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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年2月号

特養ホームに暮らす花田春兆さんの日々

島村八重子

花田春兆さんは大正14年生まれの88歳。生まれた時からの脳性マヒで立ち上がりや歩くことができず、言語障害もあって障害者歴も88年です。

若い時から俳句に打ち込みながら、俳人として同人誌を発行したり、障害者文化の研究をしたりするなど、生まれついての障害をも自分のキャリアにして生きてきました。

介護保険が始まった時に要介護認定を申請し、介護保険の利用者となりました。居宅で在宅サービスを受けながら暮らすという選択肢もありましたが、介護を受けながら自分の世界を全うさせたいと、施設入居を選びました。

老人保健施設やショートステイを何回か転々としたのちに、自宅のある東京都港区の麻布慶福苑という特別養護老人ホームに入居してから10年以上になります。

春兆さんがどのように自分らしい暮らしを送っているか、施設を訪ねました。

春兆さんの住まい

写真は、春兆さんが住んでいる部屋です。一見、普通の家の書斎のように見えますが、特養ホームの一室です。でも、この部屋のしつらえは、実は他の部屋とは異なっているのです。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真はウェブには掲載しておりません。

机が取り付けてあるところは、普通だったらベッドが入るところです。仕事を持って毎日原稿を書く春兆さんのライフスタイルに合わせて、ケアスタッフがベッドを窓側に寄せて、机を取り付けてくれたそうです。机の上にはパソコンが鎮座し、書類が雑然と積み重ねてあります。壁の前には本棚が並んでいます。収納スペースも本でいっぱいです。

春兆さんは、一日のほとんどの時間を、この8畳ほどの個室の机の前で過ごすそうです。

本棚にこんな紙が貼ってありました。

追伸
お忙しい中無理と想うが
耳も怪しいので出来るだけ大声でゆっくり
老化と二次障害とで、痙直のほかに、弛緩も強く加わって、体を起こせないのだ
普通特養などでは前傾よりもよい、とあまり気にされない姿勢だが、こちらはSOS状態
体を持ち上げて起こして欲しいと合図してしまうが、腰を思い切り後ろへ引いて、深く座り直させてほしい。
キャスターに巻き込まれる場合以外、脚は構わないで欲しい。持たれると腰が前に戻ってしまう。触られて、痛いわけではないが。
両肘は肘掛に固定したかどうか。ことに自走の場合動かせるか2・3回見て欲しい。特に朝は体も醒めていないのかすぐに外れてしまう。間を置いてでも覗いてくれると有り難い。
一方左腕は伸ばし難くなって、テーブルのもの、特にコップが取れなくなった

誰に向けたものか、尋ねてみると、「ここに来る人」との答え。この貼り紙は、春兆さんが自分で書いた「春兆さん取説」なのです。春兆さん独特のほっこりしたユーモアにあふれた文体に、緊張しながら訪れる人の頬もフッと緩むに違いありません。そして、肩の力を抜いて春兆さんと向き合うことができるようになるのでしょう。

自分の状態をきちんと伝えどのように支援してほしいかを伝えること、これが自立した人の基本なのだと大きく納得しました。

春兆さんの暮らし

起床は、朝7時ごろ。朝起きると、介護スタッフがパソコンの電源を入れ、メールチェックで春兆さんの一日が始まります。

春兆さんは用事が済んだら食堂へ向かいます。朝食は8時となっていますが、個々の事情によって、多少遅れるのは構わないそうです。

昼食は12時、夕食は18時。その間におやつが入ります。

食事の介助は、ケアスタッフが行います。その他、週2回の入浴、排泄のケアや着替え、車いすの移乗などすべての動作をケアスタッフが手助けします。最近は疲れやすくなったため、午後4時ごろから夕食の時間くらいまでベッドで休む時間を設けています。

こうした毎日の日課のほか、春兆さんは日によってたくさんの予定をこなしています。予定がある日は、予定のある時間帯を見越して、早めに午後1時から2時や3時まで寝たり、行った先に横になれる環境があるか(たとえば、長椅子、ソファ)などを聞いたうえで、どの程度寝ておけばいいかなども決めるなど、自己管理をきちんと行なっているそうです。

2013年12月3日(火)、この日は午後4時半から、ヤマト福祉財団小倉昌男賞の贈呈式があり、春兆さんはその席上で受賞者に自作のお祝いの俳句を書いた色紙を贈呈するという大役を引き受けていました。

事前に手配してあった車いすタクシーが午後3時に苑に到着。その時間に合わせて着替えを済ませた春兆さんは、運転手の介助を受けて車に乗りこみ、会場の日本工業倶楽部まで20分ほど車に揺られました。

華やかな会場で、受賞者に色紙の額を手渡して、メッセージを代読してもらい、この日の役目は終了しました。出席者には知人も多く、多くの人とあいさつを交わしました。

二人の受賞者のために詠んだ俳句は次の通りです。

風間美代子様(NPO法人多摩草むらの会代表理事)
草むらは枯れること無し 年を継ぐ

熊田芳江様(社会福祉法人こころん施設長)
銘菓なり 冬至南瓜も大変身

いずれもお二人の活動にピッタリの示唆に富んだ俳句でした。

その日は懇親会まで参加。施設に戻ったのは午後8時をまわるころでした。この間、付き添いや支援を行なったのは障害者の「自立生活センター」で行なっている「自費介助」のヘルパーとして訪れる坂部明浩さんです。主に週2回、苑を訪れ、花田さんの仕事上のサポートやさまざまな手配など、文字通り手足となっています。

