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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年4月号

ワールドナウ

米国の電子教科書事情:AIMセンター・NIMAS会議の参加報告

西本卓也

2013年1月29日と30日に米国フロリダ州オーランドにおいてAIMセンター・NIMAS会議が開催され、オブザーバー参加した。また、連続する日程で開催されたATIA(全米支援技術産業協会)会議にも出席した。

ATIAは、障害をもつ人の教育やコミュニケーション支援に関する会議であり、1999年から毎年開催されている。多くの教員が参加しており、女性参加者の多さに圧倒された。同じ場所で毎年、日程を合わせて行われるのが、教科書のアクセシビリティに関する会議である。

AIM(アクセシブル指導教材)とは、教科書へのアクセスが困難な児童・生徒とその教師のために、点字、音声、拡大図書、電子テキストで提供される教科書・教材である。AIMセンターは、利害関係者(州・地方政府の教育機関、生徒の親、出版社、変換作業機関、AIM制作者など)に対して、AIMとその規格NIMAS(ナイマス、米国指導教材アクセシビリティ標準規格)に関するサービスを行なっている。

実はNIMASとは、日本障害者リハビリテーション協会などが提供しているデイジー教科書と同じ技術である。日本では、通常の教科書を読むことが困難な児童、生徒のために、墨字の印刷物からボランティア団体が電子データを製作している。これに対して米国では、NIMAS形式のファイルをレポジトリ(集積機関)に提供する義務を出版社に課している。AIMセンターと関連機関が州政府や学校と連携して、音声、点字、拡大教科書など、子どもの障害を考慮したアクセシブルな教科書を手配しているのだ。

デイジー規格は電子出版の新しい国際標準規格EPUB3にも取り入れられた。つまり、出版社がアクセシブルな国際標準形式の電子教科書を販売すれば、NIMAS規格が果たしてきた役割を担えるのだ。

米国の教育現場では、アップル社iPadなどのタブレット機器が急速に普及し、教科書や教材の電子化が進んでいる。NIMASは、誰もが電子教科書を使う時代に、どのように対応していくのだろうか? これが、今回のAIMセンター・NIMAS会議の背景である。

AIMセンター会議の冒頭で述べられたのは、紙の書籍と電子書籍(PブックとEブック)の共存の時代がしばらく続くという見通しと、一方で、ボーン・デジタル(最初から電子版として作られる)書籍の増加にいかに対応するかという問題提起であった。

AIMセンターからの報告は、AIMの品質指標に関する検討、技術支援に関する州レベルの活動状況、州教育局および地方自治体教育局の実情調査などであった。AIMを適切なタイミングで提供するためのOSEP(米国教育省特別教育局)の投資は成功していること、地域間に差があること、などが示された。

電子出版の新技術EPUB3と、その元になるインターネット技術HTML5が繰り返し話題にのぼった。PALM(アクセシブル学習教材購入)と名付けられた活動では、ウェブアクセシビリティ標準(WCAG)を手本に電子書籍のチェックリストを開発している。

AIMセンターによると、障害の有無にかかわらず、代替メディアには幅広いニーズがあり、法的にAIMレポジトリにアクセスできるかどうかは二次的である。インクルーシブなAIM利用を支援するためには、最初からアクセシブルな教科書を購入するべきである。PALMは、電子教科書調達におけるアクセシビリティ配慮の制度化を目指している。

米国の教育改革で導入されるコモンコア(共通学力基準)およびリハ法508条との関連でパブリックコメントが募集中であったことから、ウェブを利用した学力試験について多くの時間が割かれた。スペルチェッカーのような支援技術を、カンニングの道具として否定的に見るのでなく、支援技術の存在を前提にして学力テストのあり方も見直されるべきという意見もあった。

AIMセンターは、現在のファンドの期間が半分終了することを踏まえて、次の5年の計画に着手した。オープンソースソフトウェアに注力すべき、センター未参加の州をなくす取り組みをすべき、などの意見が出た。

