷されるどら焼きですが、関わる企業も商社も福祉だからと自己犠牲を払ってくれているのではなく、それぞれに有効なパートナーとしてお付き合いいただいているのです。もし「何か仕事をください」と“ちょうだい”の姿勢だったならせいぜい箱詰めの軽作業をいただき“工賃”にとどまっていたことでしょう。

広がる企業とのコラボレーション

福祉と企業の新たな関係性で成功事例が生まれると、自然と他社にも広がります。現在、主力商品となっているケーキも企業との対等なタイアップによるものです。100円のケーキ、聞いた段階では「安いだけでおいしくないだろう」という印象でしたが、実際は「これで本当に100円?」という商品でした。

安いがゆえにたくさん作ってたくさん売らなければならないのですが、その企業では製造能力に課題がありました。そこでワークスみらい高知が事業所を設置し、大量製造が可能となる機器を設置することで事業が開始されました。

体制ができると、量販店との商談もすぐに動き出し、出荷が月6万個に達するまでにそう時間はかかりませんでした。

環境を整える

もちろん、どら焼きもケーキも障がい者が製造に従事しています。彼らは特別な能力があって雇用され製造にあたっているのではありません。職人技があるわけではない彼らにできる仕事は、これまでの福祉のセオリーでいくと内職系軽作業になるのは必然です。

しかし、それで終わってしまっては前に進まず、得られるのは1万数千円の工賃のままです。「障害があるからできない」と安易に片づけるのではなく「どうすればできるか」を考えるのが支援者の仕事です。

HOWで考えるとさまざまな方法が見えてきます。どら焼きは焼き加減に左右されず、機械の調整に委ねたり、あんこを計量できないから作業させられないではなく、あんこを定量絞り出す機器をパートナーにすれば、その部分の仕事をすることが十分可能になります。

また、ケーキ製造ではクリームを塗る、等分にカットする、フィルムを巻きつけるに至るまで「できない」部分を機器に補われながら製造に従事しています。環境を整えるというこの行為、機器は高いもので1,000万円を超えるものもあり導入を躊躇(ちゅうちょ)しがちですが、事業者として、報酬を受ける責任として、最大限障がい者の能力を引き出し、補い、自立につながる給与を支給できるよう努めることは当然のことだと思います。

そこで働くことを自慢できるように

障がい者の働く場所といえば、その多くが一般から外れた場所でひっそりと、がその印象です。通っている方々も「ここで働いているんだ」と近所の人に自慢しようとするものではないのだろうと思っていました。ワークスみらい高知は、福祉事業所としてではなく地域の人気店として有名です。そこで働いていることを近所から「へぇ、あそこで働いているんだ、すごいねぇ」と言われます、と教えてくれた知的障害のある女性は満面の笑みです。

「障がい者が作りました」「福祉でやっています」とすがるような商売をしていた頃には考えられない行列が各店舗にできています。最初から言い訳のように「障がい者が云々」と訴えると、障がい者に身近でない一般の方々はそこを避けようとします。そんなことを伝えずに行ってみたいと思わせる店を作り、魅力的なメニューを提供するとお客さんは来てくださいます。そして不思議なことに、そこに障害のある人がいても自然と受け入れ、リピートするばかりでなく誰かを伴って来られるようになります。

「社会に理解がない」という常とう句に慣れていましたが、実感するのは「社会は理解に溢れている。それを阻害しているのは福祉の異質感だ」ということです。当たり前とか普通を標榜しながら独自の殻に閉じこもっている状況を、今一度客観視して社会に相対してみることが、ノーマライゼーションにつながる近道だと思います。

事実は真実の敵なり

現在10事業所にて、就労継続A型の従事者60人をはじめ100人の方が働いています。障がい者は軽作業しかできず工賃を得るという「事実」に抗(あらが)い活動を続けた結果、“工賃”から脱却し“給与”を得ることができ始めましたが、これとて「事実」に過ぎません。あるべき「真実」は何かを考えたとき、これほどのまとまった障がい者が一法人に固まっていることを良しとしてはいけません。

ワークスみらい高知で働く障がい者がもっと社会の至るところで、そして障がい者が就くとは思ってもみなかった職種へ進出できるよう歩を進めることが次の目標です。そして、その事実づくりを繰り返し、どこまでも到達しない真実への過程で、「障がい者って働けないと思われていた時代があったって本当?」や「障がい者って呼ばれていた人ってどんな人だったの?」と、すっかりメガネ程度の扱いになった車いす使用の担任教諭に、生徒が不思議そうに質問をする時代がいつの日かやって来ることを願っています。

想像できることは実現できる。そう信じて。

(たけむらとしみち 特定非営利活動法人ワークスみらい高知代表)