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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年2月号

列島縦断ネットワーキング【東京】

「みんなで一緒に舞台を楽しもう」という夢
シアター・アクセシビリティ・ネットワークの取り組み

廣川麻子

シアター・アクセシビリティ・ネットワーク(以下、TAnet・ターネット)を設立して1年が過ぎました。この間に特定非営利活動法人格取得、さまざまな場での発表、相談などが寄せられ、このような活動の必要性を改めて強く感じている今日この頃です。今回も貴誌に紹介する機会をいただき、感謝の気持ちで一杯です。

TAnet設立の動機は、私個人の英国での体験からでした。もともと聾者の劇団で演劇活動をしていた私は、ダスキン障害者リーダー育成海外研修派遣生として、英国で1年間の研修をする機会に恵まれました。そこで、観劇環境の違いを目の当たりにしました。

日本では聴こえない人が手話劇以外の舞台を楽しもうとすると、台本を借りる方法しかありません。それでも非公式で貸し出しを受けたり、断られたりというような対応を受けます。特に、大手の劇場ではその傾向が強くあります。

しかし、英国では有名ミュージカルが字幕付きだったり、手話通訳が付いたり、視覚障害の方のために音声ガイドがあったりと楽しめるようになっていました。劇場組合で発行している無料情報誌やウェブサイトでも通常の公演情報とともに「字幕あり」「手話通訳あり」「音声ガイドあり」のマークがありました。聴こえなくても、見えなくても気軽に公演情報を入手し、楽しめるようになっていました。

調べてみると、公演期間中に1回以上はそのようなサービスを行うことが義務付けられており、そのための費用補助があるとのこと。また、専門のアクセス担当者や窓口が設置されていること。さらに、このような取り組みをサポートする団体があること。その結果、私は1年間の滞在で60本以上の舞台を鑑賞し、うち39本は何らかのサポートを受けながら楽しむことができました。

日本でもこのような仕組みを作りたいと、聴こえなくても一般の舞台を観たいと思っている仲間たちに話したところ賛同を得て、個人的に台本を借りるということに限界を感じていたころでもあり、設立への動きは早いものでした。東京芸術劇場さんでポータブル字幕の定期的な提供が始まり、そのような観劇支援情報を効果的に広めたい、また、さまざまな団体との連携を図るため、特定非営利活動法人格を取得しました。設立総会では、聴こえない方だけでなく演劇好きな聴こえる方、またマスコミにも関心を寄せていただきました。

活動の中心は台本貸し出しを行う公演の情報を集め、インターネット(主にフェイスブックなどのソーシャルネットワークシステムやブログ)で発信することですが、こちらから希望する舞台の主催者に問い合わせると、どの団体も前向きに了承していただき、1年の間に50本以上、紹介することができました(画像1)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で画像1はウェブには掲載しておりません。

また、劇団などの主催者と協働する機会が増えました。たとえば、演劇実験室◎万有引力さん。聾者劇団とのご縁から個人的に台本を貸し出ししていましたが、公式に劇団として台本貸し出しを行うことになり、そのままでは読みにくいということで再構成台本を制作しました。2回行なった後、茶話会として担当者をお招きし意見交換する機会を作りました。この劇団の次回公演では、台本貸し出しに代わるサービスとして、聾俳優による手話吹き替えを行うとのことです。通訳とはまた違い、どのような形になるのか楽しみです。

豊島区立舞台芸術交流センター(あうるすぽっと)さんからは、聴こえない俳優が出演することから聴こえない観客に向けての対応について相談を受けました。磁気ループや演出上の字幕表記、また、チラシに掲載するための助言などを行いました。この時に演出をされた方の次回公演では、読みやすく捲(めく)りやすく音が出ないようにと工夫した貸し出し用台本を自主的に製作してくださり、うれしい動きでした。

世田谷パブリックシアターさんからも相談を受け、チラシ掲載のアドバイス、広報協力を行いました。作品設定が聴覚障害者が聴こえる家族に囲まれてというものであり、手話通訳付き公演を期間中2回行うことになりました。この劇場は、以前より台本貸し出しをできるだけ行う方針がありますが、手話通訳を自ら付けることは初めてです。多くの聴こえない観客の来場が予想されることから、先方から要望があり、TAnetは当日受付の手話対応業務を受託しました(ボランティアではなく!)。

また特筆すべきこととして、手話通訳付き公演に対しての全観客向けアンケートを主催者とTAnetの共同で行います(この原稿締切の1週間後に実施)。手話通訳はすべての観客の目に触れるので、聴こえる観客にとって気になるかどうか。聴こえない観客にとって通訳の位置はどうだったのかなどを探る目的です。どのような結果が出るのか、楽しみでもあり怖くもありといったところです。

これらの活動を通して感じたのは、いずれも作品が聴こえないことを扱っている関係で聴こえない観客への対応をとる必要に迫られてのことであり、まだまだ劇場としての標準とはなっていません。しかしながら、これを実績として少しでも変わっていければと願っています。

歌舞伎座のリニューアルに伴い、ポータブル字幕が公演期間中いつでも借りられるようになったのですが、一人では行きづらいという声を受け、歌舞伎座ツアーを「ありがとうの種」さんと協働して企画しました。長年の歌舞伎ファンである聴こえない方のご協力を得て、観劇の前に歌舞伎についてのお話を聞き、また観劇後は、ポータブル字幕を提供している株式会社イヤホンガイドさんを交え、意見交換会を行いました(写真2)。たいへん好評でしたので、公演情報を提供するだけではなく、隠れた観劇希望者を育てることが本当に大切だと感じました。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真2はウェブには掲載しておりません。

また、全日本ろうあ連盟さん主催の「情報アクセシビリティ・フォーラム」(11月23日~24日・秋葉原)に参加したことは、このような活動を広める上で大きな出来事でした。特に「情報アクセシビリティが織りなす社会とは」をテーマにしたパネルディスカッションに登壇したことは、秋篠宮妃殿下、佳子内親王殿下のご臨席を賜ったこともあり、より大きな印象を与えることができたのではと感謝しています。

また、1万人以上が来場した展示ブースで多くの方に説明し、お話をする機会を持てたことは活動の方向性を確かめる上で有意義でした(写真3)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真3はウェブには掲載しておりません。

今後は、個人だけでなく、劇場・劇団側の考え方も含めた意識調査を本格化させます。情報アクセシビリティ・フォーラムの期間中も聴こえない・聴こえる方それぞれ100人に調査を行いましたが、情報保障があれば観劇するという意見が多く出ました。今後は規模を拡大した調査を実施、支援方法を研究し、演劇界・情報保障支援団体・当事者団体などさまざまな立場をつなぎ、よりよい観劇支援の仕組みを探ります。現在は、中心となっているメンバーが聴こえないため、限定的ですが、将来的にはほかの障害をもった方、観劇に支障を来している方のための支援を目指します。

誰もが、いつでもどこでも、自分の希望する手段で観劇を楽しめるような社会は、障害者権利条約第三十条「文化的生活に参加する権利」の実現でもあります。そのためには人も資金も必要です。茶話会で演劇についての夢を一緒に語り合いませんか?(写真4)。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真4はウェブには掲載しておりません。

(ひろかわあさこ 特定非営利活動法人シアター・アクセシビリティ・ネットワーク理事長)