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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年3月号

文学やアートにおける日本の文化史

漫画・テレビドラマに描かれた自閉症
―戸部けいこ『光とともに』を中心に―

野田晃生

はじめに

『光とともに…~自閉症児を抱えて~』(以下『光とともに』)は、女性漫画家・戸部(とべ)けいこ(1957~2010)による漫画作品である。秋田書店から2001(平成13)年~2010(平成22)年にかけて出版された(全15巻、作者の戸部が連載途中で病死したため、未完となった)。

『光とともに』は、知的障害を伴う自閉症をテーマとした作品である。戸部は、第1巻において、「この物語は自閉症児を抱えている何人かの知人に取材を重ね、福祉センターでもお話をうかがいながら描いています。ただし、人物の設定は全くフィクションです。」と書いている。

自閉症とは

ここで、『光とともに』のテーマである自閉症について述べる。自閉症は、脳の先天的な特性(後天的な理由で自閉症になることはない)であり、発達障害に分類される。特定の物に対するこだわり、コミュニケーションを苦手とする、視覚・聴覚などの過敏がある、等が自閉症の特徴とされる(ただし、個々人によって異なる)1)

自閉症は、かつてはその無理解から、うつ病等の精神障害や引きこもりと誤解されたこともあった。原因も、親の躾(しつけ)や本人の態度のせいとされたこともあった。発達障害という言葉が以前と比較して一般に知られるようになった2014(平成26)年現在においても、自閉症に対する誤解や偏見はいまだに残っていると言わざるを得ない。

『光とともに』の物語

『光とともに』の主人公は、知的障害を伴う自閉症を持つ少年・東光(あずまひかる)である。物語の語りは、光の母・幸子(さちこ)である。物語は、光が誕生するところから始まる。光は、幼少時から特徴的な行動があった。なかなか母親である自分になついてくれない、夜寝てくれない、言葉が出るのが遅れている等である。

1歳半検診で初めて光には障害があるのではないか、ということを医師に説明される(最初は「耳が聞こえていないのではないか」という指摘であった)。次に訪れた病院で、光は「自閉症かもしれない」と診断される。区の福祉センターを紹介された幸子は、そこで自閉症についての説明を受ける。

初めは、光の自閉症に戸惑っていた幸子だったが光を愛し、育てることを心に誓う。そのような中で、家族や周囲も自閉症に理解を示し、接するようになる(自閉症を理解していない人が誤解や偏見を持って光や幸子に接する場面は見られる)。

具体的な内容を見ると、光の父親である雅人が光や幸子に対して理解を示して、共に過ごす時間を増やすようになる。かつては冷たい態度をとっていた義母が、光の自閉症は幸子の躾が悪いせいではないということを認め、光を孫の一人として可愛がるようになる2)、等である。

やがて、東家には、妹の花音(かのん)が加わる。成長するにつれ、光は保育園、小学校(障害児学級、現・特別支援学級)・中学校(養護学校、現・特別支援学校)と、学校生活を送る。その中で、自閉症を理解しない教員や保護者もいた。トラブルも起こり、不適切な対応をとられることもあった。光や幸子が傷つくこともあった。しかし、光は理解ある周囲の人々に支えられ、成長する。

光や幸子が傷つく描写として、自閉症に対しての周囲の無理解があった。一部の教員・保護者・医師等によるものである。たとえば、教員による指導の場面で、後ろから声をかける、首筋に触る等の描写がある。これは、感覚の過敏がある自閉症児にとってはつらいものである。ほかにも「ちゃんとしなさい」と声をかける等の描写がある(「ちゃんとしなさい」は抽象的な言葉であり、自閉症児にとっては理解し行動に移すことが困難な言葉である。具体的な言葉をかけるのが実際には望ましい)。また「虐待のせいで自閉症になったのではないか」等の台詞もある。

『光とともに』は、光が保育園、小・中学校に通う時期が描かれたために、自閉症児に対する教育が具体的に描かれた(前述の「どのようなことをしてはいけないか」「どのような声かけをすればよいか」のほかに、どのような教材を用いるか、自閉症児にはこのように世界が見えているという描写等)。