翌日のNIMAS会議では、NIMAC(ナイマック、米国指導教材アクセシビリティセンター)およびAPH(全米視覚障害者印刷センター)、ブックシェア社、ラーニングアライ社などの事業報告に続いて、点訳に関する課題、数式の記述に関する議論、将来の方向性についての意見交換がなされた。

点字や拡大教科書の制作者にとって、NIMASの電子データは効率と品質の両面から有用である。なぜなら、墨字書籍の電子化を自前で行う必要がなく、見出しなどの意味的情報、章・節などの文書構造も電子データに含まれているからである。

テキスト形式のNIMAS書籍の技術支援を行うブックシェア社は、提供タイトルが順調に増加しているという成果を強調した。しかし、委員からは見出しレベルの活用不足や自動点訳などの課題も指摘された。また、オーディオブックの技術支援を行うラーニングアライ社に対しては、蓄積されたコンテンツを将来、有効に活用するために音声認識でテキストデータを付与できないか、といった意見が出た。

続いて、点訳書籍について報告・議論があった。2012年にBANA(北米点字委員会)が採用を正式決定したUEB(統一英語点字)は、コンピューターによる点字と墨字の自動的な相互変換を目指す動きの一環である。このような背景から、点字書籍制作の完全自動化という理想のために、NIMAS規格に何が不足しているのかという問いかけがあった。

数式をテキストで記述する規格(MathML)や、図表をテキストで説明する規格(DIAGRAM)の検討についても報告された。これらを踏まえて、最後に、次期NIMASはどうするか意見交換された。商業出版社が作ったアクセシブルなEPUB3書籍はそのままレポジトリに受理できるようにすべき、などの主張があった。一方で、点訳現場では現状でさえ変換ツール整備が追いついていない、商業出版と代替教科書のニーズは同じとはいえない、などの指摘がなされた。今後数か月で結論を出すことになり、会議は終了した。

ATIA会議では350以上のセッションが開かれた。参加者2,300人の約3分の1は初参加とのことである。出展企業は125社にのぼった。

ブックシェア社は、ウェブブラウザでデイジー書籍が読める新機能を発表した。同社のサービスを使うと、著作権に配慮しながら教科書レポジトリへのアクセスを提供できる。生徒のアカウントでは自分が読むことができる本が表示され、教員のアカウントでは、自分が指導する生徒に読ませる本の管理ができる。IDEA(全障害者教育法)に準拠した指導を行う教員の負担を軽減するシステムである。また同社は、成人に対しては年間50ドルの会費制サービスも提供している。

点訳ソフトウェア大手のダックスベリー社は、自社製品と連携するNIMASファイル変換ツールを販売している。ファイルの内容確認、スタイルや目次などの修正、数式や図形の編集などが可能である。EPUB3によるNIMASと点字書籍の配布方式の統合に期待していると担当者は語った。

ワードプロセッサーに音声読み上げ(文字と音声の同期ハイライト)、入力単語予測、辞書などの機能が付いた「読み書き支援」ソフトウェアは多機能化し、市場は成熟している。こうした製品のベンダーは急成長するタブレット市場に力を入れている。カーツウェル社の新しいアプリはデモ版が無料で配布され、ライセンスを購入すれば、正式版として使用できる。

多くの聴衆がiPad関連セッションに集まっていた。展示ブースでは、学校で利用されることを意識したiPad保護ケースが多く見られた。

教員や専門家たちの講演は、教育予算が削減されていく中で、少しでもスキルを磨き、より多くの期待に応えたい、という熱意に満ちていた。一般教育と特別支援教育の区別にこだわらず、生徒の状況を的確に把握してアプローチとツールを選んでいく、普遍的な問題解決の取り組みが重視されていると強く感じた。

(にしもとたくや NPO法人支援技術開発機構)