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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年10月号

ワールドナウ

国際開発とろう社会の発展

森壮也

世界ろう連と途上国支援

世界ろう連(WFD)は、これまで北欧の各政府から支援を得て、アフリカ、アジア、東欧でろうコミュニティの発展の支援プロジェクトを行なってきた。現理事長のコリン・アレン氏は、WFDの理事となってから、そうした途上国支援を長らくやってきた人物でもある。

WFDのトップにこのように典型的に見られるように、他の多くの国際的な障害当事者団体と同様、先進国のろう団体の多くは、こうした途上国支援を積極的に推進してきている。かつてWFDは当初、欧州のろう団体の友好クラブとしての性質を持っていたが、国連障害者の権利条約の策定議論にも参加する中、WFDの持つ性格は大きく変わってきたと言える。特に途上国支援に関しては、リサ・カウッピネン元理事長(1995-2002)の時代以降、大きな変化が見られた。カウッピネン理事長の時代に築かれたろう者自らが現地に行って支援を行うという基礎は、その次のマック・ヨキネン理事長(2003-2011)の時代、そして現在のアレン理事長(2011~)にも引き継がれた。

北欧諸国による途上国支援をプロジェクトの形で引き受けて行なってきたスウェーデンやフィンランドなど北欧諸国のろう団体、同様にイギリス政府の支援を引き受けて南アジアを中心に行なってきたデフ・ウェイ、米国政府の途上国支援のうち、ピース・コーと呼ばれる日本の青年海外協力隊のモデルともなったろう青年による支援など、多くの先進諸国のろう団体による途上国支援が、現在も盛んに行われている。特に数年以上にわたる継続的プロジェクトでは、スウェーデンやフィンランドなどは先進的な事例を積み重ねてきた。その実践と政府との枠組み作りは、日本としても大いに参考になるものがあるはずである。

UCLANのアイランズ研究所による国際ワークショップ

そうした中、2012年7月4日から6日まで、イギリス北部にあるセントラル・ランカシャー大学に所属するアイランズ研究所という手話の類型論(各国の手話の言語学的な比較研究)を行なっていることで有名な研究所で、興味深い会議が開催された。ろうコミュニティの発展をテーマとした国際ワークショップである。筆者は、このワークショップに招待されて議論に参加する機会を得た。筆者が参加した同ワークショップのうち、途上国関連の議論を中心にいくつかを紹介したい。

1 「これから必要なろうのリーダーとはどのようなタイプのものか」 アスガー・ベルクマン(デンマーク)

ベルクマン氏は日本のろう者の間でもよく知られたデンマークのろう運動のリーダーであり、WFDの理事も長くされた方である。同氏の報告は、人工内耳に代表される技術進歩によってデンマークのろう社会がどういった脅威を経験したかということから始まった。これは、デンマークのみならず、国際ろう社会にとっても大きな問題であることを指摘し、1.今日のメインストリーミングに対し手話言語学、人権アプローチ、倫理の問題からも取り組む必要があること、2.人工内耳についても同様の考察が必要というテクノロジーの発展にろうコミュニティの側も対応して新たな戦略を考えていかないといけないという問題提起を行なった。

2 「中国におけるろうコミュニティの草の根のリーダーシップについて」杨军辉(中国)

杨氏は中国出身で、現在はイギリス在住のろう者であるが、日本でもあまり知られていない1930年代以降の中国の草の根のろうコミュニティの発展について報告した。ろう者の成人リーダーが、大都市に設立されたろう学校をベースに、ろう者が多数働く福祉企業体で育った。ここ20年ほどは中国政府の開放政策の影響もあり、新しい草の根のろうリーダーが出現しつつあり、国際的な活動をする者も出てきている。グローバライゼーション、インターネットのようなテクノロジーの発展が彼らの国際的な活動を支えている。彼らの積極的な活動は、ろう者に対する中国国民の態度も変えつつある。

