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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年9月号

聴覚・ろう重複障害者福祉と助成

渡邊健二

特定非営利活動法人つくしは、聴覚・ろう重複の子どもからろう高齢者までを対象に「利用者の生涯にわたって、自立と社会参加・活動を実現するためにあらゆる支援を行う」ことを目的に福祉サービス事業を行なっています。

1996年、東海地方に聴覚障害のある方が利用できる社会資源は皆無に近く、聾学校に在籍していた聴覚・ろう重複児の家族が集い、まずは子どもが卒業後に安心して通所できる作業所をつくることを目的に「つくしの会」(前身)を結成しました。当初、家族が中心であった組織は脆(もろ)く、解散の危機を何度も迎えることがありました。任意団体で人材、資金、拠点の課題を抱え、組織としての意思決定や問題解決は大変困難なことでした。

私たちは、要求の主体である聴覚・ろう重複障害の当事者や家族とともに聾学校や聴覚障害者協会、手話サークルなどの関係者や行政と協力して事業所づくりや事業運営を行うことを再確認し、2003年にNPOを取得しました。バザーなどで蓄えた資金で民家を借り、地域生活を支える拠点となる事業所を開所しました。この拠点は、聴覚・ろう重複障害者にとって、仲間や職員と手話などでコミュニケーションがとれる場所、ここに通うことで社会とつながることができる場所であり、社会人として、人間として成長できる実践をしてきました。

国の福祉施策が行き届かない現状は多々ありますが、私たち自身が当事者の課題ととらえ、それぞれの地域に合った資源を作っていくという活動を抜きにして現状の変革はありません。そう考えて、事業所運営と同時に社会にさまざまな発信をし、助成事業や諸団体とのつながりを作ってきました。 以下、人材も、経験も乏しい私たちの組織が、立ち上げ以降活用した助成事業について、概要を述べます。

1つ目は、施設改修です。拠点づくりにおいて数億円以上もする大きな施設を造るのではなく、既存の民間の建物を借りて改修をすることにより拠点としていくのに、その改修事業に対しての助成を受けました。福祉サービスの事業所に使いたいということで、家賃や改築費が安く抑えられる物件を探し、さらに、バリアフリーのための改修をして使うということについて了承を得るのはなかなか大変な上に、改修の助成の場合、対象となる土地、建物の10年以上の賃貸借契約や貸借権の設定を条件とする財団が多く、この条件をクリアするのが本当に大変でした。なんとか、ある物件所有者から「福祉のために使ってくれるなら」と了承を得て、この施設改修助成金を利用することができました。10年以上の賃貸借契約など助成金受領の条件は一見高く感じましたが、それが助成事業の効果を発揮するための重要な基盤であり、それをクリアすれば、その後の入札、改修工事では、実際の規模とニーズに見合った迅速な支援をしていただけました。

2つ目に、調査・研修に対する助成についてです。全国で、聴覚・ろう重複障害者の支援に取り組んでいる事業所は、その障害特性に応じた支援の専門性を高めていく必要がありますが、専門の公的な研修などはありませんので、大変苦労して支援にあたっています。聴覚・ろう重複障害者への支援のためには、利用者の地域での暮らしの実態や、それを支援している社会資源、主に人的支援の実態を明らかにした上で、どのようなネットワークを構築し、どのような役割を果たしていくのかが展望できることが重要です。

このような目的の実態調査や研修開催について助成をしていただいたことは、社会資源のソフト面の振り返りと構築に大変有用なことでした。この助成を得て、現場の職員の労働環境、研修内容等の改善が可能になったとともに、同じような取り組みをしている施設間の協力体制を確立し、聴覚・ろう重複障害者福祉充実のための運動を展開するのに役立ちました。

3つ目には、利用者の夢の実現のための助成です。人として生きていくのに、自分にあった仕事をして生きていきたいというのは利用者みんなの願いです。

NPO法人つくしでは、福祉施設としてたいへん珍しい化粧品製造・製造販売事業に取り組みました。就労の実態と能力に即した商品を開発し、その事業に精通したチームを育成するために、障害者就労支援事業として開発費や設備費などに助成をいただきました。半年にわたる試験的な商品製造で活用し、この成果は、化粧品製造販売事業所(薬事法に基づいた施設)として2008年に認可され、仲間にとって誇りの高い仕事となっています。

前記の3点を振り返ると、利用申請時にはハードルが高くても助成事業を活用することにより、他団体とつながったり、社会的認知を広めたり、より成長したりしていくことを可能にしたと思います。

どんな事業を立ち上げるにしても、起業と同じレベルの専門的な手法と経営能力を持って、人材確保、拠点探し、資金作りにあたらなければなりません。国ではできないこと、福祉施策の谷間に置かれている利用者の現実に対して、新しい視点で事業を行なっていくのは大きな負担を強いられます。その負担解消のために、さまざまな助成事業を活用しようとしてもその活用自体に、時間と人手が取られるという苦しい現状があります。

今後も助成財団は、私たちのような小さな団体の特徴に着目していただき、法人格有無にとらわれず、迅速に、柔軟で積極的な支援をしていただきたいです。

(わたなべけんじ NPO法人つくし 聴覚・ろう重複センター施設長)


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