「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年6月号
フォーラム2013
「通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」とその活用について
大南英明
◎本調査の概要
(協力者会議の調査結果より抜粋、一部文章を挿入しています。*筆者注)
1.調査の目的
特別支援教育が本格的に開始されてから5年が経過し、その実施状況について把握することが必要である。
障害者の権利に関する条約に基づくインクルーシブ教育システムを今後、構築していくに当たり、障害のある子どもの現在の状況を把握することが重要である。そのため、本調査により、通常の学級に在籍する知的発達に遅れはないものの、発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒の実態を明らかにし、今後の施策の在り方の検討の基礎資料とする。
2.調査時期
平成24年2月から3月にかけて実施した。
3.調査対象
全国(岩手、宮城、福島の3県を除く)の公立の小・中学校の通常の学級に在籍する児童生徒を母集団とする。
(1)標本学校数:小・中学校それぞれ600校とする
(2)標本児童生徒数:小学校35,892人 中学校17,990人 計53,882人
(3)回収数および回収率:標本児童生徒のうち、52,272人について回答が得られ、回収率は97.0%。標本学校数のうち、1,164校について回答が得られ、回収率は、97.0%
4.「1 児童生徒の困難の状況」の調査結果
今回の調査は、平成14年に行った調査とは、対象地域、学校や児童生徒の抽出方法が異なることから、両調査について「増えた」「減った」という単純な比較をすることはできないことに留意する。
(1)学習面または行動面で著しい困難を示すとされた児童生徒の割合が推定値6.5%という数値になっている(平成14年の調査では6.3%)(表1参照)。
(2)学年が上がるにつれて、学習面、行動面で著しい困難を示すとされた児童生徒の割合が少なくなる傾向にある。
表1 質問項目に対して担任教員が回答した内容から、知的発達に遅れはないものの学習面又は行動面で著しい困難を示すとされた児童生徒の割合
推定値(95%信頼区間) | |
---|---|
学習面又は行動面で著しい困難を示す | 6.5%(6.2%~6.8%) |
学習面で著しい困難を示す | 4.5%(4.2%~4.7%) |
行動面で著しい困難を示す | 3.6%(3.4%~3.9%) |
学習面と行動面ともに著しい困難を示す | 1.6%(1.5%~1.7%) |
※「学習面で著しい困難を示す」とは、「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」の一つあるいは複数で著しい困難を示す場合を指し、一方、「行動面で著しい困難を示す」とは、「不注意」、「多動性-衝動性」、あるいは「対人関係やこだわり等」について一つか複数で問題を著しく示す場合を指す。
このことについて、協力者会議では、次のような指摘があった。これらについては、今後の調査研究に委ねる必要がある。
○周囲の教員や児童生徒の理解が深まり、そのことが適切な対応につながり、当該児童生徒が落ち着く可能性がある。
○学年が上がるにつれ、学校で生活経験を積む、友人ができる、部活動にやりがいを見出すなどにより、当該児童生徒が学校に適応できるようになる可能性がある。
○低学年では、学習面や行動面の問題は見えやすいが、高学年になるにつれてさまざま問題が錯綜し、見えにくくなる可能性がある。
5.「2 児童生徒の受けている支援の状況」について
全体として、通常の学級においても、特別支援教育が徐々に浸透しつつある状況が伺える。協力者会議では、調査結果から次のような指摘があったが、その分析は、今後の調査研究に委ねる必要があると考えている。
○現在、授業時間内に教室内で個別の配慮・支援を受けている児童生徒の割合が、校内委員会において特別な教育的支援が必要と判断された児童生徒の割合を上回っていることは、各教員が、個別に工夫しつつ特別支援教育に取り組んでいると評価できる。
○学習面または行動面で著しい困難を示すとされ、かつ、校内委員会において特別な教育的支援が必要とされた児童生徒の割合が18%にとどまっていることは、各教員が個別に工夫しつつ特別支援教育に取り組んでいる一方で、個別の配慮・支援が必要なすべての児童生徒について、各学校の校内委員会が支援の必要性に関与していない可能性がある。
◎調査結果の活用等について
発達障害のある児童生徒(可能性のある児童生徒を含む)に対する指導内容・方法の工夫、教員の研修、市町村全体での取り組みなどがすでに始まっている。
今回の調査結果が、各学校、市町村教育委員会、都道府県教育委員会、国等において、さらに活用され、一人ひとりの児童生徒の支援を期待する。
1.各学校における児童生徒への指導について
(1)校内支援体制の一層の工夫と改善を行う
○特別支援教育コーディネーターを中心に校内委員会が継続的に活動できるように校内の協力体制を確立する。
○校内委員会での協議の内容が、全教職員にすぐに伝わるシステムを工夫する。
○児童生徒の実態を把握し、支援の内容、方法を外部の支援を含めて、検討する。
(2)該当する児童生徒に対する適切な指導・支援について理解を深め、指導内容・方法を工夫する。
○授業をユニバーサルデザイン化し、「みんながわかる授業」が日常的に行える工夫をする。
○小学校等の学習指導要領に示されている「個別の指導計画」をもとにした授業の展開を工夫し、一人ひとりが十分に活動できるようにする。
○視覚に訴える教材・教具、聴覚を優先する教材・教具など一人ひとりの児童生徒の学習課題に即した指導方法を工夫する。
(3)学級経営を工夫、改善する
○教師と児童生徒、児童生徒同士の人間関係を育む学級経営を工夫する。
○学習環境の整備に努める。環境の整備には、児童生徒も参加できるようにする。
○教室の近いクラス、上下の学年のクラスと連携した学級経営を工夫する。
2.市区町村教育委員会、都道府県教育委員会の施策、事業
○児童生徒の特性に応じた学習環境の整備を工夫している学校がかなりある。
○市区町村全体で特別支援教育に取り組むことを検討し、実施に移す。
○都道府県立の学校と市区町村立の学校との連携、協力を一層深める。
3.国(文部科学省)の施策、事業
文部科学省は、平成25年度予算で次のような事業を進めている(一部を紹介)。
(1)インクルーシブ教育システム構築事業
○早期からの教育相談・支援体制構築事業
○インクルーシブ教育システム構築モデルスクール
○インクルーシブ教育システム構築モデル地域(交流及び共同学習)
○インクルーシブ教育システム構築モデル地域(スクールカウンセラー)
(2)発達障害に関する教職員の専門性向上事業
○発達障害理解推進事業
○発達障害に関する教職員育成プログラム開発事業
4.研究機関の調査研究
協力者会議において、次の2点が指摘されている。
○学年が上がるにつれて、学習面、行動面で著しい困難を示すとされた児童生徒の割合が小さくなる傾向について、詳しく調査研究する。
○児童生徒の受けている支援の状況について詳しく分析し、必要な調査研究を行う。
(おおみなみひであき 協力者会議座長、全国特別支援教育推進連盟理事長)
*調査結果は、文部科学省初等中等教育局特別支援教育課HPより公開されています。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/__icsFiles/afieldfile/2012/12/10/1328729_01.pdf