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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年11月号

1000字提言

タイ国交通アクセシビリティ事情
~一全盲女性の視点から~

堀内佳美

「日本の道路は歩きやすいですか?」これは、タイで5年近く生活する中で現地の障害分野の関係者から飛び出す質問のトップテンに入るだろう。これを聞かれるたびに、私はうーん、と考えてしまう。簡単には比べられないからだ。

まず歩道の環境。これはご想像のとおり日本のほうが断然いい。東京でも大阪でも高知でも、歩道のど真ん中に大木が斜めに生えていることや、道いっぱいに炭火やガスを使った屋台がひしめいていること、これは障害物競走でしょうか、というほど穴だの突起だのが道を占めていることもまずないからだ。

車いすユーザーの友人のほとんどは、歩道はきっぱりあきらめて、命がけで車道を走っている人がほとんどのようだ。白杖使用者としては、文字どおり1歩先は穴の底かもしれないので、緊張のしっぱなしである。

しかし、タイには驚くほど多種多様な交通手段がある。障害者でなくても、歩道を10分以上歩く人はいないほど、タイ人は歩かない。バンコクなら、BTSと呼ばれるスカイトレインや地下鉄、バスに安価なタクシー、トゥクトゥク(オート3輪)、バイクタクシー(バイタク)に乗り合いワゴンと枚挙に暇がない。チェンマイ市内であれば、電車はないものの、ソンテオと呼ばれる乗り合いトラックが町中を縦横無尽に走っている。

そして、これらのほとんどが大変安い。タイの物価と比較しても、だ。バスは無料のものまであるし、バンコクのタクシーでさえワンメーター35バーツ(100円ほど)から。

私が個人的によく愛用するのがバイタクである。なんのことはない、ただのオートバイを、オレンジ色のベストを着たお兄さんたちが運転し、乗客はその後ろに乗っかるだけのシンプルさ。主にソイと呼ばれる大きめの路地の中を走るのだが、ヘルメットさえかぶれば大きい道路にも出ていける。排気ガスまみれになることは覚悟の上だが、渋滞して一向に動かない車たちの間をすり抜けるように走るのはスリル満天だ。そして、屋台や運河、雨上がりの木々など、街の息吹を全身で感じることができるのもバイタクならではの醍醐味だろう。しかも、私たちにはありがたいことに、バイタクなら建物のドアのまん前に乗り付けることができる。

では、結局、冒頭の質問にはどう答えるのか。20分も30分も、歩きやすい慣れた道をずんずん歩いていける日本の道を恋しく思うこともあるけれど、どこへ行くにも交通手段に事欠かないこの便利さも捨てがたい、というのが率直なところだろうか。


【プロフィール】 ほりうちよしみ。1983年高知県出身、全盲。現在タイのチェンマイ山間部で、読書と学習の喜びを伝えるNGO、アークどこでも本読み隊を運営。