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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年2月号

生かされている使命=憲法を守り、つなぎたい
~すべての人は平和のうちに生きる権利がある~

薗部英夫

猛暑が続いた2013年9月、2つの注目する集会があった。

年齢による差別。65歳問題=介護保険制度強要による人権侵害

「9.4院内集会 このままで障害者権利条約は批准できるのか~基本合意、骨格提言にもとづく総合福祉法の実現を~」は、9月4日、参議院議員会館講堂や他の2会場も満員にして600人の熱気あふれる集会となった(主催=障害者自立支援法訴訟の基本合意の完全実現をめざす会 http://www.normanet.ne.jp/~ictjd/suit/index.html)。

岡山から重度の障害のある浅田達雄さんが参加した。彼と彼の弁護士は裁判への思いや、現行制度の問題点を語った(写真1)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真1はウェブには掲載しておりません。

浅田さんが65歳の誕生日を迎える前日、岡山市から障害者自立支援法(当時)による重度訪問介護サービスを打ち切ると通知が届いた。65歳になれば介護保険が優先となる。“浅田さんが介護保険を申請していない”からが理由だ。しかし、いままでの障害者福祉制度から介護保険になれば、毎月、利用料の1割の自己負担が生じる(浅田さんの場合、負担額は1日の食費1500円の23日分に当たる35,800円)。到底これまでの生活は維持できない。障害の重さや不自由さは65歳の誕生日が来たからといって変わるわけではない。

浅田さんは9月19日、岡山地裁に提訴。岡山市の介護給付費等不支給(却下)決定の取り消し、月249時間の障害者福祉制度の介護給付費支給決定などを求めている。

愛知県一宮市に住む舟橋一男さんも訴訟を決意している(写真2)。舟橋さんは「障害者手帳1種1級も、障害程度区分5という障害もそのままであるのに、どうして65歳の誕生日を境にして変えられるのか、ここに大きな矛盾を感じます」と言う。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真2はウェブには掲載しておりません。

そして、二人に共通するのはつぎの痛切なおもいだ。「応益負担が障害者の人間としての尊厳を深く傷つけたことを反省し」、応益負担制度の廃止を約束した自立支援法違憲訴訟の「基本合意」と相容れない。基本合意をかちとった原告たちとともに、障害者の一人として絶対許すわけにいかない。

9月の集会を受けて、11月21日に開かれた国(厚労省)と障害者自立支援法違憲訴訟団との検証会議では、訴訟団からつぎの強い要請がされた。新しいゴングが鳴った。

●介護保険の強要による人権侵害が後を絶ちません。改善措置を求めます。

65歳になる障害者が、介護保険への移行、優先を理由に障害者福祉を打ち切ると自治体から通知されて弁護団が救済に乗り出してようやく現状が維持されたり、介護保険を半分以上利用しないと障害者福祉は使わせないという扱いが横行しています。

また、せっかく基本合意の効果で障害者福祉の利用者負担が無償化されても65歳になれば1割負担がのしかかり、基本合意の趣旨が骨抜きにされている現実があります。

基本合意文書第三項「新法制定に当たっての論点」の4は「介護保険優先原則(障害者自立支援法第7条)を廃止し、障害の特性を配慮した選択制等の導入をはかること。」としています。

しかし、現実には従来の支援が継続して受けられていない実態があります。この問題を具体的に改善するための取り組みを求めます。

忘れさすまじとや終戦の夜の銀河

2020年東京オリンピック開催決定のニュースがメディアジャックした9月8日。東京の戸山サンライズで行われた障害者・患者9条の会には56人が参加した。

「身近な暮らしから、憲法についてみんなで語ろう~憲法ってだれのためにあるの?」をテーマに、若手3人による自民党改憲案の問題点と私たちの課題の報告+よびかけ人(花田春兆、吉本哲夫、吉川勇一各氏)からのスピーチ+参加者によるグループトークだった(詳細は http://www.nginet.or.jp/9jo/index.html)。

一人ひとりがしっかり学び、自分の身近な暮らしの視点で、自分の言葉で語り、みんなで話し合うこと。集会は、自民党憲法改悪案に対して現憲法の大切さを熱く語りあった。

「憲法は、国民が国家に守らせるもの。憲法が保障するものは国民の人権だ。改憲案はその根本を逆転させる。前文からは不戦と平和的生存権を破棄してる」

「貧困や権利が見えにくくなっている。ならば、実態から学ぼう。想像力を高めよう」

「原爆で一瞬に人が消えた。骨壺はあっても骨はなかった。人の人生を一瞬で消し去ってしまう核兵器はあってはならない。すべての人に平和のうちに生存する権利がある」

「デモに参加したくても、身体を痛めて参加できない人がいる。この集会に参加したいと思っても、いろんな事情で来れない人がいる。そういう人たちのおもいも含めてデモしよう!」など発言が続いた。

