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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年4月号

ロボット介護機器開発・導入促進事業について

北島明文

はじめに

経済産業省は、平成25年度より1.ロボット介護機器開発補助、2.ロボット介護機器の安全・性能・倫理に関する基準の開発、の2つからなる「ロボット介護機器開発・導入促進事業」を実施します。本稿では、本事業の背景、事業内容を紹介します。

背景

わが国は、世界で最も進んだ高齢化社会となっています。

現状として、要介護者は500万人、介護給付費は7兆円を超え、介護現場は介護職員の7割以上が腰痛となるなか、2005年から2025年までの20年間に65歳以上の高齢者は約1090万人増加し、高齢化率は同じく20%から30%まで増加すると予測される一方、これに伴って、2007年に117万人であった介護職員数を、2025年までに212万人まで増やす必要があるなど、今後もさらに国民の負担が増していきます。

高齢化社会が抱えるさまざまな課題に対し、わが国は課題先進国として前例のない取り組みを続けなければなりません。介護においては、大きく括(くく)れば、高齢者の自立を促進すること、介護現場の負担を軽減することの2つの方面からさまざまな課題をクリアする必要があります。

ロボット技術は、日本が昔から身近で得意な技術であること、汎用性が高いために介護現場でも使える可能性が高いことから、自立促進と負担軽減の両面に関して古くからアイデアやニーズがあり、大学や企業で研究開発が進んできました。

当初は、介護現場とロボット開発現場に大きな隔たりがあり、期待に反して導入は進んでいませんでしたが、介護保険制度開始以降に介護が身近な存在になったこと、サービスロボットの安全技術開発が進み、介護現場へ導入することのハードルが下がったことから、近年では各地の介護施設や在宅の介護現場において、ロボットの実証が行われるようになりました。また、介護現場でも、福祉用具や機器に対する理解が進んでいるように思われます。何でも人手で行うことが最善ではなく、人手と機械を上手く使い分けることへの教育が功を奏していると思われます。

こうした介護現場とロボット開発現場の相互理解の進展から、ロボット技術を介護現場へ本格的に導入するための準備が整いつつあります。

事業内容

「ロボット介護機器開発・導入促進事業」では、「介護ロボット」ではなく、「ロボット介護機器」を開発します。これは単なる言葉遊びではなく、ロボット開発にとって重要な意味を持っています。

はっきりとした定義があるわけではありませんが、「介護ロボット」は「これはロボットである」と一目で分かるものです。ロボットというと、ヒト型ロボットや、最近ではお掃除ロボットを想像される方が多いと思います。

一方、「ロボット介護機器」は、見た目が介護機器です。これまで市場に出回っている福祉用具・介護機器は数多ありますが、それらとほとんど見た目で区別がつきません。なぜなら、ロボット介護機器とは、既存の介護機器に、「ロボット技術」を少し隠し味として足すことで、その機器の価値を上げるものだからです。

実は、人間の生活空間の中で動くサービスロボットの市場のうち、最も早く成長が始まっているのは、ロボット介護機器を含む「ロボット技術を用いた製品」の市場です。具体例として、デジタルカメラが挙げられます。

最近のデジタルカメラには、ほとんどオートフォーカス機能が付いています。この機能は、ロボット技術の定義である「外部情報認識、情報処理、駆動の3要素がひとつのシステムで動く」という定義を満たしています。すなわち、デジタルカメラの中には、カメラで外部情報を認識し、輪郭等の情報を処理し、焦点を絞るモータを駆動させる、という一連のシステムが入っています。デジタルカメラは、見た目ロボットとは思えませんが、カメラにロボット技術を足すことで、大きく使い勝手を向上させているのです。ロボット介護機器でも全く同様のことが言えます。本事業で開発される「ロボット介護機器」は、見た目がロボットではなく、介護機器なのです。

これは、一般の方には詭弁に聞こえるかもしれませんが、ロボット開発者からすれば、製品開発の難易度が格段に下がる重要なことです。たとえばカメラ等の既存製品をベースにすれば、安全性等の機能について、新しい物事を開発する困難さが少なくて済みます。ユーザーにとっても重要です。見た目がロボットの製品よりも、既存の製品に似ているほうが、抵抗感なく購入することができます。たとえば、電動車いすに自動ブレーキ機能を付けることを想像してください。これは立派なロボット技術ですが、ブレーキをかけるには、単に車輪に摩擦を加えられる機構が付いていればいいのであって、ロボットアームにブレーキを握らせる必要はないのです。そんな機能のためにロボットアームが生えている車いすは、私でも使いたくありません。開発者・ユーザー双方にとって、ロボット技術は、目的の機能を達成するための必要最小限が付いていればいいのです。

