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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年5月号

ライフステージごとの課題 学齢期

特別支援学校の教育支援と課題

櫻井睦行

重心児へのキャリア教育のアプローチ

本校では開校時、「キャリア教育」推進を学校教育目標の中心の一つとしたが、現在は3文字を加え「金沢のキャリア教育」として同様に位置付けている。このわずかな変化には大きな違いがある。かつては、学齢期の早い段階から働くことを意識し、自立していけるように指導していくという目標だった。「金沢の」が加えられた現在では、暮らす楽しむことも含め、自分が社会でどういう役割を果たしたらいいのかを理解しつつ、自分らしく生き抜いていく力、言い換えればワークキャリア中心ではなくライフキャリアを育む目標へと深化させているのである。

学校は、言うまでもなく学齢期における人間形成の場でなければならないが、往々にして立派な大人になるための指導が中心になってはいないだろうか。「立派」とは、就職して納税者になることか?就職することが困難な重度の障がい者は立派ではないのか? また、さまざまな事をできるようにすることが指導ならば、できないことを本人の力量のせいにしてはいないだろうか?たとえば、できるまでをスモールステップで進め、本人の「やってみたい」気持ちを尊重していく等の工夫や仕掛けを駆使していけば、本人が主体的に取り組み、できる方向へ変化していくのではないだろうか。

前記のような教育支援的アプローチは、実は私たち特別支援学校の教員にとっては一般的な方法である。ところが当初の「キャリア教育」の考え方では、どうしても出口を見据えて卒業までに作業のスキルを磨き、おあしすさほうれんそうと言ったコミュニケーションスキルを徹底させるワークキャリア中心の指導に専念してしまいがちになる。多少の無理をさせても就職できれば人生はバラ色になるのだろうか。多くがそうだとしても、ストレスをたくさん抱え込み、二次的な障がいを引き起こすなどして離職していく人たちが大勢いることも事実である。

それゆえ現在は、キャリア教育でいう4つの育てたい力(人間関係形成能力、情報活用能力、将来設計能力、意思決定能力)の視点から再吟味し、小学部段階から時間をかけ、その人がなりたい自分をイメージさせつつ、社会の一員として生き抜く力を育む支援に力を注いでいる。

では、医療ケアを必要としたり、食事や排泄等においての支援が必要だったりする重症心身障がい児への「金沢のキャリア教育」について、少し紹介してみよう。

まず、実態はさまざまだが、ある程度共通の課題として「本人からの意思表示をどれだけ拾って具現化できるか」を挙げることができる。この視点から、4つの育てたい力で言えば、意思決定能力に関わる部分を中心として、昨年度の校内研究において重点的に取り組んだ。「意思表示をなかなかしない」のではなく、「していることに気付かない」ことが、意思決定能力やその基礎にもなる人間関係形成能力の育成を阻害してしまうことを教員間で共通理解しておく。そして、日々行動観察をする中から意思を代弁(実現)する試行を繰り返す。その結果、教員との信頼関係や本人の意思表出が拡張され、いずれはより多くの他者へその関係を繋げていくことができる。

繰り返すが、これはどこの特別支援学校の教育活動とも何ら違いはない。ただここに、キャリア教育の視点が常に意識されているかどうか、が金沢のポイントなのである。

本校の取り組みと地域のネットワーク構築について

さて、最後に社会人として巣立っていく移行期の支援について、紹介してみよう。

重症心身障がい児が卒業後に地域で暮らしていくために必要な社会資源は、たとえば、日中活動の場においては選択の余地がないほど少ないことが一般的である。医療ケアを必要とする障がい児の場合はさらに厳しい現実がある。

医療ケアについては神奈川県の体制が整備され、学校教育の場で日常的に実施するようにはなってきたものの「ケアをしなくて済むようになる」というような教育目標は現実的ではないため、卒業後に、どうすればケアを継続していけるかを慎重に検討していかなければならない。看護師配置を含めた医療のバックアップ体制が整備されていないと、日中活動のみでなく送迎や短期入所などの利用が困難になってしまう。もちろん新規の事業所が設立されればそれに超したことはないが、いずれそこも満杯になるであろう。

となれば、最も大切になってくるものは何か。地域のネットワークを強化していくこと、これしかないのである。これは単純に進路先を拡げるというテーマではなく、自分らしく生きようとする人たちを地域として支援していくために、知恵を絞りあっていこうということなのである。

本校周辺の地域ではそういう動きが始まろうとしているが、橫浜市の他地域では、すでに有機的なネットワークが構築されているところもある。国や県、市の制度を待つだけでなく、地域の医療・福祉・行政・療育・教育等が顔の見える関係の中でできることから試行してみる、そんなことを繰り返しながら、いつかは重症心身障がい児の一人ひとりが、今まで以上に快適に生きていける地域を実現したいと願って止まない。

(さくらいちかゆき 神奈川県立金沢養護学校教諭)

図 特別支援学校におけるキャリア教育拡大図・テキスト