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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年9月号

列島縦断ネットワーキング【千葉】

「どうしても病院でなくてはならないのか?」の疑問から始まった“りべるたす”

伊藤佳世子

今からちょうど7年ほど前の夏に、某病院の筋ジストロフィー病棟に当時はまだ入院中だったSMA(脊髄性筋委縮症)をもつ大山良子さんが、十数年ぶりに実家に帰省外泊するための支援をする機会がありました。たった一泊でしたが、病院で長期療養をされているとそんなこともままならないのだそうです。彼女はその日、「家で冷やした冬瓜の煮物を食べたい」そんな小さな夢を叶えていました。

当時、約30年間入院生活を送っていた大山さんと私の出会いは、私が某筋ジストロフィー病棟の介護職員で、彼女は長期療養の患者さんという立場の頃でした。この病棟に入院している患者さんたちは、難病で重度障害がある方ばかりでした。そこでの生活は、外出は年に数回で、家族が元気でなければ家にも帰れず、長く療養を続けてほとんどが死亡退院していく病棟でした。同じ日課、年間行事をこなし、年に数回の外出を楽しみに生きている患者さんを支援する中で、「この方たちが暮らす場所は、どうしても病院でなくてはならないのか?」ということが私の中で大きな疑問となっていきました。医療のことはよく分からないけれども、進行していく病気なら、なおさら、好きなように生きたらいいのに、それができない理由を知りたいと思っていました。

あるとき大山さんから「病院に暮らしたい人なんていない」という言葉を聞きました。その言葉は、私の亡き祖父の思い出と重なりました。私の祖父は、1980年代にいわゆる老人病院で4年間入院して亡くなりましたが、病院での長期療養の間に祖父らしい姿は全くなくなって、一患者として長くベッドに横たわって死んでいく姿に違和感がぬぐえず、こうして長期療養の揚げ句死ななければならないことへ、そうであってほしくないという思いを込めて、住みたいところへ住み続けるにはどうしたらよいのだろうと考えるようになりました。

地域の社会資源を調べると、常時介護が必要な大山さんが病院を出るためには、まず24時間支援ができる事業所が必要でしたが、当時は皆無でした。そこで、私は病院を退職し、1年かけて会社を立ち上げて24時間の在宅介護支援ができる事業所をつくり、大山さんが病院を出る計画を進めていきました。そうして、平成20年4月16日に大山さんは30年ぶりに退院し、今、彼女は私の良き隣人となり一人暮らしをしています。

大山さんが病院を出てから、何人もの患者さんが退院しました。長期療養者が病院を出るのはとても勇気がいることだと思いますが、大山さんが前例をつくったことの意義は大きかったようです。

さて、そこから5年経った今、「りべるたす」に来る相談は、筋ジストロフィーの方やALS(筋委縮性側索硬化症)等の常時介護を必要とする方の介護体制に関するものが多く寄せられています。

今、「りべるたす」は、主に訪問系サービス事業を行なっていますが、障害福祉サービスでは居宅介護、重度訪問介護、同行援護、地域生活支援事業(生活サポート、移動支援)、介護保険サービスでは訪問介護を行なっています。また、居住系サービスも行なっており、共同生活介護・共同生活援助一体型事業(ケアホーム(CH)・グループホーム(GH)一体型事業、以下「CH・GH一体型事業」という)、短期入所を行なっています。

また、大山良子さんは、特定非営利活動法人リターンホームを立ち上げていて、そちらで喀痰吸引等研修と重度訪問介護従業者養成研修、10月からは相談支援事業(計画相談支援、地域移行・地域定着支援)を始めていく予定です。

CH・GH一体型事業は、ALS当事者の川崎久信さんのご依頼で、行うことになりました。川崎久信さんは、気管切開をし、人工呼吸器をつけてCHで暮らしていますが、川崎さんは気管切開する前から患者同士で暮らすことを希望していました。それは、自分の病気や介護が原因で家族の人生を変えたくないという思いが強かったからです。ご自身でCHを立ち上げようと試みますが、病気の進行で間に合わず、「りべるたす」でCHの立ち上げを行なってほしいというご依頼を受けて、急遽(きょ)バトンタッチする形となりました。そして、アパートの複数の部屋を借りて、CH・GH一体型事業1)の指定を受ける形で、平成24年春にスタートしました。現在、そちらにはALSの患者さん3人と視覚障害のご夫婦が住んでいます。

