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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年5月号

疾患管理と医療的ケアの現状と課題
―特に誰がどのようにケアを担うのか

根津敦夫

1 ひとりひとりが自立して、希望する地域生活を送れるために

重症心身障害児者(重心児者)が年々重症化する中で、どんなに障害が重くても、ひとりひとりが望んでいる地域生活あるいは学校生活を送れるように、平成24年4月から医療的ケアが法制化された。このことは大きな進展ではあるのだが、今回認められた医療的ケアが喀痰吸引と経管栄養に限定されたことから、大きな課題を残すことになった。また伝え聞いた現状には、「非医療職(介護職、教員など)だけでは決められた範囲の喀痰吸引と経管栄養しかできないので、不測の事態に備えて家族も付き添ってください」などと求められたという。せっかく医療的ケアが法制化されたにもかかわらず、もし教員あるいは介護職と本人だけで数時間でも過ごすことができなければ、家族の介護負担の軽減や本人の自立性の向上にとって何の有用性もない制度になってしまう。この章では、これらの課題の解決を考えていきたい。

2 重症心身障害児者が日常必要とする医療的ケア・医療行為

現在、厚労省が提示している医療的ケアの定義は、「医師・看護師の指導の下で、非医療職が行う喀痰吸引と経管栄養」とされ、業務区分的な定義であるように思われる。すなわち「命を守るのに必要な生活支援行為」という実地的な概念に基づくものではなく、また「家族であれば違法性が阻却できる医療行為」という法律的な概念によるものでもない。そして医療的ケア以外は、医学的技術がなければ人体に危害を及ぼすおそれのある医療行為と位置づけられ、医師・看護師以外が行えば違法となる。

重心児者が必要とする主な医療的ケアと家族が許される医療行為を表1に示すが、医療的ケアが占める割合は少ない。したがって、重心児者のさらなる自立性向上と医療的安全性を念頭に置きながら、今後も医療的ケアの内容を拡充してゆく検討が必要であろう。一方、内服薬、けいれんを抑える坐薬・浣腸などの外用薬の投与は、これらとは別に「誰でも行いうる日常生活行為」と位置づけられている。

表1 重症心身障害児者の在宅療養で必要とされる医療的ケア・医療行為

  非医療職が行える医療的ケア 医師・看護師が行う医療行為
(違法性の阻却は家族のみ)
経鼻経管栄養    
 チューブの挿入  
 チューブの先端位置の確認  
 注入  
胃ろう・腸ろう    
 胃ろう・腸ろうの状態確認  
 注入
喀痰吸引(口腔・鼻腔) 咽頭の手前まで 咽頭の奥の気道
喀痰吸引(気管) 気管カニューレ内まで 気管内吸引
経鼻エアウェイ装着  
気管切開部管理  
人工呼吸器管理  
酸素吸入  
その他:吸入、導尿、自己注射、ストマのパウチ管理  

3 安全に医療的ケアを受けるための疾患管理・体調管理

非医療職が医療的ケアを行う際には、基本研修の講習と実技研修を受ける必要がある。その内容には、不測の事態に対応できるように、呼吸異常時の緊急対応、喀痰吸引のリスクと中止要件、栄養状態の把握、経管栄養のリスクと中止要件、人工呼吸器に関わる知識と緊急時対応などが含まれている。しかしながら、原則的には非医療職が喀痰吸引時に挿入するチューブの長さには制限があるし、経鼻経管栄養のチューブ先端位置の確認は困難であるので、本人の体調が不良の時は、医療的ケアの依頼は慎重に判断した方がよい。

すなわち、いつもより喀痰が黄色かつ粘調の膿性であれば、十分に吸引できないことが予想される。また、てんかん発作が頻回であれば、意識が低下して咳が弱いかもしれない。あるいは、便秘や胃出血がある時、精神的不穏で多呼吸を認め多量に空気を飲み込んで腹部が張っているような時には、経管栄養の際に嘔吐などの危険性が懸念される。これらの体調不良が認められる場合には、非医療職の医療的ケアが習熟されるまでの期間、家族あるいは看護師が付き添ってケアする方が安全であろう。

また可能な限り、経鼻経管は、医療安全上、胃ろうに変更すべきである。特に誤嚥反応の乏しい場合や胃食道逆流症による嘔吐が生じやすい場合では、チューブ先端位置の異常によって誤嚥性肺炎を起こす危険性が相当高いからである。

