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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年10月号

フォーラム2012

IPSモデルによる就労支援の実践
~コミュネット楽創編~

本多俊紀

1 はじめに

IPS(Individual Placement and Support:個別職業紹介とサポート)というモデルは、米国で開発され「科学的根拠のある実践(EBP:EvidenceBased Practices)」と認められた精神障害者の就労支援モデルです。高い効果を上げている就労支援事業者の要素を抽出・分析して、その共通する考え方や手法をまとめた実践であり、日本では2005年に実験的に取り入れられ、現在、このIPSを導入した就労支援は全国数か所で実施されています。2006年から当法人でも実施し、その実践と照らしながらIPSについてご紹介させていただきたいと思います。

2 法人の沿革

NPO法人コミュネット楽創は、2003年に設立され「自分力をいかし、そしてわかちあう」という法人理念のもと、札幌市で障害者福祉を中心に活動しています。その前身は1998年に札幌市白石区にて開設した精神障害者共同作業所で、安定した運営を目指し、NPO法人を設立しました。

2006年より、札幌市の指定管理を受け、精神障害者通所授産施設札幌市こぶし館(以下、こぶし館)を運営することとなり、その際にIPSモデルを導入しました。2010年の期間満了に伴い、それまでの経験を活かした就労移行支援事業所コンポステラ(以下、コンポステラ)を開設し、現在は、コンポステラのほかに多機能事業所ホワイトストーン(就労移行・就労継続B)、就業・生活相談室からびな(札幌市単独補助金事業)の3つの事業所を運営しています。

今回は、IPSを実施したこぶし館とコンポステラの経験をもとに報告します。

3 IPSモデルの概要

IPSでは、前提となるいくつかの重要な概念があります。その中から特徴的な二つの概念と、それに基づいた実施原則を説明します。

一つ目は「リカバリー」という概念です。それは明確には定義されない言葉なのですが、筆者は「一人ひとりが希望を選択し、その人らしく生きていくこと」と考えています。

二つ目は「Place then Train」です。従来の職業リハビリテーションでは、保護的な福祉的就労環境で訓練してから就労に向かう「Train then Place」というモデルでしたが、IPSは、その職場で必要な技能は、その職場で学ぶのが効果的であると考えています。

また、IPSでは実践するための七つの基本原則が明示されており、原則と実践の適合度が高ければ高いほど、成果が出ることが証明されています。その原則とは、1.希望すれば誰(だれ)もが利用可能、2.医療・生活のサービスとの統合、3.一般就労を目指す、4.年金や生活保護受給に関する個別相談の実施、5.迅速な求職活動、6.継続した就労後の支援、7.利用者の興味・関心と選択を尊重、です。

IPSでは、障害の状況や職業準備性よりも、仕事へのモチベーションの度合いが就労達成に大きな影響を与えると考えられています。そのため、その方の興味や願望、希望する職種や条件が重視され、その結果、就職後もその職業への満足度が高く、在職期間が長くなると言われています。

このように、従来行われていた就労支援とは考え方が大きく異なることにより、わが国では法律などを含め多くのことが整っていない状況となっています。

4 当法人におけるIPSの導入と実践

こぶし館は、1996年に札幌市が精神障害者通所授産施設として設置し、他の法人によって運営されていましたが、2006年より4年間当法人が運営し、基本方針を「当事者の希望に基づいた就労支援」としてIPSを導入しました。

運営開始当初は、利用者にも職員にも、従来の就労支援と違うIPSに対する疑念やとまどいがあった様子で、求職活動におけるアウトリーチ支援も4割ほどの利用者に実施されていたにすぎませんでした。しかし、最初の数か月で複数の就労者を出したことをきっかけに加速し、1年かからずにほぼ全員が対象となり、最終的には利用者にも対外的にも、一般就労を目的とした事業所として認識されていきました。

実践の中で、就職後の支援におけるマンパワーの問題を常に課題として抱えていましたが、2008年からは第1号職場適応援助者事業(以下、ジョブコーチ)も実施し、職場定着・継続就労への支援拡充を図ることができ、課題解消に向かっていきました。さらに、こぶし館は市内の中心部から遠く、利用者のアクセスも求職活動も就職後の支援についても、タイムリーに行うことに困難を抱え、授産施設というシステム上の限界性もありました。しかし、不完全なIPSではありましたが、4年間で延べ107人の就職者を出すことができました。

コンポステラは、4年間のこぶし館の指定管理終了に伴い、新たに開設した就労移行支援事業所です。開設にあたって、こぶし館で解消できなかった課題にも取り組みました。

まず、マンパワー不足については、定員20人(職員の法定常勤換算配置5.7人)に対し、常勤7人と非常勤1人(ジョブコーチを含む。現在は常勤8人、非常勤2人)と改善し、立地も市内中心部より地下鉄で3分のところに開設したことで大きく改善され、働く元利用者が毎日立ち寄る場所となりました。

5 「普通」の就労支援

IPSモデルの7つの原則のほとんどは、健常者と呼ばれる私たちにとって当たり前のことです。たとえば、職業選択は自分に興味のある分野に、挑戦したいタイミングで挑戦できるのが当たり前です。もちろん、そのための自分の負うべき責任や役割も引き受けなければいけませんが、他者の意見を参考にしたとしても、何を選択するかは個人の判断であり、それが尊重されます。

しかし、従来の就労支援には、その障害についての保護的な意味合いが強いものが多かったのではないでしょうか。自分で責任を持てないだろうという配慮のもと選択肢は狭められ、医療・福祉をはじめとした支援者の許可を取り付けなければ選択できない状況となり、だれが意思決定の主体者なのかがわからなくなっていたのではないでしょうか。そこには悪意などはなく、善意のもとに起こっていたことなのでしょうが、その結果、自由に自分のタイミングで仕事に向かったり、「できない」という思い込みのもと選択できなかったり、就きたい職業に必要かどうかを吟味されないまま広範な技能を身に付けるための訓練をせざるをえない状況となっていました。

このようなやり方の成果は、従来の授産施設モデルでの就労移行率1%という数字が物語っています。さらにはノーマライゼーションという意味でも、私たち健常者と同じようなやり方で仕事を得られることを目指すべきと思います。

自分のことを思い返してみると、自分が何らかの人生の選択をする時、リスクについて助言や危険性を考えてくれる方もいましたが、その意見も参考にしながら自分で選択をし、自分の思った時に、自分の責任のもとに行動に移してきたように思います。また、実践で学んだことがとても多く、仕事の前に学んだこと以上に大きな武器となっています。

繰り返しになりますが、IPSでは、その方の興味に基づき、その方が「働きたい」という意思を示したら迅速に就職活動を行うことを支援し、広範な職業前訓練より、職場についてからその技能を学ぶことを大切にするということを大事にしています。それは新時代の障害者の就労支援というより、今まで通りの「普通」の就労支援なのだと思います。

(ほんだとしのり NPO法人コミュネット楽創事務長、コンポステラ所長)


【参考文献】

○D・R・ベッカー、他:精神障害をもつ人たちのワーキングライフ、金剛出版、2004

○アメリカ連邦政府EBP実施・普及ツールキットシリーズ第4巻:IPS・援助付き雇用、2009

○伊藤順一郎、他:IPS入門、地域精神保健福祉機構、2010