ロボット介護機器の開発にあたって、本事業では1.ニーズ指向、2.安価、3.大量普及、の3つのコンセプトを掲げています。これまで、多くの大学・企業で介護ロボットを開発していましたが、ともすると開発の出発点を自らの技術に置き、研究者が作りたいもの・作れるものを追求してきたところがあります。そういった技術は往々にして複雑かつ高価でした。病院にある大型診察機器のように、複雑で高価でも売れるものがありますが、それは病院で集約的に使ってこそ意味のあるものです。介護のように、各人が日常的に使用する機器では通用しないのです。このような弊害を回避し、介護現場のニーズを確実に反映させるため、この3つのコンセプトを設定しました。

本事業をコンセプトに沿って実施するための具体的な手段として、開発対象のロボット介護機器を「ロボット技術の介護利用における重点分野(平成24年11月)」として厚生労働省とともに公表しました。この重点分野は5項目にわたる図のようなイメージです。開発者は、この重点分野の定義から外れない範囲で工夫をし、使い勝手のいい機器を開発することになります。重点分野は、テクノエイド協会から多大なご協力をいただいて、多くの介護関係者からご意見を賜って作成しました。いずれも、確実にニーズがあり、ロボット介護機器を介護現場へ最初に導入するのに相応しい難易度の低さに設定したつもりです。この重点分野に沿って真面目に開発すれば、3つのコンセプトを満たすロボット介護機器が多数製品化されると確信しています。

図 ロボット技術の介護利用における重点分野(平成24年11月 経済産業省・厚生労働省公表)
図 ロボット技術の介護利用における重点分野(平成24年11月 経済産業省・厚生労働省公表)拡大図・テキスト

重点分野を定めたもう一つの理由は、ロボット介護機器導入の費用対効果を明確に示したいとの考えからです。

あるロボット介護機器の導入検討において、本当にその価値があるのかを判断するため、ロボット介護機器同士、あるいは、ロボット介護機器と既存の機器や手作業を客観的・定量的に比較し、優秀であるほうを採用するのは至極当然のことです。しかし、ロボット介護機器には、導入した場合の効果を測定する指標がいまだ存在しません。なぜならば、ロボットには高い汎用性があるために、これまでは種類が多様過ぎて、横断的な指標が作れなかったからです。

重点分野を定め、ある程度似た形や性能を持たせることで初めて横断的な指標作りが可能となり、ユーザーが評価をすることができるようになります。本事業では、重点分野ごとに性能の評価指標を作成する予定です。

性能だけでなく、ロボット介護機器には当然、安全性が求められます。

ロボット介護機器を含めた人間の身近で働くサービスロボットの安全基準について、近年、世界の専門家が集まって国際標準を作る動きが進んでおり、今年の秋にはISO13842という国際標準ができます。これには経済産業省が別途実施する研究開発事業の成果が用いられます。この国際標準に基づき、個別のサービスロボットの安全を認証する民間の制度が、2016年度から開始されます。ロボット介護機器の開発環境は、着実に整ってきており、今回作成するロボット介護機器についても、この国際標準に基づいて安全な設計がなされます。

このように、本事業で「ロボット介護機器」の重点分野を指定して開発し、並行して重点分野の中での安全や性能に関する指標をつくることで、企業間の開発競争が進み、優秀なロボット介護機器が多数製品化され、その中からユーザーが客観的・定量的に取捨選択ができるような環境を作り出し、ロボット介護機器の本格導入が実現する社会を目指してまいります。

おわりに

重点分野のロボット介護機器の開発に意欲を持つ企業を「ロボット介護機器開発パートナーシップ」として募集ところ、100近い企業の参加をいただいています。ロボット介護機器は、高齢化の先頭をいくわが国の課題を解決するとともに、新産業を興す分野でもあります。これからわが国と同様かそれ以上のスピードで高齢化するアジア諸国にも、市場が広がっています。開発に興味のある方は、ぜひ経済産業省産業機械課までお問い合わせください。

(きたしまあきふみ 経済産業省製造産業局産業機械課課長補佐(技術担当))