もともと、20数年の間ずっと出版の仕事上のおつきあいが春兆さんとあった方とのことで「主に自費介助、また、時にボラ、というか、仕事の延長上のサポートとして、融通の利く者として、“花田さん(孫悟空)の如意棒”のその先として楽しく動いています(笑)」と坂部さん。

この日のように外出をする時は、事前に施設の相談員に伝えておきます。食事がいらない場合は準備の都合があるので、昼食であれば当日10時まで、夕食であれば15時までに申し出て止めてもらいますが、そんなやりとりも最近は坂部さんが行なっています。

連絡が取れていれば原則としてダメなことはないそうで、施設というと時間や規則に拘束されたイメージを持っていた私は、想像以上の自由度にやや驚きました。

春兆さんと陶俳画

春兆さんは毎年、ケアスタッフのボランティア的な関わりにより陶俳画で翌年のカレンダーを作っています(多忙?のあまり、2014年はお休み)。

この陶俳画というのは、実は春兆さんのオリジナルのジャンルです。施設に入ったころ、東京芸術大学の学生が指導に来てくれていた陶芸クラブに所属した春兆さん、陶芸と俳句を合体させて陶俳画という新しい作品を思いついたのです。立体的な陶器と組み合わせることで、俳句のイメージも大きく膨らみ、他にはない味のある芸術作品が生まれます。

その後、陶芸クラブは、指導者がいなくなって何年か中断していましたが、2013年から毎週金曜日に再開し、春兆さんもまた参加するようになりました。ただ最近は重い陶土ではなく、紙粘土での作品作りが主になっているとのことです。陶俳画作りは仕事などでも必要になることがあり、そんな時は毎週のクラブ活動の時間でなくても“如意棒”の坂部さんがいる時に、クラブルームに行って作品作りをしています。春兆さんにとって、紙粘土での形づくりも筆で17文字の俳句を書くことも、渾身の力を振り絞る作業です。

前述のヤマト財団の贈呈式の際も、受賞者の活動をしっかりと理解して詠んだ俳句を色紙にしたためる作業を、本番の前に何日もかけて行いました。

施設で、入居者のレクリエーション活動として催されているクラブ活動ですが、春兆さんにかかるととたんに本物になってしまうから不思議です。

春兆さんとコミュニケーション

春兆さんには言語障害があるため、慣れないとなかなか意思が伝わりません。

施設で春兆さんの介助に当たる真下さんが、春兆さんとのコミュニケーションについてこんなことを言っていました。

「最初のころは、言語障害のある花田さんの言葉を『わからない』という先入観を持って聞いていたように思います。でも、前後にあった出来事や、その時の状況などを加味して想像力を働かせて聞くと、だんだん理解できるようになったんです。それに、花田さんは自分の言葉が聞き取りづらいことを承知していて、口から言葉を出す前に頭の中で吟味して、できる限り少ない発語で意味を伝えるように工夫されているんです。花田さんの口から出る言葉に無駄は一つもないんです。だからひと言も聞き漏らさないようにしています」

伝える側は、言葉を選んで枝葉を省き、核心を衝(つ)いた表現で伝える、聞き取る側も想像力を大いに広げてその人が言わんとする意図を真剣にくみ取る…。コミュニケーションの神髄を見た思いです。

春兆さんの、実にいい意味で効率的に、しかも、多くの人を巻き込んで動かしてしまう、そして周りは動いてしまう、心地よいコミュニケーションの取り方…。

まさにコミュニケーションのすれ違いに悩む世のサラリーマンや、世代間の問題に悩む人にこそ、真下さんのような体験をしてもらいたいものです。ケアスタッフは、そんな春兆さんの姿勢からたくさんのことを教えてもらっているとのこと。春兆さんがケアスタッフの育成の一端を担っていると言ってもいいと思いました。

特養ホームで暮らす春兆さんに学ぶこと

春兆さんの暮らしを追ってみると、外出も自由、月に延べ30人ほどが訪れて、施設に入っているとは思えないほどの人との交流を持ち、かなりの自由度が確保されていると感じます。春兆さんだからだとか、他の施設だったらそうはいかないとか、そういった声も聞こえてきそうですが、春兆さんにしかできないことではないというのが私の感想です。

麻布慶福苑は、入居者のその人らしさを大切にしてその人がやりたいことの実現にできる限り協力してくれる、素晴らしい施設で、確かにここまでのところはなかなか見当たりません。

でもこの施設の良さは、入居者が自分というもの、自分のやりたいことを、春兆さんのようにきちんと発信することで見えてくることです。その人が何をしたいのか、どういう人なのかが分からなければ支援のしようもなく、施設の良さを発揮することもできないのです。一般的に高齢になると、自分の望みに口をつぐんでしまうことが多いように思いますが、それでは福祉サービスをも後退させてしまいます。麻布慶福苑では春兆さんのほかにも「~したい」ということをきちんと言う入居者がいるそうです。

これからは歳をとっても施設に入居しても、たくさんの助っ人を巻き込み支援を受けながら自分らしい暮らしを追求することをあきらめない、春兆さんのような自立(律)した高齢者が社会全体にも求められていると感じながら、施設をあとにしました。

(しまむらやえこ 全国マイケアプラン・ネットワーク代表)