88歳になる花田春兆さんも、「ともかく声を!」と駆けつけてくれた。

以下は、春兆さんのメッセージだ。亡くなられた作家・山崎豊子さんや経済界の品川正治さん、作家・経済人の堤清二さんやコラムニスト・天野祐吉さんたちも、それぞれの戦争体験から、「生き残った意味」「生かされている使命」を訴えられていたこととオーバーラップする。

血は燃ゆれど征き難きかな我れ壮丁

忘れさすまじとや終戦の夜の銀河

などと謳いたくはない。

もうそんな体験を結晶させた作者たちも、多くが物故してしまっているだろうか。

形見ともなっているこれ等の作品を、忘れ去ることなく若い仲間たちに、語り継いでゆかなければ、他界した仲間たちに申し訳ない、そんな思いに駆られがちの昨今なのだ。

平和を守り、憲法をくらしに活かす

「痛いって、そりゃ相当痛いんだよ。便所に行くのもやっとなんだから」

「寝ていても痛い、痛いって言うんだ」。庭師の親方は80代半ば、悩みは深刻だ。

お隣さんだったので、親方の家の縁側で、缶ビールを飲みながら、庭や樹の話を聞いた。奥さんは物静かな方で、ニコニコと聞いていた。隣町に越してから、股関節が悪く、痛みがひどいらしい。日常生活の家事一切は親方がしている。

「障害者手帳」があることを知り、どうしたら取得できるかと聞かれた。「世間から支援されるなんてまっぴらゴメン」の親方の人生からは、相当な覚悟が必要だったはずだ。

障害者権利条約は、他のものとの平等を基礎として、社会に完全かつ効果的に参加することを妨げることがあってはならないとしている。しかし、からだの痛みやだるさは検査しても「異常」は見つからないことがある。「制度の谷間」といわれる難病の人たちもいる。権利条約の先進国・北欧ならばどう考えるだろう。どうしているのだろう?

デンマークのソノボー市で現地の担当者と問答したことがあった。

「どういうサービスが必要か、そこから出発すべきだ」「認定のためのシステムはない。現場の声、担当者の判断が一番だ」

デンマークでは、「必要なことはなにか(=ニーズ)」がはじめにある。生活するためには「なにが必要」か、そのために「なにを支える」か。同年齢の市民と同じスタートラインに立てるにはどんな支援が必要なのか。

「法律では、公はサービスを提供すること、と定めているだけさ」と担当者のスティンが言っていた。

困っている人がいれば社会が支える。特別な支えが必要ならそれを社会は支援する。これは、日本の障がい者制度改革推進会議総合福祉部会の骨格提言(2011年8月30日)と同じ考えだ。

でも、デンマークの福祉の思想は、ナチスドイツに抵抗したレジスタンス運動や戦後提唱されたノーマライゼーション、それぞれの町の自治と民主主義に支えられている。

だれもが老いる。障害があれば、医療や介護は極めて大きな課題となる。どう生きるか。どう死と向き合い、生き抜くか。この命題は、日本では、憲法を守り、活(い)かしていく闘いとともにあるのだろう。

政府は、2013年12月4日、障害者権利条約批准を承認した。しかし、6日深夜、「特定秘密保護法」を乱暴に成立させ、「武器輸出」、首相の靖国参拝と暴走を続けている。

京都の井上吉郎さん(68歳、自立支援法違憲訴訟元原告、写真3)は、12月4日から「不要 秘密保護法」の手書きのプラカードを首から下げて、嵐電の駅頭で「一人デモ」を続けた。「拡声器も使えず(言語障害があるので)、チラシも撒けず(右手が不随意運動をする)、ひたすら座って訴えるしかないが(石破サン、静かなものですよ)、それでも多くの人に思いを伝えられた」と吉郎さんは自分のフェイスブックに書いている。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真3はウェブには掲載しておりません。

和歌山の元ろう学校教師の上杉文代さん(89歳)は新聞に投稿した。

国民学校の元教師として、「だれも神国日本の敗北を信じていなかった」「大本営発表が唯一の情報源であり、そこには「玉砕」という語はあっても「敗北」はなかったからだ」と綴る。当時21歳の彼女は、8月16日の朝、担任する6年生の女子60人を前にして、120の瞳が一斉に見上げたとき「私は絶句した」そうだ。「あの子らの瞳を思うと、戦争につながりかねない特定秘密保護法が成立したことが残念でならない。絶対に許せない。廃止を願う」「デモにも署名にも立てない。仲間にすまないので書いた」と深夜にメールが届いた。

つぎの世代に「戦前」を手渡すことはできない。いま、みんなの願いは、平和を守り、憲法を活かすこと。そしてそれをつぎの世代にリレーしていくことだ。

(そのべひでお 全国障害者問題研究会事務局長、日本障害者協議会理事、障害者・患者9条の会世話人)