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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年7月号

列島縦断ネットワーキング【東京】

働きたい人を支援する
~発達障害の強みを活かすKaienの事例~

藤恭子

発達障害者に特化した就労支援

株式会社Kaienは、創業者の鈴木慶太(すずきけいた)が、自身の息子が発達障害の診断を受けたことをきっかけとして、アメリカのビジネススクールで作ったビジネスモデルをもとに設立した会社です。「発達障害」「働く」「強みを活かす=Enabling Excellence」の3つを軸に事業を展開しています。現在、当社を利用されている方は「児童・生徒」「学生」「就労を希望する大人」のいずれかであり、今回は、大人向けの就労移行支援についてご紹介します。

当社は、2013年4月に、新宿事業所を新しく開設しました。秋葉原事業所、横浜事業所と合わせて、約60人の訓練生が在籍しています。当社の訓練の特色は、一言で申し上げれば「模擬職場を作り、職場におけるコミュニケーションの取り方を学ぶ」点にあります。発達障害の方の就労支援を行なっていて思うのは、まるで自分が論理トレーニングを受けているような感覚があるということです。曖昧(あいまい)であったり、解釈が分かれたりする発信をすると、すぐさま質問がとんできます。

したがって、指示をする際は「何を」「いつまでに」「どのように」行えばいいのかということを、構造化・視覚化・明確化するようにしています。裏を返すと、ルールを遵守する方が多いので、自分が的確な指示を出したかどうかは、訓練生の行動にそのまま現れるものと考えています。

たとえば、訓練プログラムの一例として、一般的な会社の基幹業務を一通り体験するものがあります。店舗の売り上げデータを入力する作業や、在庫管理のために必要なデータを入力する作業など、PCを使って、実際の企業で必要な業務を疑似体験していただいています。ここでは、業務内容そのものを学ぶことを一番の目的としているわけではありません。業務にあたり、作業スケジュールを自分で立てた上で、上司に進捗状況を報告し、不明点があれば確認しながら進める、職場におけるコミュニケーションの取り方を練習しています。適切な方法とタイミングで行うホウレンソウは、一般枠・障害者枠ともに、就労にあたっての大事なスキルであると考えています。

Kaienでは、訓練生に対して、1日に3度の文書による報告と、適宜必要に応じて上司に相談をする練習をしています。初めは報告内容が不足していたり、逆に詳細すぎて要点が分かりにくかったりする方がほとんどですが、経験を重ねていき、フィードバックを受け続けることで、目に見えて報告の質が上がっていきます。

Kaienの訓練

  • 職場におけるコミュニケーションスキルを身につけることが一番の目的
    ⇒報告・連絡・相談を重視
  • 企業における実務を模擬職場で疑似体験
    ⇒業務指示を理解し、計画を立てて実施
    ⇒上司に対しての報告・連絡・相談を行う

職場でのコミュニケーションスキル

Kaienに通っている方の中には、一般枠での就労経験において、職場でのコミュニケーションの取り方に悩み、退職された経験のある方もいらっしゃいます。質問をまとめることが苦手な方もいれば、思ったことを「空気を読まずに」言ってしまう方もいます。また、他者の立場に立って考えることが苦手なため、自分が把握していることは、他の人も把握しているととらえ、結果として報告を怠ってしまう、ということも生じます。

私は、就労支援員として訓練生に接する際に、行動基準として「実際の職場であれば、上司として・同僚としてどのように接するか?」という軸を持つようにしています。上司・同僚としての範囲内で感情をくみ取ることはしますが、目指すべきは訓練生の気持ちの部分のよき理解者になることではありません。訓練生が職場で戦力として活躍できるようになるために、できうる限り状況を整理し、次の行動を明確にしていくことを大事にしています。

たとえば、質問をまとめることが苦手で、状況説明から長々と話を始める方には、「私に確認をしたいことは何ですか?」と結論を先に聞きます。私が他の人と話をしているときに会話に割り込んでくる方には「今はダメなので5分後にしてください」と伝えます。報告がない方に関しては、「なぜ報告がないのか、理由とともに報告をしてください。忘れたのであれば、忘れずにいるための具体的行動を提示してください」と指示をします。どちらかというと、ドライだととらえられることもあるかもしれません。