一方、こうした草の根のリーダーと既存のろう団体同士の対立も一部の地域では見られる。後者のリーダーは政府任命であり、必ずしもろうコミュニティでの経験を有しているとは限らないためだというのが、杨氏の分析である。こうした壁はあるものの、草の根のリーダーたちは、マルチメディア・コミュニケーションや国際的なろう者のソーシャル・ネットワークを利用してより強くなりつつあるという。

3 「参加型またコミュニティに基づいたタイプの手話の活性化およびコミュニティ・エンパワメント」カリン・ホイヤー(フィンランド)

ホイヤー氏は聴者であるが、フィンランドろう協会(FAD)が実施したバルカン諸国における開発協力に協力し、アルバニアとコソボでは、地元のパートナーと人権と民主化を促進し、手話の地位向上のために活動した。

FADは、ろう者の人権、組織化と組織運営、教育、手話の記録・調査、辞書制作、手話通訳者訓練についてのトレーニングを行なった。また、外部の人間がプロジェクトに関わる方法として参加型アプローチを評価した。それは、文化的妥当性と開発プロジェクトでの有効性の双方を保証するというUNESCOによる研究結果にも合致するという。また報告では、現在作成中のFADによる「開発協力における手話関係作業マニュアル」についてのアイデアも紹介された。

4 「種から実へ:見たわたしたちの経験の鍵となることば―ドナー国と受け入れ国の観点から」サム・ルタロ・キインギ(ナイジェリア)、リトヴァ・ベルクマン(デンマーク)

キインギ氏とベルクマン夫人による報告は、ドナー側と受け入れ側の双方による興味深い報告であった。ウガンダろう協会(UNAD)とデンマークろう協会(DDL)が1992~2006年に14年間実施したプロジェクトに基づく報告である。同プロジェクトは、1.ウガンダのろう協会の発展と強化、2.手話の創出と開発・手話辞書作成・通訳養成が目的であった。国際・国内の双方の評価によれば、同プロジェクトは大成功であったと言えるが、いくつかの課題も残した。それは両国間の文化の違いとろう団体の違い、またプロジェクトについての経験の違いである。これは現在も解決されたとは言い難いが、経験をどのようにうまく共有するかという意味でこの課題をワークショップで共有しながら、引き続き考えていきたいと締めくくられた。

5 「ヨルダンにおける手話言語のためのピア教育」ポール・スコット(イギリス)、ムハマド・サルハ(ヨルダン)

この報告は、ヨルダンのろうの手話教師養成プロジェクトの経験である。ヨルダンには、約2万人のろう者がいるとされ、公用語はアラビア語と英語、そしてルガート・アル・イシャラ・アル・ウルデュニア(LIU)と呼ばれる手話である。同国にはまだろう協会はなく、スポーツ活動や手話教室、チェス大会、イスラム教や英語の教育などがデフ・クラブで散発的かつ組織的にではなく行われている。現在、ヨルダンのろうコミュニティは、雇用、教育、その他の開発で大事な側面でも多くのバリアに直面しているが、バリアになじみすぎてしまっているという。報告者たちは、アンマンで手話教師のためのピア教育創出プロジェクトと手話教師養成プロジェクトを始め、ろう者の手話講師養成に取り組み始めた。その際に直面した文化的諸問題や参加者リクルートの問題、手話教師のエンパワメント、ろうコミュニティのエンパワメントなどについて報告された。

最後に

紙幅の関係からすべての報告を紹介できなかったのは残念であるが、手話言語学の知識がろう者の開発では大変に重要なことが報告から分かった。開発についての知識と言語学的な知識の双方がろう者の開発には必要なことや、支援側と受け入れ側のギャップをどう埋めるかはまだ経験が積み重ねられている段階で、今後さらに研究が必要なこと、また、テクノロジーの発展や中国の草の根のような新しい動きへの対応と取り組みが必要なことも確認された。国際開発におけるろう社会の発展は、障害と開発の中でも比較的新しいテーマである。今後もさらなる議論の深まりを期待したい。

(もりそうや 日本貿易振興機構アジア経済研究所主任研究員)