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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年6月号

ワールドナウ

国連人権高等弁務官事務所、障害者の労働および雇用に関する課題研究結果を公表

松井亮輔

はじめに

昨年、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、国連人権理事会の要請を受け、各国政府、国際労働機関(ILO)、国連社会開発委員会・障害特別報告者、および障害当事者団体を含む、市民社会組織(CSO)と協議しながら、障害者権利条約(以下、条約)に照らした、障害者の労働および雇用の権利の状況について課題研究を行なった。その一環として、各国政府、政府間組織、CSOおよび各国人権機関等を対象にアンケート調査を実施している。その報告書は、昨年12月に開催された第22会期人権理事会に提出されるとともに、OHCHRの次のウェブサイトで公表されている。(ohchr.org/EN/Issues/Disability/Pages/WorkAndEmployment.aspx

また、この仮訳は、次のサイトに掲載されている。http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/intl/un/AHRC-22-25_jp.html

この調査に回答したのは、34か国政府(アジア太平洋地域からはオーストラリア、ニュージーランドおよびスリランカの3か国のみ)、2政府間組織(ILO等)、11市民社会組織(国際障害同盟(IDA)等)、18国内人権機関および筆者を含め3人の個人で、回答数は全体で68と極めて限られている。

障害者の労働および雇用の権利は、条約の重要な基本的人権の一つと位置付けられているにもかかわらず、このように回答数が少ない理由については、この報告書では特に言及されていない。しかし、回答数は限られているものの、たとえば、オーストラリア政府の回答は、A4サイズで26ページ、IDAのそれは23ページにのぼるかなり詳細なもので、障害者の労働および雇用の権利の実現に向けて、どのような取り組みが求められるのかを考える上で、極めて貴重な情報を提供している。

1 報告書の構成

報告書の構成は、次のとおりである。

1 序論

2 人権としての労働の権利

3 障害者の労働および雇用

A.一般労働市場での雇用にアクセスする権利

B.労働および雇用における障害者差別

C.アクセシブルな職場

D.職場における合理的配慮

E.障害者の雇用促進のための積極的差別是正措置

4 条約第27条の重要な規定の分析

A.公正で良好な労働条件

B.技術・職業訓練およびリハビリテーションへのアクセス

C.自営、起業家精神、協同組合の発展および自己の事業の開始を促進すること

D.搾取および強制労働からの保護

5 第27条と(条約の)他の関連条文との相互関係

6 障害者の労働および雇用(の権利)の実現を支援する要素

A.障害者の代表制と参加および障害者を代表する団体

B.社会保護プログラムへのアクセス

C.データ収集、説明責任および監視の仕組み

D.国際協力

7 結論と勧告

2 報告書の主な概要

紙幅の関係から、ここでは、3障害者の労働および雇用に絞り、その主な概要を紹介することとする。

(1)障害者の労働および雇用の現状

障害者は世界人口の約15%を占め、そのうち労働年齢の者は、7億8,500万人から9億7,500万人と推定される。多くの国で障害者の労働参加率は低い。

経済協力開発機構(OECD)加盟国の最近のデータでは、労働年齢の障害者の半数弱が経済活動を行なっていない。それに対し、労働年齢の障害のない者の場合、その割合は5人に1人となっている。障害者と障害のない者の雇用格差は、各国や各地域に共通している。障害者が働いている場合でも、低賃金で、パートタイムや臨時的な仕事に就いていることが多く、キャリア形成の可能性は極めて少ない。障害者が直面する障壁は、政府、事業主、一般市民のステレオタイプな見方に深く根ざした否定的な態度や関心の欠如に関連している。

こうした労働および雇用分野で障害者が置かれている現状を打開するため、条約第27条は、障害者に対して開かれ、インクルーシブかつアクセシブルな労働市場および労働環境で、障害者の労働の権利の実現を確実にし、促進するため、締約国がとるべき適切な方策を提示している。

(2)職場における合理的配慮

職場における合理的配慮措置はすべて、その対象となる個人が、労働生活に完全かつ平等に参加できるようにすることである。条約では、合理的配慮の否定は、障害に基づく差別に当たると明記している。したがって締約国は、合理的配慮を確保する義務を国内法に導入し、合理的配慮の否定は、差別の一形態と定義しなければならない。

合理的配慮の具体的な内容としては、機械・設備の改造および変更、職務内容、労働時間および作業編成の変更、障害者の職場へのアクセスを確保するための労働環境の改造等である。

アンケートへの回答から、障害関連法への合理的配慮の導入は、多くの国であまり進んでいないことが明らかになった。条約の要請にしたがって、国内法に合理的配慮の概念を導入しているのは、アンケートに回答した国のうちごく少数にとどまっている。事実、合理的配慮(個別に求められるもの)という概念は、往々にしてアクセシビリティ措置(一般に求められるもの)、あるいは積極的差別是正措置制度と混同されがちである。

すべての障害者が合理的配慮を必要とするとか、あるいは配慮の提供には極めてコストがかかったり、困難という誤解が一般的にある。しかし、実際には、障害者の多くは、合理的配慮を必要とはせず、配慮の多くは、ほとんど、あるいは、全くコストがかからない。こうした誤解を正すために、事業主、労働組合および障害者に合理的配慮の概念についての意識を高めたり、この規定を実践する方法について技術的援助をする責任が、締約国にある。

(3)積極的差別是正措置

アンケートへの回答で最も一般的な障害者の雇用促進方策は、雇用率制度の活用である。それを制度化している国は、公的および/または民間部門に従業員の一定以上の割合について障害者を雇用することを義務付けている。それに従わない場合には、納付金等の形で制裁を加えることを法律で規定している国もある。

アンケートで回答があった、その他の障害者雇用促進措置は、補助金、税の減免および官公需の優先発注等である。積極的差別是正措置には、障害者の声が職場で適切に反映されることや、雇用や昇進の基準の見直し等を行うことも含まれる。しかし、このような取り組みや制度が整備されているにもかかわらず、障害者に提供される仕事は、低技術で、自己実現やキャリア形成の余地がほとんどないものが少なくない。

積極的差別是正措置で懸念されることは、障害者はもっぱら障害を根拠に雇用されるという否定的なメッセージを事業主等に送る、つまり、それは職業人としての障害者の役割についてスティグマや偏見を強めかねないことである。したがって、こうした措置の焦点は、職場における多様性やすべての人の平等なキャリア形成の価値についての認識を高めることに当てられるべきである。

おわりに

このアンケートへの回答から、締約国が障害者の雇用を促進するために幅広い、多様な取り組みをしていることが明らかとなった。しかし、こうした取り組みは、しばしば主流から分離された場での仕事の創出、あるいは、訓練機会の提供に焦点が当てられ、条約で規定されるインクルージョンの原則を尊重していないことが多い。締約国は、分離された、特別の職場ではなく、一般労働市場での障害者の平等なアクセスを確保・促進する必要がある。

この報告書をベースに、国連人権理事会でどのような議論が展開されたのかは明らかではないが、今後、国連人権理事会および人権高等弁務事務所等により、この報告書が意図する、他の者と平等な、障害者の労働および雇用の権利の実現に向けて、積極的なフォローアップアクションがとられることを期待したい。

(まついりょうすけ 法政大学名誉教授)