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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年1月号

知り隊おしえ隊

世界のバリアフリー情報 お勧めの場所

木島英登

旅がしたい。誰もが持つ欲求である。美しい景色を見る。風や匂いを感じる。違う文化に触れ、ご当地グルメを楽しむ。日常から離れてのリフレッシュ。人生のスパイス。そんな刺激を追い求め、車いすで世界100か国以上を単独訪問してきた。車いすで旅がしやすいところも、そうでないところも。

最初にお勧めしたいのは、台湾。初めての海外旅行に最適。親日で食べ物が美味しい。屋台で食べるのが楽しい。レストランだと段差があって入れないこともあるけど、屋台は路上なのですべてにアクセス可能。メニューを見て注文する必要がなく、指差しでOKなのも、言葉が通じない外国人にはうれしい。また台湾のバリアフリー整備はアジアの中では、日本に次いで進んでいる。

台北市内ど真ん中にある松山空港に到着する羽田便が就航し、台湾はさらに近くなった。松山空港には台北メトロ(地下鉄)の駅もあるので車いすでも簡単にアクセスできる。メトロは全駅バリアフリー。広い改札はもちろん、ホームと車両の段差や隙間はわずか。渡し板がなくても乗車可能。

台湾を縦断する新幹線は日本を手本にして作られたが、車いす席は一般車両の中に座席にも移動可能な4つのスペースがある。多目的室のように隔離して一つしかない日本と違って、気軽に簡単に乗れる。

タクシーの値段が安いのもうれしい。日本の3分の1ぐらいの感覚。食事は半額。ホテルは8掛け。そんな物価である。電動車いすでも乗れるリフト付きの福祉タクシーもたくさん走っている。観光客用に対応している会社や日本語対応してくれる会社もあり、1日貸し切って旅行するのも良い。

市内観光が済んだら、そんなタクシーを貸し切り、台北から自動車で約1時間、野柳地質公園に足を伸ばそう。東シナ海に面した奇岩が並ぶ景勝地。荒波が打ちつける岩礁に触角のように細長く飛び出た半島にバリアフリーな遊歩道が整備されている。その距離1キロ以上。多くの部分で柵がないので注意しないと海に落ちてしまう緊張感。日本だと安全性を重視するあまり、高い柵で囲ってしまうだろう。そうすると自然と一体化できず、退屈なものになる。バリアフリー化されるのは良いことだが、大自然の魅力を削いでしまっては意味がない。

野柳地質公園のすごいところは、何万年の浸食で削られた不思議な形の奇岩群の中にも入れること。車いすも自己責任で突入すればいい。岩を触り、頬に風を感じ、潮の匂いを嗅ぎ、打ちつける波の音を聞く。車いすになって失った感覚の何か「五感で自然を感じること」を思い出させてくれる。

次に紹介したいのは、欧州オランダのアムステルダム。山がない平坦な国土。自転車の国。走るママチャリの多くはブレーキが付いていない。ペダルを逆回転させて止まる。ピストタイプと言われるもの。

経験上、自転車の多い町=車いすでも動きやすい。同様に、ベビーカーの多い場所=バリアフリーが進んでいるも当てはまる。街中に整備された自転車道は、車道との境目もなく非常に快適。車いすも同じ車輪のついた乗り物である。歩道よりも自転車道の方が進みやすい。注意しなければいけないのは、速度の速い自転車や原付バイクが走っていること。そして左側通行を守り、逆走してはいけない。ちなみに欧州では、電動車いすの速度は時速10キロ出る(日本は時速6キロに制限)。よって、自転車道を疾走する電動車いすを見かける。

ゆっくり進む場合は、歩道を利用する方がいい。その歩道も歩車分離が徹底され、自動車との接点が少ない。歩行者優先の道路構造は快適である。街の中心部から自動車を排除し、その中の移動はトラム(路面電車)や自転車を使う。そもそも自動車がいなければ、歩道と車道の境目も生まれない。信号も必要ない。人が集まる広場も形成され、ぶらぶら歩きによる賑わいも生まれる。自動車でしか移動できない街の場合、自動車を持たない人(高齢者、障害者、旅行者)は取り残されてしまう。

歩きやすい街アムステルダムのトラムは、もちろん低床。車いすもベビーカーも簡単に乗降ができる。道路横がそのまま停留場なので、ホームに行くためのエレベーターも必要なく建設費用もかからない。郊外へと地下鉄も走っているが、そちらも完全バリアフリー。自転車を乗せてくる人もいる。

