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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年4月号

フォーラム2013

スポーツ基本法の改正と障害者スポーツ・レクリエーションへの期待

薗田碩哉

1 スポーツ振興法からスポーツ基本法へ

●なぜ今「スポーツ基本法」か

2011年の夏、女子サッカー・ワールドカップの頂点に立ち、国民を熱狂させた「なでしこジャパン」の活躍はいまだ記憶に新しい。昨年夏のロンドン・オリンピックでは、日本選手はオリンピック参加史上最多のメダルを獲得した。ここでも女子選手の活躍が目立った。続くロンドン・パラリンピックでも日本選手は柔道、水泳、女子ゴールボール、車いすテニスで金メダルに輝いた。国民の耳目を集めたオリンピックと期を合わせて「スポーツ基本法」が成立、施行されたが、このことはどれほど注目されたのだろうか。 

スポーツ基本法は、これまで日本のスポーツの根拠法であった「スポーツ振興法」を全部改正する形で制定された法律で、スポーツに関する基本理念やスポーツ施策の基本となる事項を定めたものである。従前のスポーツ振興法は、東京オリンピックの開催を前にして制定されたもので、スポーツ施設の整備に主眼があった。これに対し、スポーツ基本法では、前文で「スポーツ立国の実現を目指し、国家戦略として、スポーツに関する施策を総合的かつ計画的に推進する」ことを打ち出して、スポーツに国を挙げて取り組む姿勢を強調している。

長引く不況と経済の停滞、そこに追い打ちをかけた東日本大震災、それに伴った原発事故による安全神話の崩壊が、国の未来に暗雲を投げかける中で、選手たちの活躍に国民こぞって燃え上がるスポーツを国が重視するのもうなずける。「競技水準の向上に資する諸施策相互の有機的な連携を図りつつ、効果的に推進されなければならない。(基本法第2条6項)」という規定に、法律制定を推進した超党派の議員たちや文科省の願いと意図が読み取れる。

●権利としてのスポーツ

しかし、スポーツ基本法制定において最も注目すべきことは、スポーツをわれわれの生活に欠かせない権利として宣言したことである。同法第2条は次のように述べている。

第2条(基本理念)スポーツは、これを通じて幸福で豊かな生活を営むことが人々の権利であることに鑑み、国民が生涯にわたりあらゆる機会とあらゆる場所において、自主的かつ自律的にその適性及び健康状態に応じて行うことができるようにすることを旨として、推進されなければならない。

「スポーツをする権利」は、ヨーロッパではすでに40年近くも前の1975年に「みんなのスポーツ憲章」(欧州評議会第1回ヨーロッパ・スポーツ閣僚会議採択)において宣言されていたのだが、わが国では一部のスポーツ研究者が早くから「スポーツ権」に注目していたとは言え、国民的な合意形成には至らなかった。それというのも、プロ野球やサッカー、それにトップアスリートの活躍をテレビで観戦する「見るスポーツ」は盛り上がっても、国民自身の「するスポーツ」体験は先進国中、最も低い水準に止まっていたからである。スポーツを行うのは学生時代までで、卒業して社会人になると余暇は乏しく、身近にスポーツをする機会もなく仲間も見つからないという状況が続いていた。

そうした状況は現在も大きく改善されたとは言い難いが、国もようやく「生涯にわたる健全な心と身体を培い、豊かな人間性を育む基礎となる(基本法第2条2項)」スポーツを国民の権利として保障し、国や自治体がそれを実現する責任を負うことを認めたのである。ここにスポーツ基本法制定の最大の意義があると言えよう。

2 障害者の生活圏を広げるスポーツ・レクリエーション

●スポーツとレクリエーションの融合を

「スポーツの権利宣言」が打ち出されたことはノーマライゼーションの見地からも大きな前進であろう。パラリンピックの代表になるような超人的な選手には注目が集まっても、一般の障害者の日常的な、さらには「生涯」にわたるスポーツに取り組むことはほとんど等閑視されてきたからである。

同法第2条5項には「スポーツは、障害者が自主的かつ積極的にスポーツを行うことができるよう、障害の種類及び程度に応じ必要な配慮をしつつ推進されなければならない。」という条文が書かれ、スポーツを自ら進んで楽しみたいというすべての障害者への支援を要請している。

