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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2012年12月号

インチョン戦略―策定の経緯と主な概要

松井亮輔

はじめに

2012年10月29日(月)~11月2日(金)、韓国インチョン市の国際会議場ソンド・コンベンシアで、国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)第2次アジア太平洋障害者の十年(2003~2012)実施状況の最終評価ハイレベル政府間会合(以下、ハイレベル政府間会合)が開かれた。((注)ハイレベル政府間会合は、高級実務者会合(10月29日~31日)と閣僚級会合(11月1日~2日)からなる。)参加者は、約360人で、その内訳は、35か国・地域からの政府代表団181人、10の国連機関・政府間機関などの関係者44人、40の市民社会団体(CSO)関係者121人(介助者など36人を含む)および障害チャンピオンなど17人(一部重複)である。その最終日に新十年(2013―2022)の政策ガイドラインとなる「アジア太平洋地域における障害者の『権利を実現させる』ためのインチョン戦略草案(最終版)」が採択された。同草案は、2013年4月または5月に開催されるESCAP総会で承認を得て、実施されることになる。

以下では、インチョン戦略策定の経緯、それへの市民社会団体(CSO)の関わり、ならびに同戦略の主な概要について触れることとする。

1 インチョン戦略策定の経緯

インチョン戦略策定の根拠となったのは、2010年5月10日のESCAP総会で「ハイレベル政府間会合の開催に向けた準備に関する決議」(決議66/11)が行われたことである。その内容は1.ハイレベル政府間会合を2012年に韓国政府の主催で開催すること、2.加盟各国や主要関係者がその準備に積極的に貢献するよう要請すること、などである。

(1)専門家等会議

その決議を受けて、2010年6月23日(水)~25日(金)、バンコクのESCAP国際会議センターで「第2次十年:びわこミレニアム・フレームワーク(以下、BMF)の実施状況評価に関する専門家グループ・ステークホルダー会議(以下、専門家等会議)」が開催された。この会議では、第2次十年の達成状況の評価と残された課題、および新十年の実施などについて議論が行われた。

(2)社会開発委員会(第2会期)

その結果を取りまとめた報告書が、2010年10月19日(火)~21日(木)、バンコクのESCAP国際会議センターで開かれたESCAP社会開発委員会(第2会期)に提出された。(注社会開発委員会は、2008年4月の第64回ESCAP総会の決議に基づき設置されたもので、原則として2年に一度開催されることになっている。2012年にはハイレベル政府間会合などがあることから、同委員会は開催されず、次回は2014年に開催される。)

同委員会の議題の一つが「ハイレベル政府間会合における第2次十年実施についての最終まとめのための準備」である。それに関連して各国における取り組みを踏まえた議論が行われ、2010年6月の専門家等会議の報告書の中で提案された、障害者の権利実現(“Make the Right Real”)をテーマとする新十年の実施を、2011年5月に開催されるESCAP総会に諮ることが決定された。

(3)ステークホルダー会議

そして、新十年の実施が同総会で決議された結果、新十年の戦略づくりが始まることとなった。2011年12月14日(水)~16日(金)、バンコクのESCAP国際会議センターで開かれた「ハイレベル政府間会合に向けた地域ステークホルダー会議(以下、ステークホルダー会議)」では、インチョンでのハイレベル政府間会合に提出されるインチョン戦略草案などの検討が行われた。

(4)準備会議

同会議での議論を踏まえて修正された草案修正案についてさらに検討するため、2012年3月14日(水)~16日(金)に「ハイレベル政府間会合のための地域準備会議(以下、準備会議)」がバンコクのESCAP国際会議センターで開かれた。その会議に諮られたインチョン戦略草案は、2011年12月のステークホルダー会議での検討を経て大幅に修正されたものである。

