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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年11月号

ワールドナウ

コスタリカ「プロジェクト・モルフォ」の障害者支援

井上武史

メインストリーム協会とラテン、南米障害者との関わり

私たち西宮市にある自立生活センターメインストリーム協会とラテンアメリカの障害者との関わりが始まったのは、2008年より始まった国際協力機構(JICA)の地域別研修「中米・カリブ障害者自立生活」の研修員をメインストリーム協会が受け入れてからである。この研修は約6週間、私たちのセンターの障害者スタッフ宅にホームステイをしながら日本の自立障害者の実際を身をもって体験しつつ、日本の障害者運動の歴史、自立生活運動の理念、センターの運営、ピアカウンセリングと自立生活プログラム、介助者の養成などを学ぶというものである。研修の目標は、それぞれの国に帰って自立生活センターを作ってもらうことと設定してある。

コスタリカ、ニカラグア、ホンジェラス、グアテマラの4か国でスタートしたこの地域別研修は、2011年に対象国を南米まで拡げ、さらにベネズエラ、コロンビア、ペルー、パラグアイ、ボリビアの障害者が研修員として来日した。研修はトータル6年続いたが、今年11月に終了する。研修した障害者は同行した介助者も含めると60人ほどになる。

さて私たちは、昨年度よりコスタリカの首都サンホセから南へバスで3時間ほど行ったペレスセレドンという町でJICA草の根技術協力事業(草の根パートナー型)「コスタリカ自立生活推進プロジェクト」、通称「プロジェクト・モルフォ」という5年のプロジェクトを実施している。プロジェクトの紹介の前に、当協会とコスタリカとの関わりをもう少し説明しよう。

コスタリカでは、もともとKaloieと呼ばれるJICAの技術協力プロジェクト「ブルンカ地方における人間の安全保障を重視した地域住民参加の総合リハビリテーション強化プロジェクト」が2007年から2012年の5年間、ペレスセレドンを含む南部ブルンカ地方で実施されていた。

このプロジェクトは、CBRの促進や障害者の就労支援を含む5つの成果によって「ブルンカ地域において、総合リハビリテーションによる障害者の社会参加支援体制が強化される」というプロジェクト目標を達成するものであった。医療リハビリテーションも入った従来型のCBRの促進を進めていくうちに、そこに対象となる障害者の参加が全く欠けているという問題に突き当たった専門家の石橋陽子さんが、障害者をエンパワメントする研修の企画依頼を日本のJICA本部に上げたのが前述の日本での地域別研修の発端だった。

以来、メインストリーム協会は、このKaloieプロジェクトの成果の5番目「障害者エンパワメント」の一端を担い、日本で障害者を研修し、その後フォローアップとして、コスタリカへ当協会の障害当事者スタッフを専門家として派遣するということを実施してきた。コスタリカがもともと研修の発端だったこともあり、日本で研修して帰国した研修員たちを石橋さんがフォローするという好循環で、だんだんとグループを形成することができた。

Kaloieプロジェクトの終了も見えかけて来た頃、6人の私たちが研修したメンバーと今後のことを話し合った結果、ぜひコスタリカでも自立生活センターを作りたいという意志がはっきりしたため、私たちも継続支援を決めた。当時のJICA兵庫(その後、JICA大阪と統合されJICA関西となった)に草の根技術協力事業の申請を行い、無事採択されることとなった。こうして昨年4月より、コスタリカでは初の草の根技術協力事業が始まった。

コスタリカ自立生活推進プロジェクト

筆者はこうした関わりが始まるまでは、スペイン語が話せる多少風変わりな介助職員に過ぎなかったのだが、日本で地域別研修が始まってから中南米の障害者の支援に専門的に関わるようになり、現在はこのプロジェクトのマネージャーを務めている。

「プロジェクト・モルフォ」は、「コスタリカ自立生活推進プロジェクト」という正式事業名の代わりに、こちらのメンバーが付けた通称である。モルフォとは、コスタリカで見ることのできる青い色をした蝶の名前で、それには「変容する」という意味がある。幼虫からさなぎになり蝶になるまでを、自立生活へと「変容する」にたとえる願いがモルフォには込められている。

現在、ここペレスセレドンに5人の障害者スタッフが自立生活を送りながらセンターで働いており、首都サンホセでも障害者スタッフ1人と介助者兼コーディネーターが活動している。障害者スタッフの自立生活の介助料や生活費は、Kaloieプロジェクトのコスタリカ側のカウンターパートでもあった「国家リハビリテーション特殊教育審議会」(通称、コンセホ)や「社会福祉庁」(通称、イマス)などからパイロットプロジェクトして支給されている。これはKaloieプロジェクト時代にブルンカ地方を対象に実験的に始められたもので、モルフォの目標は、これを日本の障害者の介助制度のように、正式な国の制度として、コスタリカでも実施できるようにすることである。

昨年7月、モルフォはペレスセレドンの中心であるサンイシドロの町中に、念願の事務所を開くことができた。以後、日本の自立生活センターと同じように、毎日訪れる相談者に対応したり、介助者の養成研修・コーディネート、地元バス会社の運転手の研修、役所とのバリアフリーの交渉など障害当事者にしかできない事業を目指して、毎日働いている。昨年は、スタッフ2人が日本でピアカウンセリングのリーダー研修を受け、ピアカウンセリングの講座を開く資格を得て帰国し、今年5月に実際にこの町で、コスタリカ人による初めてのピアカウンセリング講座が開かれた。

17年前に制定された機会均等法(7600号)

コスタリカは、法律の制定という点で日本よりかなり進んでいる。障害者の機会均等法である7600号法はすでに17年前に制定されており、どんな古いバスにもリストが備えられている。しかし、それを利用して社会参加する障害者がいるかと言えばそれは限られており、障害者をエンパワメントして外に出るように促したり、リフトも実際に使用してきちんと使えるようにするのがモルフォの仕事である。

モルフォでは、今年9月から、あるバス会社からの依頼で運転手を一括して研修することになり、その数は最終的に100人を超える予定である。研修に対する報酬も発生しており、こうしたバリアフリーに関するアドバイスの仕事は、モルフォの得意分野として社会のニーズに応えられるようになってきている。メンバー全員が一つの事務所で働くという経験が初めてで、昨年度は事務所の運営の一つ一つの決め事、連絡方法、予定の確認の仕方など、自立生活センターの運営以前の問題を解決するのに多くの時間が割かれたが、今年はもっと地に足をつけて、さまざまな点で成長していることが実感できている。

たとえば昨年7月に、ペレスセレドンで初めて実施された介助者養成研修で、介助者だった人たちがその後、事務所の仕事を経験し、コーディネートの仕事も学んで、今年4月の研修では教える側に回っている姿が見られた。

今後に向けて

現在、一番懸念されていることは、ペレスセレドンの自立生活センターとして必要とされ、確実に社会の一角を担うようになっている反面、プロジェクトの目標である公的資金による介助制度の実現がうまく進展していないことである。イマスとは、イマスの総裁と直接交渉する機会を何度か持ち、その度に好感触を得てはいるのだが、なかなかそれが事務レベルまで下りて、実際の作業に入るまでにたどり着かないということを繰り返している。

プロジェクト・モルフォは残り後3年と少し、コスタリカのスタッフはもちろん、カウンターパートのメインストリーム協会も協力して、何とか目標達成までたどり着きたいと苦心している毎日である。

(いのうえたけし メインストリーム協会スタッフ)