まだ、重度障害のある方がCHで暮らすには制度が成熟していない現状ですから、当事者の皆さんにはあくまで「参加型」で「自らの暮らしの場であるCH」をつくっていただいており、お互いの信頼関係でヘルパーの雇用や教育を含めた広い視野で利用者自身も考えよう、という患者さん同士の自治の中でシェアホームという形をとられています。

始めてみると、CH等の居住支援は、空床利用型の短期入所の指定も併せてとること等により、在宅の介護体制が崩れた時の緊急一時避難的な支援や、家族の休養(レスパイト)としても活用できることが分かってきました。

よく在宅介護は働く側の雇用が不安定と言われます。そのような理由から介護福祉士養成校の卒業生は、ほとんど全員が施設に就職をしています。

厚生労働省「終末期医療のあり方に関する懇談会」において、「終末期医療に関する調査結果について(平成22年10月)」2)が報告されていますが、この調査によると、一般国民において「自宅で最後まで療養したい」と回答した方の割合は11%であり、自宅で療養して、必要になれば医療機関等を利用したいと回答した方の割合を合わせると、60%以上もの国民が「自宅で療養したい」と回答しています。もちろん、これは重度障害のある方も同じ思いのことでしょう。

このように、在宅で暮らすことへのニーズは高くありますが、訪問系のサービスは利用時間数に応じた報酬であるために、利用者が入院や短期入所をしている場合には原則的に訪問系サービスが利用できないため、その間は無収入となったヘルパーが辞めてしまうとか、数人のヘルパーで維持しているのに1人が退職したために在宅の介護体制が崩れるということもあります。

一方、施設であれば、集団処遇とはなってしまうのですが、1か所で集中的な人員配置が可能で、いわゆるスケールメリットがあるので、多少の利用者数の増減があっても雇用されている施設職員は安定して働くことができます。利用者の側からみれば、在宅サービスの継続が不安定に感じると思います。とはいえ、自宅が良いというニーズが高いために、ご家族が多少の無理をしてでも在宅生活を継続している現状があると思います。

私たちが重い障害をもったとしても、どうしても病院や施設で暮らさなければならないはずはありません。今は、在宅で安定的なサービス供給をある程度受けられるようにするためには、どうしたらよいかを考えています。

「りべるたす」では、在宅で雇用を安定させつつ、施設と違い、ヘルパーを当事者がある程度選べる仕組みを両立することが、今の大きな課題ととらえており、私たちはその課題に利用者さんたちと一体になって挑戦しています。

「どうぞ安心して在宅で暮らしてください」と誰にでも言える日が来るように、そして、病気や障害への対応が生活のほとんどすべてを占め、医療的な管理のなか窮屈な毎日を送るのではなく、どんな状況でも私たちみんながその人らしく生きられるようにすることができる社会づくりを、今後も利用者さんたちと共に目指していきたいと思います。

(いとうかよこ りべるたす株式会社代表取締役)


1)共同生活介護(ケアホーム)における外部ヘルパーについての取り扱いについては、以下のとおり経過措置として特例的に認められています。
【指定共同生活介護(ケアホーム)事業所において個人単位で居宅介護等を利用する場合の特例】指定共同生活介護事業所の利用者のうち、重度訪問介護又は行動援護に係る支給決定を受けることができる者であって、障害程度区分4以上に該当するものが、当該指定共同生活介護事業所の従業者以外の者による居宅介護又は重度訪問介護の利用を希望する場合は、平成27年3月31日までの間、利用できる。ただし、共同生活介護の報酬は減額される。

2)http://www.mhlw.go.jp/bunya/iryou/zaitaku/dl/07.pdf