音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年3月号

1000字提言

杖の人との「3秒ルール」

三宮麻由子

ある時期、私は毎朝キャリーバッグを引いて歩く人と駅のホームで行き会い、どんなに気をつけて避けても、なぜか必ずキャリーバッグに杖がぶつかってしまうという悩みに直面した。急いで歩いても後ろから追い越され、追い越した先で相手が歩調を緩めるためにぶつかるのだ。追い越さずに待つか、追い越したならドンドン進んでくれればいいのだが、どうも先方は、杖使用者の私を追い越したい心理に駆られ、それが実現すると安心してご自分のペースで歩くらしいことが、だんだん分かってきた。

そこで私は、彼と行き会ったら完全にストップし、キャリーバッグが遠ざかるまで待つことにした。これで「ぶつかり問題」は解決したが、心のもやもやは晴れなかった。

たしかに、杖使用者は健常者より歩行速度が遅いことが多い。同じ速度で歩いていても、シーンレスならば階段の昇降口などで足元を確認するため一瞬止まるので、まったく同じ速度にはならないかもしれない。

だが、だからといって、杖使用者と見れば追い越そうという心理をもたれては困る。我らは我らなりのペースで確実に前進している。ウサギとカメの競争でもあるまいし、杖の人1人追い越したところでどんなゴールが決まるだろうか。

そこで、追い越したくなったときに健常者に知っておいてほしいこと、そしてできれば護(まも)ってほしいルールをうまく表現できないかと考えて編み出したのが、杖の人との「3秒ルール」である。

それは、杖の人と出会ったら、とにかく3秒待ってください、というもの。追い越さず、押さず、割り込まず、3秒だけ待ってほしい。そうすれば、ぶつかるリスクが減るだけでなく、どちらに避けるか、止まって待つか、追い越して離れるかという判断が正しくできる。忙しい日本人には長い3秒かもしれないが、それがお互いの命を救い、壊した、壊されたという嫌な気分や損害を味わわずに済むのである。

もう一つ、杖のスペースを考えて避ける気配りも有効だと思う。体を支える杖なら左右、白杖なら、シーンレスがセンサーとして使うために前方。このスペースを計算して避けないと、杖を破損するリスクが生まれるからだ。

善意の配慮という次元と別に、このルールが護られれば、事故による損害や弁償が防げるという実用性がある。もちろん、杖を破損したときには、社会常識として誠意あると言える対応をお願いしたいことは言うまでもない。ユニバーサルな社会づくりに向け、このルールを一つのヒントにしていただければうれしい。

(さんのみやまゆこ エッセイスト)