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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年2月号

知り隊おしえ隊

技術の発達と車椅子の可能性

中村俊哉

「車椅子」ってなんだろう

みなさんは、「車椅子」と聞いて、何を思い浮かべますか?

車椅子に乗っているおばあさん? 施設の片隅にあるシートの伸びた車椅子? それとも、ロンドンパラリンピックで活躍した、腕の太いあの選手の姿でしょうか? では、「車椅子」ってなんでしょう。歴史や車椅子の開発動向を踏まえながら、「車椅子」についてみなさんと一緒に考えたいと思います。

「車椅子」という言葉を辞書で調べるとこうあります。「歩行が不自由なときに腰掛けたまま移動できるように、椅子に車輪をつけたもの。」(デジタル大辞泉)。文字からも「車椅子」は「車(輪)」+「椅子」の2つの要素が組み合わさっていることは容易に推察することができます。

「車(輪)」は転がることで、載せているものの質量を支えながら、比較的小さな力で移動させることができる、機械的な仕組みです。

「椅子」は腰を降ろし座るための台。背中やお尻、足などの多くの面(部位)で体重を支えることで、安楽に姿勢を保持することができます。

きっと、大昔の誰かが「この2つの便利な仕組みをくっつけたら有効に違いない」と思いついたのが「車椅子」の始まりかしれません。

しかし、事務椅子や乗用車も見方によっては、「車の付いた椅子」です。でも、「車椅子」と聞いてそれらを想像する人はいないでしょう。それは、「歩行が不自由なときに腰掛けたまま移動」するための道具と一般的に認識されているからです。

車椅子の歴史と変遷

紀元前より、車付きの家具は史料として見られます。しかし、最初の車椅子とされるのが、絵が残されているスペイン王フィリップ2世の療養椅子(1595年)です。この絵から、小型の車輪を持ち、リクライニングや足上げの機能を有した介助型の車椅子であることが分かります。その後1600年代の半ばには、乗っている人が手漕ぎのクランクを回すことで前輪を駆動させ走行させる自走式車椅子が現れます1)

「車椅子」の歴史は〇〇の歴史

1800年代に入ると、戦争の近代化が進みます。国民軍が編成され、戦争で国民が徴兵され国家のために戦うようになります。

アメリカの南北戦争(1867年)では、初めて戦争における機関銃の本格運用が行われ、多くの死傷者を出すことになります。そして、国家のために負傷した傷痍軍人に対する社会保障制度や福祉機器(義肢が中心)の開発が進んでいきます。

同じ頃、医学の分野にも大きな変化と言える衛生の観念が生まれます。また後に続く、微生物、消毒法の発見により、それまでのけがからの感染症による死者が大幅に減少します。

世界で医学や戦争により、車椅子の発達が進みつつあったその頃、日本は幕末・維新の時代を迎えます。

開国により西洋の技術が大量に日本に入ってきたその中の一つに車椅子があったのかもしれません。明治・大正期の医療機器のカタログの中に車椅子の絵が残されています。日本においても日露戦争により多くの戦傷者が出たことが、義肢を中心とした福祉用具開発の進歩を進めることとなります。

20世紀初め、2つの世界大戦が起こります。その頃、抗生物質「ペニシリン」が発見され、第二次大戦中に実用化されます。これにより、さらに障害をもちながら生存する者が増えました。

現存し、来歴がはっきりしている最も古い国産の車椅子としては「箱根式車椅子」があります。

この車椅子は、第二次大戦中から戦後にかけて多く使われたものです。現在の国立病院機構箱根病院が、かつて国内唯一の戦傷脊損患者専門の療養所でした。ここで多く使われたことから「箱根式車椅子」と言われています

「車椅子」は何が変わったのか?

では、箱根式車椅子と現在の車椅子では何が変わったのでしょうか。

箱根式車椅子は、介助者が押すことで駆動します。前輪に大輪、後輪に一輪のみキャスター(自在輪)が付いています。大輪が前にあることで、介助者が車椅子を押すときに、段差の乗り越えが容易です。また、装飾が美しくゆったり座れる、豪華な家具調椅子に車輪が付いているようにも見えます。リクライニング機構や、片手で操作できる挙上式のフット・レッグサポートもついています。ただし、現在のものに比べ重く、折りたたむことはできません。ゆったりと座れそうですが、長時間安定して座り続けられるかや、その姿勢で作業が容易に行えるかは疑問です。前輪が大きいためテーブルへのアプローチも難しそうです