4 非医療職がどのように医療的ケアを担うのか

冒頭にも述べたように、医師・看護師の指導の下で、非医療職が、家族や看護師が不在の時間帯にも適切な医療的ケアを行えなければ、この法制化は成功の鍵を握れない(表2)。今後ますます深刻化する看護師不足の中で、重心児者の自立性の向上や生活の拡がりに寄与することは難しいからである。しかしながら現状として、たとえば文部科学省からは、「スクールバスでの送迎中においては、特殊な状況であるので、看護師による喀痰吸引が必要であるとともに、看護師等が対応する場合であっても慎重に行うこと」と通達されている。この指導に準じれば、おそらく多くの家族が自主送迎を求められる可能性が危惧される。さらには、人工呼吸器や酸素療法が使用される場合には、不測の事態のために家族がずっと付き添うことが登校して授業を受ける条件になることも示唆される。

表2 非医療職と重症心身障害児者のみで過ごすことが求められる時間帯

1.居宅介護
1)家族が所用のため外出し、数時間ヘルパーが介護する
2)ヘルパーが本人と数時間外出を楽しむ
2.通所施設(短期入所事業、児童デイサービス事業を含む)
1)介護職による送迎車による送迎
2)介護職が本人と施設外活動を楽しむ
3)介護職が短期入所の夜勤帯を介護する
3.福祉型療養介護施設(入所施設)
1)介護職が本人と棟外活動を楽しむ
2)介護職が看護師不在の夜勤帯を介護する
4.ケアホーム
1)介護職が(訪問)看護師の指導下で終日介護する
5.療育センター、特別支援学校、個別支援学級
1)保育士、教員によるスクールバスでの送迎
2)保育士、教員が本人と課外活動を行う
6.医療型療養介護施設(重症心身障害児者施設)
1)介護職が夜勤の看護師の休憩時間帯に介護する
2)介護職が本人と日中活動や外出などの棟外活動を楽しむ
3)(介護職が、看護師不足を補うために医療的ケアを行う)

非医療職が医療的ケアを行う際、それに関連する不測の事態にも緊急対応できることは、求められる当然の職務である。今後、非医療職と本人だけで過ごす時間帯を適切・安全なものにするには、的確な緊急対応に習熟してゆくことが必須である。加えて、医療的ケアに関わるさまざまな事故に備えての施設内の管理・責任体制の構築や賠償責任保険の提供・加入も、医師・看護師と同様に整備されることが非常に重要である。そうでなければ、非医療職が安心して医療的ケアを行うことはできないであろう。

5 人工呼吸器管理や酸素療法を必要とする重症心身障害児者に対する喀痰吸引

人工呼吸器管理や酸素療法を行なっている家族の負担は多大であり、睡眠不足や外出困難などのストレスは計り知れなく、このような家族の疲労やストレスを実質的に軽減する医療的ケア制度は、非常に期待されている。

医療行為としての人工呼吸器管理とは、「人工呼吸器が正常に作動しているかの管理」である。その主な内容は、呼吸量や警報音の設定、本体や呼吸回路の蛇管の接続状態の点検、加温加湿器の水位の点検、定期的な蛇管やフィルタの交換などである。

一方、非医療職が喀痰吸引を人工呼吸器使用中の重心児者に行うとすれば、まず気管カニューレから呼吸回路をはずす、テストバッグを呼吸回路に装着する、もし人工呼吸器の警報音が鳴れば解除する、喀痰吸引後に呼吸回路を気管カニューレに元どおり装着する、などの作業が喀痰吸引に加わる。私見ではあるが、これら一連の作業を人工呼吸器管理とみなす必要はない。また、不測の事態として人工呼吸器の故障、あるいは本人に何らかの呼吸困難がみられた場合、あるいは偶発的に蛇管がはずれてどうしても元どおりに直せない場合には、的確な緊急対応として医療職あるいは家族が到着するまでの間、人工呼吸器をはずして加圧バッグで手押しの呼吸補助を行えれば、安全性は確保できる。

このように、家族や看護師が近くに居なくても、数時間であれば非医療職のみで対応することは十分可能で、必要に応じて提供すべき医療的ケアと思われる。

6 さいごに

今回の医療的ケア制度は現場のさまざまな実態や必要性に十分応じきれていないが、いつの時代でも制度は遅れて法制化されるものであり、本人・家族や関係するスタッフの絶え間ない努力によって制度・法律は改良されるものである。どんなに障害が重たくても、ひとりひとりが望んでいる社会生活を不自由なく過ごせるよう、今後も引き続き医療的ケアのレベルとその制度を発展させなければならない。

(ねづあつお 横浜療育医療センターセンター長)