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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年10月号

ワールドナウ

英国ソーシャル・ファームの現状

寺島彰

英国では、ソーシャル・ファームは、ソーシャル・エンタープライズの1つの類型としてとらえられており、障害者など労働市場において不利がある人々を雇用することに特化したソーシャル・エンタープライズである。そのために、総売上げの50%以上が商品やサービスの販売によること、適切な法的地位を得ていること、従業員の25%以上が不利がある人々であること等の特徴がある。

英国のソーシャル・ファームの特徴は、公的な資金援助がないことである。ドイツにはソーシャル・ファームの立ち上げ時には行政からの資金援助があったり、イタリアでは行政からの補助金があったりするのだが、英国では、社会的企業という社会的な地位を根拠に、銀行からの優先的な資金の貸付等民間のスポンサーからの支援はあるものの、行政からの資金援助は基本的にない。

しかし、ソーシャル・ファームは、障害者を雇用しているところが多く、生産性からみて、ビジネスとして競争できるのかが疑問である。2002年に貿易産業省社会企業ユニットをつくり、ソーシャル・エンタープライズの育成に力を入れ始めて以来、ソーシャル・エンタープライズが飛躍的に増えてきた。約10年が経ち、ソーシャル・ファームの現状について調査した。

トラック2000(Track 2000)

同社は、1986年に設立された英国の登録チャリティーで、ウェールズの首都カーディフ市とウェールズの東南地域をカバーしている。主な事業は、次の3つである。

1.不要になった家庭用品や家電製品のリユース・リサイクル

2.低所得者や受給手当の少ない人の支援と訓練

3.埋立地に送られるゴミの量を減らすことで環境保護に役立つ

これらの事業は、スタッフ、ボランティア、訓練生によって行われている。3つの事務所と多くの販売店を持っていて、寄付されたベッド、ソファー、洋ダンス、洗濯機、調理器などを必要なら修理をして販売している。購入した商品は、配達や据え付けもしてくれる。カーディフ市などの地域でこれらの家具や白物家電の寄付の申し出があれば、引き取りに行く。写真1は、寄付された洗濯機を修理しているところである。修理しているのは、訓練生である。写真2は、販売スペースで、半地下の1フロア全体を占めている。修理した家具や白物家電を展示していて、低所得者層が顧客である。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1・2はウェブには掲載しておりません。

リバーサイド・コミュニティー・マーケット(Riverside Community Market Association:RCMA)

同社は、1998年に設立され、2004年に有限責任会社になりソーシャル・エンタープライズになった。

事業の中心はマーケットの運営で、名前のとおり、最初は、ウェールズの首都カーディフ市を流れるタフ川河畔でマーケットを開催し、地元で採れた農産物を販売していたが、近年は、カーディフ市内に他に3つのマーケットを運営している(写真3)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真3はウェブには掲載しておりません。

RCMAは、地元の人々に新鮮で安全な野菜を食べてもらう、小規模生産者が直接販売できる場所を提供する、地球温暖化防止などの目的を持っていて、マーケットの開催以外にも、地域ネットワークの開発、安全な野菜についての教室の開催、地域の学校での農業体験学習の企画、健康ピクニックの開催、地域の女性のための食物関係のマイクロビジネスを支援するなどを行なっている。

写真3は、毎週日曜日に開催されているリバーサイド・マーケットの様子である。写真4は、小学校に乳牛を連れて行き授業をしている様子である。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真3・4はウェブには掲載しておりません。

バイクワークス(bikeworks)

同社は、2006年に設立されたコミュニティ利益会社(Community Interest Campany:CIC)である。3つの店舗と訓練センターを持っている。訪問したのは、ロンドンの東部にあるベスナル・グリーンの店舗である。500平方メートルくらいの敷地で、道路に面して店舗があり、その地下に作業所兼訓練教室、奥まったところに広めの作業所の建物がある。写真5は訓練教室、写真6は整備工場の様子である。店舗では、リサイクル自転車とともに新品の自転車も販売している。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真5・6はウェブには掲載しておりません。

販売以外に、職業安定所からの委託で、刑務所を出所した人やホームレスの人などの訓練をしている。最初に、アセスメントをしてやる気や適性などを評価してから受け入れるとのことである。初心者のための自転車整備コース、プロの整備士になる準備訓練コース、プロの整備士になるためのコースを選択できる。ここでは、障害者を対象にした訓練は行なっておらず、別の訓練センターで行なっているとのことであった。

事業収入は全収入の80%くらいで、残りは他の企業のスポンサーからの支援に頼っている。支援には、寄付以外にも会計の専門家の派遣など人的な支援もある。障害者による事業は、採算がとれないのでチャリティーを作りたいと考えているとのことである。

ブリストル・トゥギャザー(BRISTOL TOGETHER)

同社は、2011年10月に発足したCICである。ここは、現場を見学する時間はなかったので、経営者と面談をし、話を聞いた。

事業内容は、誰も住んでいない家を買い取り、リフォームし、その家を売るというものである。この事業を実施するために、長期間失業している人や刑務所からの出所者を採用している。また、訓練生を受け入れており、内装技術などの訓練も実施している。これまで刑務所からの出所者を150人以上訓練したとのことである。2012年にソーシャル・エンタープライズ賞を受賞した。

一般の投資家から事業資金を集めて事業を開始し、投資家には一定の利子を支払う。新聞記事によれば、ミッドランド・トゥギャザーという新しいCICを設立し、ウエスト・ミッドランド地域の誰も住んでいない荒廃した家を75軒リフォームし、刑務所からの出所者を200人以上雇用し、さらに、投資家に年間4~6%の利子を支払う予定であるとのことである。ただし、これらは確定したものではなく、また、金融サービス保障制度も利用できないので、そのCICが倒産してしまえば、元本とも消えてしまうということである。

スタジオ306(Studio 306 Collective CIC)

同社は、CICで、地域の自治体が設立した。管理者兼指導員は、市の職員で、元精神保健福祉のソーシャル・ワーカーをしていたとのことである。

この会社は、地域の精神障害者を対象に作業の場を提供している。手工芸品のデザイン、陶器、衣服、織物、アクセサリーの製作、スクリーン・プリントなどを行なっているが、作業場を提供しているだけで、そこに通ってくる利用者がその作業場の機械や道具を使って製品を製作する。会社は、それらの製品をインターネット上や展示販売会などで販売する。利益はすべて、作品の製作者に支払われる。

また、これらの作業の訓練も実施しており、訓練修了者は作業場の利用者の定員に空きができた時に利用者になることができるとのことであった。

写真7は、作業場の風景である。150平方メートルくらいの広さしかないが、焼き物用の電気釜、衣料用のプリンターなど、所狭しと置かれていた。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真7はウェブには掲載しておりません。

今回の訪問でいろいろなことが分かったが、障害者のみを雇用するソーシャル・エンタープライズについては、経営はかなり難しいという印象であった。

(てらしまあきら 浦和大学総合福祉学部教授)