空港が中央駅から電車で15分と近いのも魅力である。改札のない欧州の鉄道。ホームからエレベーターを上がると、そこは空港の中。空港の真下に駅がある。非常に合理的なオランダの国民性が垣間見れる。ただし、鉄道の車両とホームに大きな段差が残る。駅員にお願いすれば渡し板や手動リフトを用意してくれる。それが面倒なら周りの乗客に声をかけて担いでもらえばいい。ちなみに、車両内には車いすでも入れる少し広いゆったりトイレが完備されている。

運河が張りめぐらされた美しいアムステルダムの街。ゴッホ、レンブラント、フェルメールなどの名画を鑑賞し、花市場でチューリップを眺め、広場のオープンカフェでビールを飲む。夏の公園や、ビーチに行けばトップレスで日光浴する人に出会うかも。

最後にブラジル。観光の目玉は、世界最大の滝「イグアス」。ブラジルとアルゼンチンの国境にまたがる滝幅は4キロ。水量はナイアガラ滝の30倍。圧倒的な迫力とスケール。鳴り止むことのない轟音。ほとばしるマイナスイオン。悪魔が口を開いていると現地では言われる。

滝の周辺は大きな国立公園。入口で入場料を支払い、バスに乗って滝へと移動する。そのバスはノンステップ。車いすでも簡単に乗れた。車いすが入る広いトイレもあった。バリアフリーが考慮されていることに、滝に着く前からウキウキとうれしい気持ちになる。

展望台に到着し、スロープを降りると、目前には大きな滝。あまりに大きすぎるため、一度に全容を見ることはできない。滝の下へと続く遊歩道は階段で、隣にエレベーターもあるが、私の訪問時は故障しており利用できなかった。残念と落ち込んでいたら、足元にアライグマが近寄ってきた。周囲一帯は自然保護区のため、動物や樹木の大自然でワイルドな気分も満喫できる。

かわいいアライグマに癒され、上流の展望台を目指す。遊歩道を進んで、ようやく滝の落ちる場所に到達。十分に満足したが、帰る途中に、滝つぼへ行くツアーがあるのを発見。車いすで参加できるのか不明だが、チケットを売ってくれたから大丈夫だろうと勝手に判断した。

天然成分の虫除けエキスを身体に塗ってから出発。遊園地で乗るような縦長のライドに乗って、ジャングルの中を走る。移動しやすい運転手横の座席に案内された。さりげない配慮がいい。途中で歩いてのジャングル散策があるが、車いすの私はお留守番。

ボート乗り場へ到着。そこには川岸へと降りる長い階段が待っていた。どうしたものかと困ったのも一瞬、2人の係員が両脇に近寄ってきて、ひょいひょいと抱っこをして私を担ぎ降ろしてくれた。

ボート乗り場では、滝から帰ってきた観光客が歓喜の雄叫びをしている。見ているだけで興奮する。船に乗りこむ観光客は、水着に着替えたり、裸足になったりと準備している。かなり濡れるのだろうと推測したが、想像以上の体験が待っていた。

流れがとても速い爆流を、16人乗りのボートは上下左右に揺れながら滝つぼを目指す。何人も跳ね返す壁のように、延々と続く滝には幾重にも虹がかかっている。一度に10本以上の虹を見るのは初めてだが、感動する余裕はなし。川にふるい落とされないように必死にボートにしがみつく。

爆音のため船頭さんの声が聞き取れないが、いよいよ滝つぼへと突っ込むらしい。圧倒的な水量で、目は開けられない。準備のいい人はいつの間にか水中眼鏡をかけていた。バケツではなく、たらいを頭上でひっくり返されたよう。全身ずぶ濡れ。足元は10センチの水浸し。パンツまで絞れる。こりゃ参ったなと思ったら、同船のブラジル人グループがノリノリ。ハイテンションで船頭を煽(あお)る。ボートは何度も滝つぼへと突っ込んでいく。そのたびに悲鳴が響く。

船から落ちたら命が危ない緊張感の中、キャーキャー騒いで、ずぶ濡れになれば、参加者たちは同志としてすっかり意気投合。船が戻るころには仲良しに。帰りの階段は、ボートで一緒だったブラジル人たちが担いでくれた。興奮と感動の共有。優しく陽気なブラジル人。いろんな人種が入り乱れ、車いすであることも気にならない多文化多様性のブラジル。至福の1日となった。

(きじまひでとう 車いすの旅人。世界100か国以上を訪問。バリアフリー研究所代表)