一般的に職場は、楽しいことばかりではなく、辛いこと、苦しいことが起こりうると考えています。相性が合う人だけでなく、合わない人とも仕事をしていく可能性もあります。仕事上の指示をするにしても、手取り足取り教えてくれる人もいれば、最低限の指示のみの人もいます。さまざまな人がいる職場において、仕事に必要なコミュニケーションスキルをつけていくことで発達障害の弱みを薄め、強みを活かしていくことができると考えています。

発達障害者の就労における強み

企業の方のお話をうかがうと、「あえて発達障害の方を雇用するメリットが見えない」「発達障害の人にどのような配慮をすればいいのか(身体障害や知的障害の人と比べて)分かりにくい」という意見をいただくことがあります。実際に「見た目で分かりやすい障害」ではないと私も思います。しかし、日々訓練生と接していく中で、彼らの強みを感じる場面が多くあります。

たとえば、口頭のみの指示を正確に受け取り、実行することは苦手な方が多いですが、書面やメールで指示をすることで受け取りやすくなります。むしろ、非常に細部を重視し、緻密に読み込む力がある方もいるので、自分では気付かなかった矛盾点を指摘されることもあります。前述した「論理トレーニングを受けているような感覚」です。

ルールを遵守する方が多いのも特徴のひとつです。仕事の上で妥当かつ合理的なルールを設定することで、業務を推進していくことができます。一般枠の就職においては「暗黙の了解」をくみ取って行動したり、「場の空気を読みながら発言する」といったことが求められたりすることがあります。明文化されていないことを踏まえて行動することが必要ですが、それができないと「社会性がない」と判断されてしまいます。しかし、明文化されていないことを踏まえることは苦手でも、明文化されたことにこだわることは得意なので、文書によって明確な指示ができれば、むしろ精度の高い成果を挙げる方もいます。

また、複数の業務を同時並行で進めていくことが苦手な方が多いです。逆の視点でとらえれば、一つの仕事を集中的に進めていくことが得意であることも事実です。過集中の状態になってしまうこともありますが、訓練を通して少しずつ「勤怠を安定させるために適切な頻度で休憩を入れる」ことを学んでいきます。

さまざまな強みの例を挙げましたが、基本的に「的確な指示を下せる上司のもとであれば、発達障害の強みを活かしやすい」と考えています。当社でホウレンソウの重要性を学んだ訓練生が、的確な指示を下せる上司のもとで、成果を上げていくことを目指して訓練を実施しています。

訓練で改善することが難しい事例

最後に、当社の訓練では改善することが難しい事例を紹介させていただきます。「他責性が強い」「うつ状態」「ニート・ひきこもり状態」の事例です。

「他責性が強い」つまり人や制度のせいにしがちな方は、職場で問題を起こしやすい傾向があります。人間としては平等であっても、企業においては上司の指示のもとに動く必要があります。職場において指示に従わない、というより、従うという発想がそもそもない方は、雇用をする側の視点からみると、非常に扱いにくいといえます。上司の言っていることが分からない、という状態ではなく、上司に従う意味が分からない、という方は就労は厳しいととらえています。「うつ状態」「ニート・ひきこもり状態」の方は、勤怠が安定しないため、就労支援とは異なる支援が必要といえます。

Kaienは、働きたいのにうまくいかない方のための支援機関であり、現状は、一般企業において妥当といえる範囲内の勤怠状況の方を中心に受け入れています。Kaienが特殊ととらえられるとするならば、その理由は「発達障害者を支援する」というところではなく「働きたいという意欲の高い方を支援する」というところにあるのかもしれません。真面目に、真摯に、働きたいという意欲を持った方の支援をさせていただいており、一人でも多くの雇用を作り出すべく、日々奮闘しております。

(とうきょうこ (株)Kaienブリッジコンサルタント)