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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年9月号

ワールドナウ

快挙!芸術界のオリンピック!
第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展に出展した澤田真一さんと作品の魅力

小林瑞恵

芸術界のオリンピックと評される第55回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展(La Biennale di Venezia the 55th International Art Exhibition)が、2013年6月1日~11月24日までイタリアのヴェネチアで開催されている(会場はジャルディーニ会場、アルセナーレ会場他市内各所で開催)。今美術展では19世紀以降のアートを中心に、現代アート、コンテンポラリー・アート、アール・ブリュットなどさまざまなジャンルを越え幅広い作品を紹介している。また37か国から150人以上のアーティストが参加し、国別パビリオンには88か国が参加する芸術界の最高峰と言われる祭典である。そして、アルセナーレ会場では、総合キューレターを務めるマッシミリアーノ・ジオーニ氏が選んだ世界のアーティストの中に日本人3人のアーティストが選ばれた。その一人が澤田真一(さわだしんいち)さんである。

世界中のアーティストが目指す今美術展に、澤田さんの作品が選ばれ展示されたことは、大変な名誉であり、歴史的な快挙である。自閉症という障害をもつ澤田さんが今美術展に出展したことは、人の表現が障害の有無で区別されず、一人の作家として世界の舞台に立ち認められた瞬間であり、日本においては、障害のある作家が今美術展に選ばれ出展したのは初めてのことである。また、澤田さんという一人の創り手が世界の中の一流アーティストの一人として紹介されたと言える。

初めて澤田さん出展の一報を聞いた時、自分が生きている時代にこの出来事が起こりえるとはよもや思えず、現実なのか否か、何度も何度も出展者欄を確認した記憶がある。それほどに奇跡的で、日本の美術史においても障害のある人が創作する芸術の見方に一石を投じる歴史的な出来事となった。

ヴェネチア・ビエンナーレの会場では、澤田さんの作品は独自の円形の空間が設けられたスペースに26点展示されている。世界中の作品が入り交じる今美術展において、澤田さんの作品は他と引けをとることなく、その独自性の強さから他と比較されることもなく、彼特有の世界観と悠然たる存在感を遺憾なく放っていた。会場は世界中から訪れる多くの観覧者で賑わい(通算で約50万人が来場する)、澤田さんが展示されるスペースではショーケースのギリギリまで顔を近づけ、一つ一つの作品を観覧する光景が印象的であった。

ここで、澤田さんの作品や創作について紹介したい。

澤田さんが粘土による創作を始めたのは、知的障害者の通所施設に通い始めた2000年頃からである。施設では週3~4日程度、電気部品の組み立て作業に従事し、創作は春から秋の期間に週2~3回、山奥にある窯場(アトリエ)に行き行なっている。12月中旬から3月中旬の厳寒期は、窯場での作業は気温が非常に低下するため作品にひびが入りやすく、また寒さにより作業に適さないため創作は行われない。

澤田さんの創作過程を見ると、まるで作品の完成形が見えているかのように作業が進められていく。止まることも迷うこともなく、細く長いしなやかな指で淡々とトゲを一つ一つつけていくのである。その躊躇(ちゅうちょ)のない創作は神秘的にさえ見える。一つの作品は、大きいもので3~4日で仕上げてしまう。また澤田さんの創作は、時とともにトゲの緻密さや創作する形象などが変化し続けている。初期の頃の作品は、今よりトゲが鋭く、大きく、また今のようにトゲが密集せず、配置もバラバラであった。近年は、トゲが綺麗(きれい)に整列されることを好み制作を行なっている。

彼がなぜ、ここまでトゲにこだわり作品を制作しているのか。その訳を本人に深く尋ねることは難しく、また家族や関係者に尋ねてもその訳は誰にも分からない。一つ確かな事実としては、澤田さんの創作を長年見つめてきた陶芸の担当の先生によると、創作の始まりは同じ窯場(アトリエ)に通う仲間の創作に影響されたことがきっかけで始まり、次第に独自の創作へと転換させ、自分だけの絶対無二の表現にしてしまったということである。