前述のステークホルダー会議で、準備会議に参加できるCSOは15団体(表1)に限定されるとともに、発言も(それぞれのCSOが個別にするのではなく)15CSOの統一意見を述べるという方式となった。そのためこれらのCSO関係者は、準備会議の前日、ESCAP事務局からあらかじめ示された同戦略草案(修正案)について各項目ごとに統一意見を取りまとめ、ESCAP事務局に文書で提出。同会議では、各項目について分担して統一意見を述べた。

表1 ハイレベル政府間会合に参加した15のCSO

1.アセアン自閉症ネットワーク
2.アセアン障害フォーラム
3.アジア太平洋障害者センター(APCD)
4.アジア太平洋障害フォーラム(APDF)
5.CBRアジア太平洋ネットワーク
6.DAISYコンソーシアム
7.DPIアジア太平洋
8.インクルージョン・インターナショナル(II)アジア太平洋
9.大洋州障害フォーラム(PDF)
10.国際リハビリテーション協会(RI)アジア太平洋地域委員会
11.南アジア障害フォーラム(SADF)
12.世界盲人連合アジア太平洋(WBUAP)
13.世界ろう連盟(WFDB)アジア太平洋地域事務局
14.世界盲ろう者連盟(WFDb)アジア太平洋
15.世界精神医療ユーザー・サバイバーネットワーク(WNUSP)

準備会議でのCSOなどの意見も取り入れ、さらに修正されたインチョン戦略草案(再修正版)が2012年6月末、ESCAP事務局より公表された。

(5)CSO作業チーム会議

ハイレベル政府間会合でも、準備会議と同様、15CSOの統一意見の表明しか認められないということが明らかとなったことから、インチョン戦略草案(再修正版)に対するCSOの統一意見を取りまとめるため、8月6日(月)~7日(火)、韓国の2012アジア太平洋障害フォーラム(APDF)会議組織委員会の協力を得て、ソウル市内でCSO作業チーム会議を開催した。この会議には、15CSOのうち文書での意見を提出したものも含め、11のCSO関係者が参加した。同会議で取りまとめたCSO統一意見は、8月10日(金)にESCAP事務局に電子ファイルで提出された。それは各国政府などから提出されたものと同様、公式文書としてESCAPのウェブサイトに掲載されるとともに、ハイレベル政府間会合でも配布された。

2 インチョン戦略草案(最終版)の主な概要

2012年11月2日(金)のハイレベル政府間会合最終日に採択されたインチョン戦略草案(最終版)の主な概要は、次のとおりである。

その内容は、A.背景、B.主要な原則と政策方向、C.インチョン目標と下位目標、D.国、小地域および地域レベルでの効果的な実施方法、および添付資料「アジア太平洋障害者の十年に関するワーキング・グループの委託事項」から成る。そのうちC.は相互に関連する10の目標(表2)、27の下位目標および62の指標(42の中核指標と20の補足指標)から構成される。(注中核指標は、新十年間に各国間で進捗状況の共有化を促進するためのもので、ある程度努力すれば、データが得られる指標である。補足指標は、同じような社会経済の発展状況にある国家間で進捗状況の監視を促進しうるが、そのデータの収集はあまり容易ではない指標である。)

表2 インチョン戦略草案(最終版)の10の目標

目標1:貧困の削減と労働・雇用の見通しの改善
目標2:政治参加と意思決定過程への参加の促進
目標3:物理的環境、公共交通機関、知識と情報・コミュニケーションへのアクセスの向上
目標4:社会保護の強化
目標5:障害のある子どものための早期介入と教育の拡大
目標6:ジェンダーの平等と女性のエンパワメントの確保
目標7:災害準備と対応への障害の視点包摂の確保
目標8:障害データの信憑性と比較可能性の向上
目標9:障害者権利条約の批准・履行と(条約との)国内法の整合性の促進
目標10:小地域、域内および地域間協力の推進

たとえば、目標5「障害のある子どものための早期介入と教育の拡大」の下位目標の一つは、初等および中等教育への入学率における障害のある子どもと障害のない子どもの格差を半減することである。そして、障害のある子どもの初等教育および中等教育入学率がその中核指標となっている。

