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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年2月号

特集・高齢障害者問題にあたって

花田春兆

昨秋、障害者自立支援法の存続、ひいては障害者権利条約批准(2014年1月20日、日本政府批准)をテーマに、障害者界は、幅広い関係諸団体が結集した、9.4参議院院内集会。日を置かずに催された、障害者・患者9条の会9.8集会。繰り返しになるが、障害者界は、介護と支援、権利と自由の絡みから、空前の盛り上がりをみせ、2つの集会は熱気に包まれていた。そのこだまする余韻を引いた本誌編集委員会に、私は気になっていた積み残し懸案の「高齢障害者」を、提案者のI先生に無断だったが、やはり我が身を優先させて、緊急提案として持ち出していた。

同じように否応無い、介護保険への編入によって、ベッドサイド以外の活動を、封じられがちの仲間は多いのだ。その厳しさの反面、失われていない介護施設の必要性、施設内のクラブ活動などで活性化している趣味やアートの可能性…。

例によってメール仕込みの限られた情報を総動員して、一人でも多くの人の共鳴を呼ぼうと、掬(すく)い取る網を拡げるだけ拡げていた。

そこへ、編集委員会の報告兼お伺いをたてていた、当のそもそもの提案者のI先生からの、懇切な返信メール。大感激。

――特集ですが、微妙な内容ですね。もちろん春兆さんの思いは十分理解しているつもりですが。

介護保険も含めて、圧倒的多数の高齢者の福祉や医療を持続可能な制度とするために、マイノリティの人たち(特に若い障害や難病者層)の医療や福祉が大変危機的な状況にある感じがしています。

そういったことから、あえて「若い障害者の支援を、同じく介護や医療ケアが必要だからと高齢者と同じ仕組みにしていいのか?」という問いかけをしているような状況でもあります。

私自身、今、「高齢者と高齢障害者は違う!」という論でどこまで強く説得力を持って、共感を生むような特集が組めるのか、少し難しい~と考えざるをえない感じです。

あえてこの特集を組むとしたら、本当に春兆さんたちのような、これまで地域での支援を創りだしてきた障害者運動の草分けの人たちが65歳を超えて、ずっと障害を持って生きてこられた自負で、高齢者介護問題を切る(介護保険の問題点や、本人主体に支援がなっていないことなど)をしっかり伝えていくことが一番重要ではないかと思うところです。私個人としては、「前人未踏!脳性マヒの90歳台をどう生きるか!」といった題で、春兆さんのこれからの人生の抱負を一杯聞いてみたいです。――

さすがは専門の対策研究家だ。聞きかじりの素人の私などとは大違い。

おまけに本人主体を、真っ向に掲げる私たち仲間を、陽の当たる場所に持ち上げてくださるのだ。

そして、担当者は途方もない代案を持参されていた。まさに、参った、なのだが、正直、認められている嬉しさも沸いた。

特養入居中の、88歳、重度の脳性マヒでは珍しく?丈夫で寿命を延ばしている人が、施設内でどのように生活を維持しているのか。昔と変わらない活動的なその生活ぶり、驚きの超高齢者の姿を、マイケアプラン・ネットワークの島村八重子さんの視点でレポートをお願いする。

と、お膳立ては出来ていた。つまり、春兆さん貴方(あなた)だ、というわけ。島村さんの実績・実力からして期待はしていたが、それを上回る入念な記事に仕上がっていた。よく書かれすぎて気が引け苦笑も涌くが、私としては文句なし。

だが、ちょっと待て。

こんなにやりたい放題が許されているのは、苑が与えてくれた、まさに天恵であって例外中の例外。

この報告書に引き込まれて、当然あるべき状況などと読み過ごされては、少なくともこの特集号では困るのだ。

高齢障害者には縁が深い、特養の入居施設が、日常的に直面して苦渋している、管理・介護・入所の三者対立をうみがちの諸問題を、改めて天下に提示しなおそうという編集意図を薄めたくはない。

必要悪などと、レッテルを貼って澄ましていられるご身分の人ばかりではない。痴呆症や精神病で医療施設を追われたり、同居者の老化などによって安住の場を失った人々、その優先受け入れを指定された居住施設の、事務所の机上には、本来の待機者の書類が山積して行く…。

だからと言って、お役所好みの現場には詳しくない、上からの視点で固めたような、通達だか報告書で終わるのでは、毎度のことで、新たに組み上げる醍醐味は消えてしまう。

独(ひと)りよがりに終わらせたくなくて組んだ夢のオーダーがこれ。人材は揃っている。しかも見事に自在な書き手ばかり。よくもキーポイントに知人の人材がいたものよ。

と幸運に感謝せずにいられない。これも米寿までの長寿の生涯を生き延びて来れればこそ、めぐり合いを積み重ね得た幸運の賜物。役得に違いないけれど、それだけ多くの人の世話になっている証明みたいなものだが、おかげでこれだけの布陣、これだけの適材、そう見当たるまいと頼み込んだ。ほぼ万全の構え。嬉しさは隠しようがない。味読していただければ判ると思う。

読者の皆さんにも、相応の共鳴はいただけるものと期待はしている。

(はなだしゅんちょう 俳人、本誌編集委員)