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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年9月号

列島縦断ネットワーキング【愛知】

「CBRマトリックスを使って考える。」支え合いコミュニティを作り出すために
~日本の福祉現場から、アジアの草の根での実践から~

上野悦子

はじめに

去る7月13日に名古屋で、バングラデシュのNGO代表による講演と日本の地域社会での福祉活動における講演およびワークショップの公開研究会を開催しました。参加者は約80人。地域福祉、リハビリテーション、障害のある人と家族、開発関係の研究者やNGO、コミュニティで起業を志す人たちなど、さまざまな分野の方が集まりました。以下、内容をプログラムに沿ってご紹介します。

CBRのこれまでの流れ

CBR(地域に根ざしたリハビリテーション)は1980年代から途上国で、福祉やリハビリテーションへの利用が限られている障害のある人と家族の地域社会での生活改善のためにWHO等によって取り組まれてきました。保健分野から開始されたため、当初はリハビリテーションを中心に実施されてきましたが、2006年に障害者権利条約が制定された影響を受け、CBRの概念は貧困の削減に有効な方法であるとされ、地域社会の中で障害が開発プログラムに組み込まれることを促進する方向へ進展してきました。

2010年にはCBRガイドラインが作成され、その過程でCBRマトリックスも作られました。CBRガイドライン・マトリックスでは、コンポーネントと呼ばれる5つの領域が書かれてあります。それは、保健、教育、生計、社会、エンパワメントです。その下にそれぞれ5項目があげられ、全体像を包括的に見ることができます(図1)。

図1
図1拡大図・テキスト
公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会仮訳

今回の公開研究会では、プログラム全体でCBRマトリックを使って考えてみることをねらいとしました。

プログラム

はじめに国連地域開発センターの高千賀子所長とJICA中部国際センターの鈴木康次郎所長のご挨拶に続き、CBRマトリックス紹介のセッションが開始されました。CBRマトリックスに象徴されるガイドラインの概要を説明したのち、それを使って参加者自身の人生の充足度をみてもらいました。参加者には聞きなれない用語が多かったかもしれません。

ナズムル・バリさんによる基調講演

バリさんは、バングラデシュのCDD(開発における障害センターというNGO)の所長をしています。初来日は2005年です。バングラデシュの全般的な状況説明の後、障害者の状況、さらにCDDの取り組みをお話しいただきました。バングラデシュの人口は1億5,250万人。障害者数は2010年の全国調査によると、人口の1.4%。他の途上国と同様、信頼できるデータが乏しいことが課題だと述べています。

CDDの職員数は130人(2005年の2倍)で、そのうち9%が障害者。現在、パートナー関係を結んでいる開発組織(NGO)は300余りとなり、開発組織内の障害への意識を高めたり、地域社会での啓発活動も行なっています。活動を続けた結果、「変革は遅々とした過程だが、忍耐が必要で無理して急いではいけない。徐々にほのめかすことが大事である」という学びは、私たちに示唆を与えてくれました。また2005年以降の変化として、障害者自助グループとの協働が増えているそうです。

日本の地域福祉に関する講演

午後は、愛知県内で活躍するお二人の発表をお聞きしました。1人目は半田市にある社会福祉法人むそう・NPOふわり理事長の戸枝陽基さんです。1999年に生活支援の活動を開始、2003年に社会福祉法人むそうを設立、半田市で小規模の事業所を運営しながら障害のある人が地域で暮らし、働くことを支える活動を実践してきました。

戸枝さんは、サービスの必要な人を施設によってではなく、人で守る、だから人材養成が重要と考えて実践しています。半田市内の事業所では、しいたけ栽培、養鶏、竹のチップでの燃料づくり、喫茶店を実践し、いずれも障害のある人が社会とつながることを選んで実践してきたと言います。CBRマトリックスと出合った時、自分たちが10年前から実践してきたことが1枚の図で示されている、と感じたそうです。最近のホットな活動として、NHKでも紹介された、東京で在宅医療が必要な重度の障害をもつお子さんのために医療・看護・福祉の連携への参加があります。この事業は、今後京都や仙台でも展開する予定だそうです。このように、ニーズがあると分かっていてもなかなか取り組まれてこなかったことに挑戦し続けています。

2人目の発表者は、一般社団法人草の根ささえあいプロジェクト代表の渡辺ゆりかさんです。

草の根ささえあいプロジェクトは、制度の谷間に置かれた人が社会的に孤立するのをなんとかしたいと、1年間勉強会を続けた結果、昨年から電話相談等の活動を開始しました。小さなつまづきが大きな問題になる前に、ちょっとした支援で社会的資源につなぐ猫の手バンク事業、子ども・若者対象の相談事業などを次々に展開しています。

渡辺さんがCBRマトリックスを使って猫の手バンクの活動を検証した結果、自分たちが実践してきたことは主に3つと言います。それは「スキル開発」「パーソナル・アシスタント」そして「アドボカシーとコミュニケーション」です(図2)。「スキル開発」には職業訓練、専門的スキルだけではなく、人との対応を含む、生活スキルが重要な要素として含まれています。「パーソナル・アシスタント」はあらゆる場面での個別支援、「アドボカシーとコミュニケーション」は自分の障害のことを人に言えるようになることや、コミュニケーションがうまくいくようになり、人との関係によい影響をもたらすこと。この3つがうまく働くとさまざまな社会資源につなぐことが可能になり本人の暮らしやすさにつながった、という興味深い発表をされました。

図2 CBRマトリックスに取り組んでわかったこと
図2 CBRマトリックスに取り組んでわかったこと拡大図・テキスト

ワークショップ

講演者のナズムル・バリさんと戸枝陽基さん、渡辺ゆりかさんを中心とする3つのグループに分かれ、講演者への追加質問、ディスカッションを行い、続いて各自の活動に照らし合わせて、CBRマトリックスに足りないと思う項目を書き出す作業を行い、最後に全員で共有しました。

追加として挙げられたのは、環境、移動交通手段、居住、防災、連携活動、中間的支援、働く側のワークバランス、性教育、情報へのアクセス等です。なかには、足りないのは「愛」と発表したグループもあって会場は沸きかえりました。

公開研究会を振り返って

CBRガイドライン・マトリックスは、主に途上国のために作られましたが、日本の地域活動にも使えること、そして、使い方は地域によって柔軟でよいことを確認しました。そして、異なる分野の人たちが同じ場所で議論することを可能にするツールであることを実感しました。

公開研究会開催にあたり、愛知県内の4団体が協力してくださいました。社会福祉法人むそう、一般社団法人草の根ささえあいプロジェクト、公益財団法人アジア保健研修所、NPO法人起業支援ネットです。事前に行なった3回の準備会議は、毎回ワークショップのようで、なにか化学反応が起きそうな予感を感じていました。協力団体の皆さんには心のこもった広報から、当日の逐次通訳、グループリーダー、運営、ツイッター中継に至るまで多くのご協力をいただきました。この場を借りてお礼申し上げます。

(うえのえつこ 公益財団法人日本障害者リハビリテーション協会)