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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2013年12月号

障害と開発に関するハイレベル会合へのアジア太平洋からの貢献

秋山愛子

アジア太平洋からの発信―タイ政府主催の地域協議

2015年以降の次世代ミレニアム開発目標に、障害の視点を明確に位置づける。その目標達成のために、障害権利運動の多くの関係者が期待を抱いていたのが、国連総会の障害と開発に関するハイレベル会合の成果文書だった。

成果文書の策定作業は、ニューヨークベースのフィリピン大使とスペイン大使が共同議長となって非公式協議として進められていた。2012年以降、この協議において、地域単位の協議開催が推奨されていた。

アジア太平洋地域では、すでに、2012年の11月に韓国のインチョンで、国連アジア太平洋経済社会委員会(エスキャップ)が開催したエスキャップハイレベル政府間会合において、「アジア太平洋障害者の権利実現のためのインチョン戦略」が採択されていた。インチョン戦略は、2015年以降の開発目標の策定を視野に入れ、10の目標、27の達成目標、62の指標を含む、「世界で初めての障害インクルーシブな」開発目標の文書といっても過言ではない(インチョン戦略の文書はhttp://www.unescap.org/sdd/に揚げられている)。

このインチョン戦略をベースに、アジア太平洋地域の政府と市民社会の総意をニューヨークのハイレベル会合に反映させたい。そんな思いから、タイ政府が、アジア太平洋での協議開催に名乗りをあげた。エスキャップは、この協議開催支援の中心的な役割を担った。その他、オーストラリア政府、世界銀行、そしてアジア太平洋障害者センター(APCD)も協力した。

ここではこの協議の模様と成果文書の紹介、さらに、その後のエスキャップ活動についても簡単に報告したい。

アジア太平洋地域協議の模様

2013年5月15日から16日にかけて、タイのバンコクにあるエスキャップ会議場において、「さらなる前進へ:2015年およびそれ以降に向けた障害インクルーシブな開発課題に関するアジア太平洋地域協議」が開催された。

集まったのは、エスキャップ加盟の23政府から86人と、28の障害当事者およびその他の市民団体から47人、ユニセフやWHOなどの5つの国連団体から8人、総計141人であった。情報アクセス保障の視点から、手話通訳、指点字通訳、そして、APCDに協力をいただいて、字幕キャプションを提供した。

タイ政府からは、社会開発・人間安全保障省サンティ・プロムパット大臣(当時)、エスキャップの村田俊一事務局次長、ジェイムス・ワイズオーストラリア大使、ジュリア・フレーザー世界銀行東南アジア持続可能な開発局のセクターマネージャーがそれぞれ祝辞を述べた。

地域協議は、3部構成で行われた。まずは、ニューヨークでのハイレベル会合成果文書策定に向けたこれまでの動きの報告と3つのパネルディスカッション、そして、この協議の成果文書に関する議論が多くの時間を占めた。

これまでエスキャップでは、政府と障害当事者団体、その他の障害団体とともに、成果文書を作りあげていく、私たちが言うところの「インクルーシブなプロセス」に価値を置いてきた。前述のインチョン戦略策定においても、この原則を守った。今回の協議も例外ではない。障害者権利委員会のメンバーでもあるタイの国会議員モンティアン・ブンタン、韓国のヒュン・シク・キム、シンガポールのアクセスの専門家ジュディ・ウィー、インドネシアの障害者政治参加の運動家ユスディナ、オーストラリアの運動家サマンサ・フレンチ、カザフスタンのリアザット・カルティエバ、バングラデシュのアブダス・サタール、フィリピンのアブナー・マンラパス、フィジーのライジアザ・メルメル、これら障害当事者運動の活動家がパネリストとして参加した。会場との意見交換が盛んに行われた。

バンコク合意

地域協議が採択した文書のタイトルは「ミレニアム開発目標およびその他の国際的に合意された障害者関連の開発目標の実現に関する国連総会ハイレベル会合へのアジア太平洋のインプット」。文書は「イントロダクション」、「アジア太平洋の障害と開発のコンテクスト」、「バンコク合意」の3部構成になっている。文書の中身は長くなく、A4サイズ5ページである。イントロダクションは、この協議が開催された背景説明。第2部は、アジア太平洋地域の特殊性を簡単に述べている。65億人、つまり、世界の障害者推定人口の3分の2が住んでいるアジア太平洋地域では経済社会発展が急速に進んでいる一方、貧富の差が拡大しているという事実もあり、災害に見舞われる率がもっとも高いという現実も直視せざるをえない。障害のある人たちは、容易に排除される存在であるが、その状況を正確に把握する統計についても、データそのものが十分でなく、国際比較も容易にできない状態である。簡単にまとめると、このようなことが述べられている。

