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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年2月号

現場から

“本人らしさを大切に”した利用者さんとのかかわり

柴田範子

特定非営利活動法人楽(らく)を作った理由は、ケアの質に疑問を持っていたからである。法人を設立し、3月末で丸10年となる。認知症対応型通所介護「ひつじ雲」(365日型、自由契約で宿泊あり)は、認知症について地域の理解も進んでいなかったため、近隣の方と1年近く繋(つな)がることがなかった。忍の一文字。ひつじ雲は昭和38年に建てられた日本家屋で「よく、こんな小さい家で…」と言われたものだが、なかなか趣があり、一目で気に入って借りた。現在は東北の大震災でヒビが入ったこともあり、近隣の方々の情報提供で、新しいところに転居。昨年6月1日から、これまでと変わらないケアを継続している。転居で誰一人不安な表情をすることはなかった。

私の父親は脊髄カリエスで、8歳で歩行ができなくなった。1、2年は湯治場で温泉に浸(つ)かり、母親がマッサージをする日が続いたという。その父親は歩くことに、一生大きな不自由を抱えていたが自立していた。誰でも、どんな状態でも、自宅で、地域で暮らし続けられることをテーマにしよう。その父の姿が、この仕事を選択させたのだと思っている。

言うは易く行うは難し。理念を語り続け、それを理解してくれる職員に感謝である。小さい法人だが、地域に根ざした事業所でありたいと願い、開設2年目から、地域の食事会やお茶会を始めた。規模が大きくなったり、小さくなったり波はあるが、ボランティアが中心で、ひつじ雲の利用者も参加し地域の方々とその時間を共有している。

《事例1》

ひつじ雲を開所し、半年くらい経過した時、95歳の大柄な女性(A子さん)と縁ができた。自宅はひつじ雲から車で10分。認知症が随分進み、2人介助でも風呂に入れることができないのでという理由。ひつじ雲でも脱衣所の入り口で大暴れ。精一杯の力で、職員の太ももや二の腕、下腹部等を力いっぱい抓(つね)るのである。痛いところがわかってのすごい知恵だと思った。

ひつじ雲は個浴。主介護者と話し、職員間でその要因を探ろうとしても、当時は理由を導き出すことができなかった。「細やかにかかわらせてもらうしかない」「衣類を脱ぐときに、職員2人で言葉をかけながらやってみよう」と、切り口さまざまな挑戦が続けられた。1か月、2か月と経過するうちに、混乱が薄まった。こちらのかかわり方を受け止められたのだろうか。“気持ちいいね”という表情を見せてくれた。時間の経過とともに、主介護者の体力的、精神的負担が大きく、1、2週間のショートステイを利用することになった。入所者の皆さんにご迷惑をかけるので引き取ってくれという電話が深夜に入り「家族は手足を伸ばして眠れないのですか」と悩みは深くなる。

家族と話し合い、誕生したばかりの小規模多機能型居宅介護に移行。それから、亡くなるまでの5年間、重度化していても、“本人らしさを大切に”に取り組み、A子さんの排せつ介助はひつじ雲でも自宅でもトイレで。1日4、5回の訪問で当たり前の排泄が可能に。訪問は主介護者の悩みや思いを受け止めることも可能な良い機会だった。それが、主介護者の不安の波を最小にでき、最期まで自宅で過ごすことができたのだと思った。「母は最期までひつじ雲に通うことを希望していると思う」と言う介護者の言葉を受け止め、亡くなる1か月前まで通った。一緒にかかわり続け自宅で自然な最期を迎えることができた。

《事例2》

B氏は平成19年夏、体調を崩し入院。入院中に二度ほど脳梗塞を繰り返し、失語・右片マヒ、左の不全マヒをもつことに。リハビリがうまくいかない状態で退院。通所介護や訪問介護サービスを利用したが、妻の意向でそれらは中止。ひつじ雲と縁ができた。ひつじ雲はリハビリを主とする事業所ではないが、担当医師の指示書には「元気だった夫の体調不良から歩行不能、認知症の進行が重なり、妻が受け止められない現状がある。本人に合わせた介護サービスを提供してほしい」とあった。縁ができてから現在も、ひつじ雲へ週5日通い、立つ、歩く、座る行為を職員と共に行なっている。自宅でもトイレに、リビングにも歩き、妻との時間を共有するために1日4回の訪問を組み込んだ。ここでも、妻の心身の負担を最小にするために話を聴く時間を取っている。

B氏には訪問リハビリテーションを週1回利用。リビングにはB氏が若いころ乗っていたバイクと共にいる写真が飾られている。B氏らしさに近づけるように、硬直状態にあるB氏が歩く機会を持ち、少しでもその機能がプラスになるようにという願いを持って進めている。ほとんど出ない声に対しても、B氏の気持ちを推し量りながら、日々の話題を提供したり、笑い話をしたりすることで、声が、言葉が徐々に増えてきている。

旧ひつじ雲と現ひつじ雲の違いは広くなったこと。その分、B氏の歩く距離も長くなった。訪問リハビリテーションの担当者と確認し合う場も持つ。立てない、足を一歩出せない、歩けないB氏の“歩きたい”気持ちを大切に、毎日、続いている。自宅での暮らしを続けるためには、一緒に暮らす家族の思いも大切に、気持ちを受け止め、会話を続けることで成り立つのである。

(しばたのりこ NPO法人楽理事長、東洋大学ライフデザイン学部准教授)