澤田さんの作品の創作パターンは、現在約15種類に分類することができる。その約15種類の中から、澤田さん自身が創作パターンを選び、以前作った作品を複写するというスタイルで近年は制作を行なっている。無論、その形象が生まれた創造の原点は、彼自身のイマジネーションにより唯一無二のトゲトゲの造形物が誕生しているわけだが。

約15種類の分類としては、本人や関係者への聞き取りからモチーフが分かるもので鬼、龍、にわとり、ふくろう、たぬき、カエル、招き猫、龍と鬼、お面、壷などがある。完成した作品は、6か月間から長いもので1年間乾燥させた後に、窯にて焼くこととなる。また釉薬は一切使用していない。使用している窯は伝統的な窯であり、昨今の電気やオイルを使用した陶器窯とは違うため、澤田作品はより自然の味わいある作品として出来上がる。

澤田さんの作品は今もなお、時とともに変化を続けている。次にどのように変化するかは本人以外誰にも分からないが、多様なものがあふれる現代社会において澤田さんの作品は、観るものにモノが創生される驚きや人間の無限の創造する可能性を伝えてくれているように思う。そのことが今美術展出展へとつながり、多くの人の心を捉えたのではないだろうか。

近年、日本においては、アール・ブリュットという芸術分野が日本の新しい文化財産の一つとして国内外より大きな関心が寄せられている。アール・ブリュット[仏:Art Brut]とは、フランス人画家ジャン・デュビュッフェ(Jean Dubuffet 1901-1985)が1945年に考案した概念である。Artは芸術、Brutは「ありのままの、(加工していない)生の」という意味を持ち、「生(き)の芸術」と表されている。正規の美術教育を受けていない人が自発的に生み出した、既存の芸術のモードに影響を受けていない絵画や造形作品を指している。

アール・ブリュットの作家の中には、知的または精神に障害のある方も多く含まれるが、障害の有無にかかわらず、人が創造する可能性を伝える多種多様な作家がいる芸術分野として欧米を中心に発展してきた。また澤田さん自身も日本を代表するアール・ブリュット作家としても著名であり、今美術展出展に際しても総合キューレターのマッシミリアーノ・ジオーニ氏が日本のアール・ブリュット作品を観賞した際に作品に出合ったところから起因する。

日本のアール・ブリュットの躍進はこの10年ほどの期間である。スイスやフランスをはじめとし、ヨーロッパ各地で大規模な展覧会が開催され、フランスやイギリスで開催された展覧会においては10~12万人の観客が来場するなど大変な好評を博し、日本のアール・ブリュットは世界に知られるところとなった。また日本のアール・ブリュット作品は、知的障害のある人の作品から発掘調査が進んだため、日本を代表するアール・ブリュット作家の多くには障害があるのも現在の日本のアール・ブリュットの特色と言える。

人には無限の可能性がある。澤田さんの今美術展出展をはじめ、彼らの作品が近年、国内外で注目を集め、なぜこれほどまでに人々を魅了するのでしょうか。それは彼らの作品に触れた時、私たち人間には個々それぞれに宿る目に見えない無数の可能性や力があることに気付かせてくれるからではないでしょうか。社会や文化、芸術、障害の有無などこの世界にあるさまざまな境界や既成概念を越え、多種多様な私たちが個々に唯一無二のユニークな存在であることの美しさを伝えてくれる。

澤田さんの今美術展出展もきっかけとなり、日本のアール・ブリュットを中心とした障害のある人たちが生み出す作品に対する見方の転換期がきている。日本の新たな文化財産として大切に扱うべく、行政の方でもこの芸術分野をどう扱うか議論がされ始めた。この芸術分野に光があたり、根付くことによって、多種多様な人への尊厳や出会いにつながっていく機会になると考え、期待を寄せている。

(こばやしみずえ 社会福祉法人愛成会アートディレクター)