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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年11月号

1000字提言

阪神電車

青木志帆

尼崎駅。仕事帰りの時間帯、駅前広場で大演説を繰り広げるおっちゃんを見かける。自転車に乗って「この警察の犬どもが!お前らは犬のクソじゃ!」と叫びながら颯爽(さっそう)と駅へ到着。その後も、隣で路上ライブをやっていようが、本物の選挙演説をやっていようが、お構いなしに道行く人によどみなく「この政府の犬め!」と叫ぶ。なぜかこのおっちゃんは見事に景色に溶け込んでおり、眉をひそめる通行人も、目の前の交番に駆けこむ人もいない。私は、立ち止まっておっちゃんの話を聞いてみたが、結局「お前らは政府や警察の犬(のクソ)」以上の内容は、どうもないらしい。

ひととおり広場で演説を終えると、おっちゃんはまた自転車に乗って商店街の方へ消えていった。

電車に乗る。すると、ごつい体格、脂ぎった顔、おまけにダブルのスーツに若干パンチパーマのきいた頭髪。私の前に座った人は、どう見ても「その筋」の人だった。目をスーツの襟へやると金色のバッジ。同業か?いや違う、リボンの形をしている。

ゴールドリボン。小児がん啓発用のアウェアネス・リボンの一つである。この強面(こわもて)のおっちゃんにはきっと小児がんのお子さんがいるに違いない。小児がんは、再燃のおそれが去ったあとも、晩期合併症と呼ばれるさまざまな症状に悩まされることが多い。学齢期には、通院のために学校を早退するたびに級友に「ずるーい」となじられ、就職活動の際は「病人はいらない」と採用を断られるなど、せっかく生還できても、社会の理解がなかなか促進しないためにさまざまな場面で彼らの人生は行き詰まる。

ひょっとしたらこのおっちゃんは、そういった社会の偏見から子どもを守るためにこんなにも強面になった…のかもしれない。

終点梅田駅が近づくころ、ドアのそばに、白杖を握りしめて思いつめた雰囲気の女性がいることに気づいた。梅田といえば大阪最大の駅なので、きっと安全に降りられるか心配なのだろう。

ドアが開く。

と同時に、白杖を握りしめて猛ダッシュするおばちゃん。面食らう私。確かに白杖は全盲の人だけが持つものではない。弱視(わずかだが見えている)や、視野狭窄障害の場合は、白杖で道を探らなくても歩ける。ただ、そういった場合でも、周囲への注意喚起のために白杖の携行が道路交通法上求められている。とは知っているけれど。

それにしても、なにをそんなに急いでいたのか知らないけれど危ないよ、おばちゃん。あっと言う間に見えなくなってしまった。

そんな街で、私は弁護士をしている。


【プロフィール】 あおきしほ。平成21年12月弁護士登録。弁護士法人青空 尼崎あおぞら法律事務所(兵庫県弁護士会)所属。日弁連人権擁護委員会障害のある人に対する差別を禁止する法律に関する特別部会委員。障害者問題(特に重度障害者に対する支給量問題)の事件を扱う。