第3部「バンコク合意」がこの文書の中核を成す。各国の政治のリーダーが9月のハイレベル会合だけでなく、それぞれの国や小地域においても、「障害インクルーシブ」な開発を推進することにコミットメントすることをまず明記し、障害者権利条約がハイレベル会合の成果文書の最低基準であるべきで、その内容を薄めるものであってはならないとした。その後、インチョン戦略の10の目標の簡単な説明が続く。さらに、このバンコク合意の総意として力説したい提言、2015年以後の開発目標に関する提言が続く。

ハイレベル会合成果文書との違い

9月に採択されたハイレベル会合の成果文書と「アジア太平洋インプット」の中身は、どれほど違うのだろうか?基本的な価値観や、2015年以後の開発目標に望むこと、重要な課題の描写について、大きな違いはない。

ただ、「アジア太平洋インプット」が明記していて、ハイレベル会合にはないものや、「アジア太平洋インプット」が強調している点が多くある。ここで、皆さんとその内容を共有してみたい。

(1)各国のハイランクの政治リーダーが9月のハイレベル会合以降も「障害インクルーシブ」な開発推進の役割を担うこと。

(2)障害者の意思決定参画、政治参画。

(3)ろう者、盲ろう者の情報アクセス保障。

(4)障害児への早期介入。

(5)障害の視点を反映した災害リスクの軽減という概念と言葉の強調。

(6)障害者権利条約実施のモニタリング機関である障害者権利委員会が、その義務を遅滞なく遂行するために必要な財源拡充を加盟国に要求。

(7)多様な障害者、特に自閉症、知的障害者、精神障害者、盲ろう者、重複障害者のエンパワメント。

(8)障害当事者の能力構築に投資すること。その目的は、当事者団体の民主的で長期的に持続可能な団体運営を強化し、当事者の社会・経済・文化発展に寄与すること。

(9)「障害インクルーシブなビジネス」という言葉を使い、企業が障害の視点を職場や商品、サービスに導入する意味を強調。

(10)2015年以後の開発目標に関して、ツイン・トラック・アプローチを明記。障害者のエンパワメントと社会への完全参加を明記した、独自の目標が取り入れられることを主張するとともに、主要な問題領域に障害の視点が明示されることも主張。

(11)草の根レベルの視点を大切にした開発を強調。

(12)開発事業における「障害インクルーシブ」な開発の実施割合を明らかにするシステムを確立すること。このプロセスを「ディスアビリティ・マーカー(障害指標)」という言葉で表現。

(13)経済協力開発機構(OECD)開発支援委員会が開発事業における障害の視点の反映の度合いを把握するために、障害指標のシステムを開発することを主張。

ハイレベル会合以降のエスキャップの活動

ハイレベル会合の成果文書は、9月以前に行われた世界各地域の「インクルーシブなプロセス」と協議に留意し、加盟国が今後も「障害インクルーシブ」な開発の推進に尽力し続けることを緊急要請している。

また、9月のハイレベル会合では、このアジア太平洋地域協議を主催したタイ政府の現社会開発・人間安全保障省大臣が声明を読み上げ、地域レベルでの活動の重要性を強調した。

「アジア太平洋インプット」は、そのメインのポイントが成果文書に反映されることでその使命を果たしたといえる。しかし、筆者個人としては、前記に挙げた細かなポイントは価値があると思うので、ハイレベル会合以降の、さまざまなレベルでのアドボカシー活動において、主張され続けることを望んでいる。

エスキャップでは、行政が障害権利実現と障害インクルーシブな開発を推進するうえで、障害のある人とない人の社会参加の度合いの差を把握する指標を、定期的に公表するサイクルを確立することが重要だと確信している。そのためには、インチョン戦略の指標データ集積のマニュアルを作成し、加盟国でのデータ集積能力構築を進めることを重要視している。そのプロセスに、障害当事者の参画を確保していきたい。

それにはまず、インチョン戦略自体がいろいろな言語に翻訳され、アクセシブルなフォーマットで広められるようにしていきたい。今のところ、インチョン戦略は、英語、中国語、ロシア語、日本語、クメール語、ベトナム語、韓国語に翻訳されている。バハサインドネシア語、バハサマレー語での翻訳も進んでいる。また、エスキャップでは「わかりやすいバージョン」のインチョン戦略の作成を、現在進めている。

また、12月3日には、第1回アジア太平洋障害インクルーシブビジネス賞の授与式をバンコクにおいて開催し、企業が障害の視点を事業の中核に反映する大きな流れをつくっていきたいと願っている。

「アジア太平洋インプット」の原稿は英語のみだが、エスキャップの社会開発部のウェブサイト(http://www.unescap.org/sdd/)の障害に関するイベント欄の中にアップロードされている。一読していただければありがたい。

(あきやまあいこ 国連アジア太平洋経済社会委員会(エスキャップ)社会開発部障害担当官)