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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年8月号

失ったものより得た大きなもの

村上清加

2009年4月、私は鉄道事故により右足大腿部の半分より下を切断した。自分が義足を使って生活をするようになるとは分かっていたが、はじめは不安が大きく現実を受け入れられなくて、「もう私は何もできなくなった」とただただ悲観的になっていた。

できないこと…山登り、ダンス、スキー※1

事故に遭う前にやっていなかったことさえも、なぜかできなくなった、と落ち込んでいる自分に気がついて、何か違和感を感じたのを覚えている。できないことを並べるより、できることをやっていこうと決心し、退院に向けて義足の歩行練習に励むようになった。

8月。退院すると、想像していたとおり以前とは違う世界に来てしまったようだった。しかし、世界は何も変わっていなかった。私の姿だけが変わっていた。何をするにも時間がかかるし、やりたいことが思うようにできなかった。

唯一何も変わらずに接してくれたのはペットたちだった。無邪気な態度がうれしかった。でも家族や友達は哀れな目で私を見ているわけではなく、私の気持ちになってくれたり、何か手伝えることはないかと、一生懸命考えてくれているのが分かった。

この感謝の気持ちを伝えるために、笑顔を見せて安心してもらいたいと思った。それと同時に私は、綺麗(きれい)に歩けるようになって義足メーカーの歩行モデルになりたいと目標を語った。私らしい、と周りが喜んでくれて、そこからいっそう歩く練習をがんばった。

しかし、やはり考えるのは足のことばかりだった。それは痛さから来るものもあれば、不安から来るものもあった。

不思議と仕事が決まってだんだんと生活のリズムが整ってくると、足のことを考える時間が減ってきていた。他に考えることができると一つのことに執着しなくなると学んだ。そして、考えなくなると痛さを感じることも減っていった。

だいぶ歩くのに慣れてきたので、以前から見学に行っていた切断者スポーツクラブ「ヘルスエンジェルス」の皆さんと一緒に走る練習を始めた。“走れるようになると歩くのが楽になる”そう教えてもらい、もともとスポーツが好きだったこともあり走ることを選んだ。

走ることを通じて友達が増えて、楽しい時間が多くなっていった。走ることは気持ちがよかった。

練習をしていくと、欲が出てきてもっと速く走りたいと思うようになってきていた。そして試合に出るようになった。前回の自分の記録をぬりかえたい、日本記録を出したい。陸上にのめり込むまでそう時間はかからなかった。

はじめは何もかもが楽しかったが、今は調子が悪かったりけがをして練習ができなくなったりするとやはり苦しい。でもそこは応援からいただく力が本当に大きいので、調子を整えて、またすぐにやる気を取り戻すことができる。

気が付くと義足の選手以外にも、違う障害をもった選手の友達が増えていた。そしてその障害について教えてもらったり、義足のことを聞かれたりすることが増えていた。

陸上を始めて目標ができたこと、またその目標を達成するために毎日の過ごし方を考えるようになったこと、それは今の私の生活にとても重要なことで、心を豊かにしてくれることの一つである。

また陸上を始めたこと、もっと言うと足を切断したことによって、こんなに素敵な出会いが待っているとは、入院していた時には想像もつかなかった。それは私の力なんて本当に微量で、周りのサポートがあってこそなのである。

今は、2014年のアジア大会、2016年のリオパラリンピックで私の走りを皆さんにご覧いただけるようにすることが一番の目標である。

また、義足メーカーの歩行モデルになるという目標は実現させている。緊張することもあるが、人前に出て義足でもこんなに歩ける、こんなこともできると披露するのは、とても気持ちが良い。何より家族や友達が喜んでいる。それがうれしい。

最後に、同じような障害をもっている人の中には、義足であることで自信が持てなかったり外出もほとんどしない人たちがいることも知っている。

まずは障害をもっていることや、義足であることを隠したいこととは思わないでほしい。自分に自信が持てるように外に出て、いろんなことにチャレンジしてほしい。

私は義足をかっこいいと思っている。決して隠したいこと、恥ずかしいこととは思っていない。それを少しでも多くの人に知ってもらえる活動を、今後も続けていきたい。


※1…当初私が思っていただけで、山登り、スキー、ダンスなどやっている人はいるのでできないことはない。


プロフィール(むらかみさやか)

1983年7月2日生まれ。2009年4月 鉄道事故により右足大腿部の半分より下を切断する。疾走用義足を用いて、陸上をやっている。専門種目は短距離・走り幅跳び。フルタイムで仕事をしているため、練習は平日の仕事が終わってからと休日。義足メーカーの歩行モデルや、スポーツイベント・医療関係の学会などでのファッションショーなど、義足であることを隠さずアピールする活動をしている。