『光とともに』は社会にどのように受け止められたか

『光とともに』の連載が始まった2001(平成13)年当時は、自閉症に対する社会の理解は十分ではなかった。『光とともに』は、2004(平成16)年、テレビドラマ化された(テレビドラマで扱われたのは、光が小学校1年生の時点まで)。漫画と同様、テレビドラマも多くの人々によって視聴され、社会に自閉症を伝えるということに大きく貢献している。

自閉症を理解するにあたって、自閉症を説明した医学書や専門論文を完全に読みこなすことができるならば、それが最良であるかもしれない。しかし、現実的に考えると、医学書や論文は専門家以外の人々が読むのに最適な書であるとはいえないだろう。難解な専門用語が多過ぎるし、読まなければいけない分量も膨大であるためである。

それに対して、『光とともに』のような漫画やテレビドラマであるならばどうであろうか。漫画ならば、構えて読まなくとも、電車の中や布団の中でも読むことができる。テレビドラマを家族で観て、その内容について家族や友人と話をすることもできる。『光とともに』では、自閉症を理解するために必要な用語は作中で説明されているため、読者は理解することができる。

漫画・テレビドラマという形で表現されたことによって、自閉症という障害は人々に広く認識されたと言えよう。

『光とともに』が遺したもの

『光とともに』の物語は、作者の戸部が連載途中で亡くなったために未完となったが、それを引き継ぐ形で発表された漫画作品がある。

河崎芽衣(かわさきめい)『光り輝くあしたへ―『光とともに…』が遺したもの―』(秋田書店、2012年)は、戸部による生前の取材を受け継ぎ、漫画化された作品である。この作品は、『光とともに』の物語の中で、保育園の卒園式で幸子が光の言葉として語った「大きくなったら明るく元気に働く大人になります」という言葉を受けたものである。

鳴母(なるも)ほのか『チャレンジ!―『光とともに…』が遺したもの―』(秋田書店、2013年)は、知的障害のある人々にスポーツトレーニングの場を提供するスペシャルオリンピックスの活動を描いた作品である。

この二つの作品は、障害者の就労・スポーツをそれぞれ描いた作品であり、読者に対してこれらのテーマに触れるきっかけを与えている。

おわりに

『光とともに』は、自閉症に対する誤解や偏見を変化させるのに大きく貢献した作品であるということができるだろう。そして、読者は、自閉症についての知識を得るだけでなく、自分はどう対応するべきか、を考えることが求められるのではないだろうか。自閉症を誤解して書いた文学・漫画作品もあったということは事実である。戸部は、十分な取材を行い、誤解や偏見を世の中からなくすために『光とともに』を描いた、ととらえることもできるであろう。

その後、2004(平成16)年に発達障害者支援法が公布され、翌2005(平成17)年に施行されている。2007(平成19)年には、国連により世界自閉症啓発デーが毎年4月2日と定められ、現在も世界各国でさまざまなイベントが行われている。

それでも現在の自閉症をめぐる社会状況を見ると、2012(平成24)年に、大阪維新の会が公表した家庭教育支援条例案では「乳幼児期の愛着形成の不足が軽度発達障害またはそれに似た症状を誘発する大きな要因であると…」と述べられた(後に撤回されている)。今後も自閉症に対する理解が促されることを望まずにはいられない現在の社会情勢である。

現在、自閉症を含む発達障害を抱える人々の就学に加えて、卒業後の就労が盛んに議論されている。みんながどのように共に生きるか、を考えていくことが求められている、ということを本稿の最後に強調したい。『光とともに』はその自閉症に対する理解の種を蒔(ま)いた作品である、ということができるのではないだろうか。

(のだあきお 筑波大学大学院人間総合科学研究科修了)


【注釈】

1)自閉症を含む発達障害について分かりやすい記述があるHPとして、「国立障害者リハビリテーションセンター 発達障害情報・支援センター」(http://www.rehab.go.jp/ddis/)を挙げる。(2014年2月2日閲覧)

2)光よりも花音の方をより可愛がろうとしているような描写は後も見られる。