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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年3月号

ワールドナウ

イギリスにおける最近の障害者運動

上岡廉

イギリスの障害者福祉といえば「ゆりかごから墓場まで」と表現される福祉国家や、活発な障害者運動を思い浮かべる人も多いだろう。しかし、最近のイギリス障害者を取り巻く状況はそのイメージと大きく異なる。最近の状況を紹介しながら、イギリス障害者運動は今も健在なのか、そして、イギリス障害者運動が生み出した社会モデルは今も有効なのか、を検討したい。

社会モデルと最近の状況

従来の障害へのアプローチは、身体的な「異常」が問題とされ、その解決には障害者個人へ医学的に介入する障害の個人モデル1)が一般的であった。しかし、1970年代に隔離に反対する障害者連盟が、インペアメント(個人の属性)とディスアビリティ(社会の障壁)を明確に分け、障害者を無力化しているのは社会である、変わるべきは社会であると主張した。この社会モデルを基盤に、障害者運動は社会の責任を追及し、介助サービスの購入費用が直接障害者に支払われるダイレクト・ペイメントや障害者差別禁止法の成立に大きな役割を果たしてきた。

しかし、増え続ける障害給付が国庫を圧迫しているとの見方から、イギリス政府は福祉制度見直しに着手する。そして2007年の世界金融危機が、その流れを一気に加速させた。イギリス政府は、「福祉から就労へ」をスローガンに掲げ、障害関連給付が受けられるかどうか職業能力評価で判定するよう法改正を行なった2)。チャリティー団体Scopeによれば、この福祉改革により数千人の障害者が同時に最多6種類もの福祉給付停止を受け、合計370万人(イギリスの障害者人口は1,100万人)の障害者が影響を受けるという。また、年平均・障害者一人当たり4,410ポンド(約75万円)の支援が削減されるという調査報告や、少なくとも30人が仕事に適していると職業能力評価で判定され障害給付を受けられなくなったことで自殺した、などの痛ましいニュースが報道されている。

このように障害者の生活に大きな影響を与える福祉改革だが、新聞では障害者を「cheat(詐欺師)」「scrounger(たかり屋)」「fraud(ペテン師)」等と表現し、障害給付受給者の中には、それを受給するに値しない多くの人が含まれているという政府寄りの報道が増えているという(表1)。これに伴い、障害者を対象としたヘイトクライム(憎悪犯罪)が増加し、2011年にはイギリス全土で、2008年に比べ2倍の1,942件の報告があった。言葉による暴力だけでなく、最悪の場合は暴行や殺人に至るケースもある。

表1 イギリス5大新聞における障害者に否定的な記事の出現率 3)

Table3. Prevalence of ‘fraud’ category in articles. 6

  2004/05 2010/11 Increase/decrease(%)
The Sun 2.0%(2/101) 7.1%(14/197) +255
The Mirror 4.3%(6/138) 3.9%(8/204) -9.3
The Express 4.1%(6/145) 8.2%(22/268) +100
The Daily Mail 0.7%(1/140) 3.8%(5/130) +443
The Guardian 0%(0/189) 0.5%(1/216) -
All tabloids 2.8%(15/524) 6.1%(49/799) +118

障害者団体の反応、現実派と理想派

政府の福祉改革に対し、福祉改革反対を訴えるネットワーク組織The Hardest Hitの呼びかけで、2011年5月に約8千人がロンドンでデモ行進を行なった。共同代表スティーブ氏は「この福祉改革が、今まで協力できなかった障害者団体とチャリティー団体を1つにまとめた」と語っており、福祉改革により政府からの支援削減を受けるチャリティー団体と障害者の利害が一致し、これまでにない新たな運動を生み出している。The Hardest Hitが4,500人の障害者へ行なった調査によれば、78%の障害者が職業能力評価のストレスにより健康を害し、65%が自身の状態を理解されていないと感じた等、評価が障害者へネガティブな影響を及ぼしている。このように、障害者の置かれた状況を改善するため、現実的なアプローチを取る団体がいる一方で、あくまで理想を追求する障害者団体もある。

抗議活動に参加した障害者が中心になり結成された団体Disabled People Against Cuts(DPAC)は、The Hardest Hitに多くのチャリティー団体が含まれていることを批判し、チャリティー団体は、障害者のためと言いながら自身の利益のことを考えていると主張している。障害者の自立生活や自己決定を原則とする障害者団体は、チャリティー団体がケアホームを運営し障害者を「管理」していることや、障害者を職員として(特に管理職ポストに)雇用していないことを受け入れられず、あくまで障害者自身が中心となるべきだという理想を固持している。