では、現在の車椅子はどうでしょうか(図1)。

図1 車椅子の名称と役割
図1 車椅子の名称と役割拡大図・テキスト

主な車椅子は、乗っている人がハンドリムを回し駆動するように作られており、駆動しやすいように、あるいは座り続けられるように、その人に合わせてシート幅や駆動輪の位置、バックサポートの張りなどの調整・選択ができるようになっています。車椅子自体も軽量かつコンパクトで折りたたむこともできます。

また、容易に移乗できるように、アームサポートやフット・レッグサポートの開閉、着脱ができるようになっています。中にはリクライニングやティルト(座背角は変わらずシート全体が倒れる)などの姿勢変換が行えるものもあります。自分自身で駆動が困難な場合は、電動により駆動する車椅子もあります。

これらのことから、昔の「患者を楽に運ぶ(運搬する)道具」から現在の「生活の中で使う、自律移動のための道具」となったといえます。

私の所属する兵庫県立福祉のまちづくり研究所の中には福祉用具の展示ホールがあり、約60点のさまざまな車椅子を展示しています。

70年前にはほとんど選択することのできなかった車椅子は、現在ではその人の身体や生活に合わせて、さまざま車椅子の中から選択・調整できるようになりました。

車椅子の開発動向

では、いまどのような車椅子が開発されていて、将来どのような車椅子が現れるのでしょうか。

最近の自走式車椅子では、チタン合金やカーボンファイバー強化プラスチック等の最新の材料を用いて軽量化を図ったものも続々と登場しており、製品によっては全質量が5キログラムを切る片手でもらくらく持てるようなものまで現れています。材料の進化により、さらに軽量な車椅子が登場するかもしれません。

特に目覚ましい進歩を続けているのは電動車椅子です。近年の、バッテリー性能やコンピューターの計算速度の向上、モーターの小型化やセンサー技術の向上により、以前に比べ走行距離が伸びるとともに、プログラム設定により加減速、旋回時の加速度をユーザーに合わせて変更・調整できるものも出てきました。研究開発レベルでは、脳波・筋電位等のセンシングにより電動車椅子を操作するものも現れました。当研究所でも、側頭筋(噛(か)むときに使う、こめかみの筋肉)の筋電位を用い操作を行う電動車椅子の研究を行なっていました2)

操作の確実性などを考慮すると、まだまだ実用化には遠いものも多いですが、将来、スイッチやレバーの操作が困難な重度障害者が、生体信号のセンシングで電動車椅子を操作する日が来るかもしれません。

また、走行時に人間の操作をサポートするような制御機能を持つ電動車椅子も出てきています。ジャイロセンサー等により、車椅子の姿勢を検知し車輪を制御することで、ジョイスティックを前に倒してあげれば、悪路や片流れ路面など路面の状態にかかわらず、まっすぐ前進するように走行を補正してくれるシステムがあります。海外では製品化、国内メーカーでも研究開発がされています。以前、当研究所でも同様の電動車椅子の研究をしていました3)

その他にも自動車のアクティブ・サスペンションのように、少々の段差であれば座面の高さや傾きが一定に保たれる電動車椅子や、センサーにより障害物や段差等を検知して回避してくれるようなものや自動走行するもの等も研究されています。

将来は、車椅子はどんどん賢くなって、行き先を入力したら、人混みをかき分け、段差を登りながら自動的に走行し目的地に連れて行ってくれるようになるかもしれません。でも、私が車椅子使用者なら、目的地へ直行するのではなく、時には途中で寄り道ができるようなシステムが良いなと考えています。そのような、人に寄り添い、車椅子ユーザーの「移動したい」「参加したい」気持ちを手助けてくれる新しい「車椅子」をユーザー、支援者を含めみんなで一緒に考えていきましょう。それが未来の車椅子になっていくのではないでしょうか。

(なかむらとしや 兵庫県立福祉のまちづくり研究所)


【脚注】

(※1)左右の側頭筋の筋電位をヘッドバンド内側に配置されたセンサーにより検出、方向制御を行う。

(※2)左の軌跡がセンサーOFF、右の軌跡がセンサーON状態。片流れ路面の影響を受けていた電動車椅子が本システムにより補正され直進している。

【参考文献】

1)高橋義信、車椅子の基礎 車いすの成り立ち、pp3-pp10、第37回日本リハビリテーション工学協会車いすSIG講習会テキスト

2)中村俊哉他、高齢者・障害者の社会生活に適合した義肢装具等の開発、pp57-pp62、平成23年度兵庫県立福祉のまちづくり研究所研究報告集

3)大原誠他、電動車いすにおける自律移動のための制御システムに関する研究、pp98-pp105、平成21年度兵庫県立福祉のまちづくり研究所研究報告集