15CSOは、初等教育および中等教育への入学率だけでなく、卒業率も中核指標とすることを提案したが、受け入れられなかった。

第2次十年のBMFなどと比べてのインチョン戦略草案(最終版)との違いは、後者の下位目標とその進捗状況の評価の尺度となる中核指標からわかるように、下位目標や中核指標は、新十年間にほぼ確実に達成可能で、かつデータでの検証が可能と思われるものに絞られていることである。その結果、障害のある子どもと障害のない子どもの初等教育や中等教育レベルの格差の是正には、入学率だけでなく、一定水準以上の教育を確実に受けて、卒業できるようにすることが求められるにもかかわらず、それが下位目標とはならないのは、インチョン戦略の限界といえよう。

3 インチョン戦略実施状況の監視機能

インチョン戦略を地域レベルで効果的に実施する方法として、地域ワーキング・グループが設置されることとなった。15CSOとしては、このワーキング・グループに監視機能を持たせるべく、インチョン戦略の進捗状況について定期的にレビューするとともに、その報告書を準備することなどを提案したが、それは認められなかった。結果的には、その役割は、インチョン戦略の実施状況の評価について、ESCAP加盟国や準加盟国に助言や支援を提供するというきわめて限られたものとなっている。

ワーキング・グループのメンバーは、政府代表15人、CSO代表15人の30人から構成されることになり、ハイレベル政府間会合高級実務者会合の最終日(10月31日)にそのメンバーとなることを希望する加盟国・準加盟国およびCSOを募ったところ、国としてはバングラデシュ、ブータン、中国、フィジー、インド、インドネシア、日本、マレーシア、モンゴル、ミャンマー、パキスタン、フィリピン、韓国、ロシア、サモアおよびタイの16か国が、またCSOからは前述の15CSOに加え、アジア太平洋障害者団体連合(DPO United)、CBM(Christian Blind Mission)、中央アジア障害フォーラムおよびコミットメント(インド)の4団体が手を上げた。

ワーキング・グループのメンバーの決定は、2013年4月または5月に開かれるESCAP総会で行われる。ワーキング・グループの委託事項によれば、ワーキング・グループとなりうるCSOの条件として、1.アジア太平洋地域および/または小地域で活動していること、2.障害者の利益を代表、支援および/または推進する団体またはネットワークであること、3.インチョン戦略などの実施に関連する技術的ノウハウをもっていること、とされる。

おわりに

第1次十年および第2次十年では、中間年および最終年のハイレベル政府間会合に加え、2年ごとに進捗状況を監視するための地域会合などを開催するとともに、その報告書をESCAP総会に提出すること、国連機関、加盟国・准加盟国政府および域内の障害者団体を含む、CSO関係者から構成される地域ワーキング・グループを定期的に開催し、BMFなどの実施についての調整および監視することとされていた。しかし、第2次十年では、中間年と最終年ハイレベル政府間会合以外の地域会合やワーキング・グループなどは開かれなかった。

新十年でこうした轍を踏まないように、ワーキング・グループがきちんと機能することを期待したい。それと合わせ、インチョンのハイレベル政府間会合閣僚級会合の初日(11月1日)の冒頭で表彰された「障害チャンピオン」(日本からは藤井克徳氏(日本障害フォーラム幹事会議長)が選ばれた)などが、インチョン戦略の実施に積極的に寄与しうるよう、その働きをサポートする仕組みが構築される必要がある。そのためにも、CSOの提言によりインチョン戦略の目標10「小地域、域内および地域間協力の推進」の下位目標の一つとなった、マルティドナー・トラスト・ファンドが、それらの活動を財政的に支えるために有効に活用されることを期待したい。

(注)なお、ハイレベル政府間会合でインドネシア政府代表団から、新十年の最終評価ハイレベル政府間会合をインドネシアで開催したい旨の発言があった。)

(まついりょうすけ APDF前事務局長)