障害者団体Breakthrough UKのブログ4)によれば、この福祉改革の影響で、さまざまな障害関連団体が協力や競争をし生き残ろうとしている。その中で、個々の団体がそれぞれの目的を重視し異なるアプローチを取り始め、運動として共通理解を失っている。これが、障害者団体が一致して障害者運動になるのではなく、あくまで個々の利益に焦点を当てた福祉改革反対運動になっている、という。そして、イギリス障害者運動は今までにないほど分裂してしまっているという声がある。では、障害者運動の基盤となってきた社会モデルは、障害者運動を一つに結束させる上で今も有効なのだろうか?

社会モデルの有効性

前述の職業能力評価は、チェックシートと医療専門家との面接で構成されるが、DPACは障害を医療ではなく、社会モデルで捉えるべきだと批判している。しかし、社会モデルは障害者団体だけが支持しているのではない。たとえば、政府は理想としては社会モデルを取り入れたいとしながらも、給付の評価の際には実用的ではないし、仮に同じインペアメントがある人が、その人の住む場所やアクセスできる支援によって給付額が変わるというのは正当化できないと主張している。また、前述のScopeなど社会モデルを支持するチャリティー団体があり、反対に、障害者の中には、社会モデルが個人の経験や痛みを無視すると社会モデルの限界を指摘する立場がある5)

また、DPACに対しBreakthrough UKは、給付停止に焦点を当てることが、問題を矮小化してしまう恐れがあると警鐘を鳴らし、交通やアクセシビリティ、教育などを含む障害者全体の権利という包括的なアプローチを求めている。この議論は、運動が要求する具体的な政策目標が何なのかを特定するための道具としては、社会モデルは明確なものを提示できないことを示唆している。

しかし、社会モデルがもう有効でないのかといえば決してそうではない。社会モデルはすべてを説明するものではなく、障害者を無力化する社会と障害者の関係を描き出す「道具」であることは、多くの活動家や研究者が一致するところである。社会モデルはそのシンプルに強さがあり、反対に、使い方によってさまざまな解釈が可能となる。社会モデルが多くの人たちにとって受け入れられ、今も議論や運動の基盤であり続けている事実がその強さを示している一方、経済状況の悪化が運動の結束を弱めているのだろう。

おわりに

長い歴史をかけて築いてきたもの、手に入れてきた権利が、障害者の声が聞かれることなく奪われている。これは、国連障害者権利条約に反するのではないだろうか。障害者運動の具体的な目的、誰が運動に参加できるのか、基盤は社会モデルでよいのかなど、運動のあり方を批判的に検討する障害学からの貢献や、障害者だけでない一般の人々の思考に影響を与えるような議論や運動がこれからも必要だ。イギリスに障害者運動が再び起こるのか、今後も注目していきたい。

(かみおかれん リーズ大学障害と開発コース)


*本稿は、私が昨今のイギリス障害者運動や報道、障害学の議論6)とリーズ大学の講義7)を参考に書いたものです。お気づきの点がございましたら、ご指導頂ければ幸いです。

【注釈】

1)日本では医学モデルや医療モデルと表現される。リーズ大学では、障害の問題をどこに置くのかという視点から、社会モデルと対置させ、個人モデルという表現が好まれているようだ。

2)この評価は、Atosという2012年ロンドンパラリンピックのスポンサーであった多国籍企業が担っている。このAtosの評価には大きな疑問が投げかけられており、さらに、Atosと巨大保険会社Unumとの黒い関係が指摘されている。

3)Briant, E. et al. 2013. Reporting disability in the age of austerity: the changing face of media representation of disability and disabled people in the United Kingdom and the creation of new ‘folk devils’. Disability and Society. 28(6). pp. 874-889.

4)Breakthrough UK. 2013. Is there a disabled people's movement today?
http://www.breakthrough-uk.co.uk/OurServices/policy/blog/movement

5)杉野昭博[2007]『障害学―理論形成と射程』東京大学出版会

6)The Disability Archive UKは、さまざまな障害学の文献(英語)を無料でダウンロードできる。http://disability-studies.leeds.ac.uk/library/

7)障害者活動家であるリーズ大学障害学コースの創設者であるコリン・バーンズ教授は、2013年12月、教授としてはリタイアされました。バーンズ教授の熱のこもった講義は、今後不定期のセミナーなどで聴けるようです。