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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年5月号

ワールドナウ

韓国における障がい等級制度の存廃をめぐる最近の動き

朴賛五

韓国では昨年10月、一人暮らしの重度障がい者(女性/脳性マヒ)が、介助者の不在中、自宅で火災が発生し、逃げ遅れて死亡するという事故が起こった。くしくもこの事故は、「第2次アジア太平洋障害者の十年」の最終年にあたり、韓国・仁川(インチョン)で行われていた国連ESCAPハイレベル政府間会合および一連の会議(DPIAP、APDF、RIなど)の開催期間中に発生し、会場では突如、韓国の障がい者団体による24時間の介助保障を要求するデモが起こった。日本から仁川会議に参加された方の中には、この抗議デモを現場で目撃された方もいるだろう。

このデモで障がい者団体側は、保健福祉部(Ministry of Health and Welfare)長官との面談約束を取り付けた。また、国政監査を通して国会議員からも「保健福祉部は介助サービスを拡大すべき」という声が高まり、国会では、すでに決定されていた2013年度の介助サービス予算に1,500億ウォンを追加する予算編成を行なった。しかし、懸念を払拭しきれない保健福祉部は、このうち615億ウォンのみを今年度の執行予算に反映し、一部の最重度独居(一人暮らしの)障がい者に対してのみ支援を拡大するとした。

韓国では、2007年に国家レベルでの障がい者介助サービスが開始された。介助サービス関連の法律である「障碍人活動支援法」が2011年に制定された後も、サービス利用の申請ができるのは障がい等級1級をもつ者(韓国の障がい等級は1級から6級まであり、1級が最重度)に限定されていたが、今年度からは2級をもつ障がい者も利用申請ができるようになり、申請後、認定審査を通して支給決定がなされれば介助サービスを受けることが可能になった。

しかし、新規でサービス利用申請をしようとする障がい者に対し、行政側は障がい等級判定の再判定を受けるよう促しており、再判定により、もし障がい等級が下方修正されれば介助サービス利用申請が難しくなるばかりか、障がい者を対象とした他の福祉サービスについても利用対象から外れてしまう可能性があるという点で障がい当事者を緊張させている。

これまでの障がい者登録基準や等級判定基準に問題があったのか、もしくは基準がさらに厳しくなったのかは分からないが、政府の資料によると、2007年4月から2010年3月までの3年間で行われた総計92,817件の障がい等級再判定審査の結果、障がい等級が下がった件数が36.7%、上がったのは0.4%という統計が出ており、障がい当事者の中には、多様なサービスの新規利用を希望しながらも、等級の再判定審査を受けなければ申請できないという点で躊躇(ちゅうちょ)している人も多い。

また、障がい等級1級を持っていても介助サービスの受給資格認定審査が通らず、介助サービスが受けられないという人がいる一方、2級障がい者でも認定審査を通過し、サービスが受けられるようになったという人がいるので、障がい等級制度はもはや意味がないという議論が出てきている。

このような状況の中で、全国障碍人差別撤廃連帯では、障がい等級制度の廃止と国民基礎生活保障制度(日本の生活保護制度にあたる)における扶養義務制の廃止を要求し、現在200日以上にわたる座り込みのデモを、ソウル市内中心部の地下鉄5号線光化駅前で続けている。

昨年12月の大統領選挙で当選した朴槿恵(パク・クネ)大統領は、選挙戦中「現行の障碍人福祉法を障碍人権利保障法に改正し、障がい等級制度を廃止・改善する」と約束したが、当選後は「障碍人権利保障法の制定検討と障がい判定体系の改善をめざす」と立場を変えている。

韓国では、1981年に「心身障碍人福祉法」(1989年に「障碍人福祉法」へ改正)を制定、1982年に障がい等級基準が発表され、1988年11月より本格的に障がい者登録制度が実施された。制度の設計にあたっては、日本の制度をモデルにしたと言われている。登録制と等級基準は、各種の障がい者福祉制度の導入・実施において、政府が所要予算を割り出し、対象者を選定するという点において有用である。

たとえば、保健福祉部から出された「2013年障碍人福祉事業案内」によると、障がい者のための公的な福祉事業は現在72種類あり、その中の21種類の事業で障がい等級を基準にサービスが制限されるか、または内容に差がつけられている。受給対象者が等級によって制限される代表的な制度は、障がい者年金、介助サービス、そして各種の交通機関、公共料金の割引や、税金の減免制度などである。

しかし現在、障がい者団体や学識経験者の間では、約30年前につくられた制度の問題点を論じつつ、今後、障がい登録制度は廃止されるべきだという意見が出てきている。今年、国会で開かれた国会保健福祉フォーラムでは、「現在の障がい者登録制度は、損傷の程度によって等級がつけられ、医療的な基準で判定されている」との発言が大学教授から出され、2001年に、WHO(世界保健機構)が発表したICF(国際生活機能分類)を根拠とした、障がいについての新しい定義が韓国の関連法にも反映される必要があると議論された。

また、3月15日に開催された障がい者団体による「障がい等級制についての大討論会」において、全国障碍人差別撤廃連帯朴敬石(パク・ギョンソク)執行委員長は、障がい等級制度の完全廃止とともにこれを補完する「障碍人権利保障法」の制定を訴えた。朴執行委員長は、医療的な基準に基づく障がい等級制度を廃止することで障がいを個人の身体的欠陥として捉える否定的な視点を打破し、障がい者を同情と施しの対象とみなし、入居施設での保護を目的とするような福祉政策を阻止することができると主張した。

「障碍人権利保障法」の内容としては1.障がい定義の転換、2.脱施設化、3.障がい当事者中心の福祉サービス受給システム(注釈)の構築、4.個別支援体系の構築、5.間接的な所得保障から直接的な所得保障への転換、6.障がい関連予算拡大、7.権利擁護体系の構築、8.地域社会における自立生活の保障、などを提案している。

国会や障がい当事者の間では、大方が等級制度廃止に肯定的な立場だが、保守勢力や保健福祉部関係者は、長年維持されてきた等級制度について廃止を求める声に混乱を示している。国会保健福祉フォーラムで保健福祉部の担当課長は、障がい等級の完全廃止は難しく、6等級体系である現在の制度を、重度(1~3級)と軽度(4~6級)という2段階程度の分類に変更するという代案を提示した。これに対し、障がい者運動家側は、根本的な問題の認識や検討がないまま、当事者側からの要求にその場しのぎで対応しようとする短絡的な方法だと指摘している。

25年間以上続いてきた障がい者福祉の根幹である、障がい等級制度の存廃についての議論は、韓国の障がい者福祉の根本を再検討する契機となっている。韓国以外に日本や台湾、ネパールなど世界的に見ても一部の国々にのみ存在する障がい者登録および等級制度は、行政側による管理の利便性以外にどのような利点があるのか不明だ。現在、韓国の障がい当事者たちは、自分たちにらく印(スティグマ)のように等級付けをする前近代的な身分制度の撤廃を強く要求している。

(パク・チャノ ソウル障碍人自立生活センター)

翻訳:大野真理(ソウル障碍人自立生活センター)


(注釈)たとえば、介助サービスなどを行政がサービス利用者に現金で直接支給するのか、派遣事業所を通して管理するのか、また、サービス提供機関をどこの機関に委託するのか(例:韓国では理学・作業療法などのリハビリ関連のサービスは福祉館で提供)など、政府の福祉サービスがどのようなルートや方法で利用者まで届いていくのか、というシステムのことをいう。