この理想を実現するためには、スポーツの捉え方の転換が必要である。競技に焦点があり、「勝つこと」を至上の目標とするような従来型のスポーツ観では、スポーツをみんなのものにすることはできない。スポーツの原点である「身体を動かす楽しみ・遊び」というところまで戻って幅の広いスポーツ観を打ち立てる必要がある。同法の第24条は「野外活動及びスポーツ・レクリエーション活動の普及奨励」を掲げて次のように述べている。

第24条 国及び地方公共団体は、心身の健全な発達、生きがいのある豊かな生活の実現等のために行われるハイキング、サイクリング、キャンプ活動その他の野外活動及びスポーツとして行われるレクリエーション活動(以下この条において「スポーツ・レクリエーション活動」という。)を普及奨励するため、野外活動又はスポーツ・レクリエーション活動に係るスポーツ施設の整備、住民の交流の場となる行事の実施その他の必要な施策を講ずるよう努めなければならない。

これまでわが国では、勝つことを目的にする「真剣な」スポーツと気楽な遊びであるレクリエーションとを上下に区分する発想があった。頂点を目指すスポーツとすそ野を広げるレクリエーションという位置づけである。しかし、万人の権利としてのスポーツを具体化すれば、スポーツもまた遊びの一つの形であり、誰にも楽しめるレクリエーションとしてスポーツを位置づけ直すこと、それこそがスポーツの本流になるはずである。

●「総合型地域スポーツクラブ」をつくる

スポーツ基本法の精神を実現していく実際の「場」として期待されているのは、地域に基盤を置く総合的なスポーツクラブである。これはすでに1999年に文部省(当時)が発表した「スポーツ振興基本計画」に謳われ、地域スポーツの大目標として取り組まれてきた。これまでの日本のスポーツは、その活動基盤を学校と企業に依存して、欧米のような地域に基盤を持つスポーツはほとんど育っていなかった。そこから脱皮するために、市民が主体となる「総合型地域スポーツクラブ」を全国各地に育成して、スポーツの構造改革を目指すのがねらいであった。

その特色は、子どもから大人までの「多世代」、自分の好きな種目を選べる「多種目」、交流、健康、体力づくりやレベルに応じて参加するステージをもつ「多志向」という3つのコンセプトによって説明されてきた。性別や年齢に偏りがあり、種目も限定的で、ただ1種目のスポーツしか取りあげないようなクラブではなく、子どもから高齢の男女まで、多種多様なスポーツに取り組み、さらには文化的な活動も含めて地域の社交の場ともなるようなスポーツクラブを目指したのである。

文科省は「2010年までに全国各市区町村に少なくとも1つは総合型スポーツクラブを設立すること」を目標にして旗振りをしてきたが、現在の達成率は市区町村の7割程度である。今後は「総合」という課題を障害者にも広げて、地域の誰もが気軽に参加できて、障害者と健常者の出会いと交流の場ともなる、幅広いスポーツのたまり場を育てていくことが求められる。

おわりに―遊び心でスポーツを

スポーツの推進団体として地域に「体協」があり、全国組織としては「日本体育協会」が作られて国内の競技団体をまとめている。国際活動には「日本オリンピック委員会JOC」がオリンピックをはじめ各種の国際大会に選手を送っている。この2団体に加えて、今後は「日本レクリエーション協会」(以下、日レク)もスポーツ推進に一役買うことになる。「日レク」はニュースポーツの振興など「楽しいスポーツ」の普及に努めてきたが、2012年度からは「スポーツ・レクリエーションの新たな一歩」という表題のもと、障害のある人とない人が共にスポーツの喜びを分かち合い、交流を継続していくことを目指した交流イベントを展開し始めた(全国14地区で実施)。

こうした試みが大きく広がるためには、これまでのような「カキクケコ」のスポーツ=硬い、厳しい、苦しい、権威主義の、強張ったスポーツを脱して、「あいうえお」のスポーツ(明るい、いい加減な〈ちょうどいい加減ということ〉、嬉(うれ)しい、笑顔の、面白いスポーツ、簡単に言えば、遊び心にあふれたスポーツを展開していきたいものである。

(そのだせきや 日本体育大学大学院講師/レジャー・レクリエーション学)