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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年5月号

聴覚障害のある人たちのスマートフォンに関わる取り組み

兵藤毅

1 音声言語偏向社会が生み出した「障害」

聴覚障害者(ろう者、中途失聴・難聴者、ろう重複者等)は長年、音声言語を中心とした社会の中で、「きこえの壁」「ことばの壁」「こころの壁」に直面し、社会から疎外されていました。

このような状況を打破するため、全日本ろうあ連盟は、1.聴覚障害者に対する正しい理解の促進、2.手話通訳による情報保障制度の確立、といった観点で運動を展開してきました。

現在においては、先に述べた運動の展開によってさまざまな法律が見直され、社会参加を阻む障壁の除去が浸透してきたことで、アクセシビリティや情報保障の公的責任の存在が認識されるようになりました。

2 聞こえない人の情報アクセスをサポートする機器の発展

この運動と並行するように、情報通信技術の分野において、聴覚障害者の生活様式を大きく変えるような情報通信機器がいくつか登場しました。

昭和50年代に登場したFAXは、普及し始める初期の頃においてはまだ非常に高価な製品だったこともあり、日常生活用具として購入費用の助成対象に指定されるよう、啓発・普及活動に取り組んできました。その結果、FAXが普及して、聴覚障害者の生活は大きく変化し、社会参加が飛躍的に促進されることになりました。

その後、聴覚障害者の間では、通信のために使用する機器として、ポケベルなどを経て、現在は、携帯電話、スマートフォン(以下、スマホ)といった携帯型の情報通信機器が広まっています。

2011年3月に東日本各地域を襲った東日本大震災においても、安否確認、救援活動、緊急情報発信・入手などの諸場面で情報通信技術を活用した取り組みが行われました。改めて、スマホ等の情報通信機器・サービスが生きる上で欠かせないインフラとなっていることを痛感します。

3 情報アクセシビリティを考慮した機器とスマホの活用

これまでの「情報保障」は、ろう者の言語である手話による情報保障と文字利用による情報保障に大別されますが、スマホを利用した新しい形での聞こえない人・聞こえにくい人に役に立つサービス・アプリも、手話に関わるものと、文字等での情報アクセスに関わるものに分けることができます。

3-1 手話による情報アクセスを支援するサービス・アプリ

(1)対話・情報発信

Skype、LINE等の動画の送受ができるアプリで手話画像を送受して、手話で会話ができるようになりました。電話だけの連絡先や窓口に、手話通訳を介して連絡がとれる「電話リレーサービス」も今後、聞こえる人にとっての「電話」と同様に、いつでもどこでも制約なく連絡できる状況を確保するために欠かせないサービスです。

また、YouTube、Ustream等の動画配信サイトに聞こえない人が手話で発信した動画も多数掲載され、ろう者も「個人放送局」を気軽に開設できるようになりました。しかし、まだその数は限られており、さまざまな視点に立った多くの情報の中から、正確で信頼できる情報を選択できる状況に至っていない現状で、「情報リテラシー」の底上げが課題です。

(2)手話学習、手話活用

いわゆる「手話アプリ」は大半が、簡単な単語や会話例の手話を学習できるように考えられたものです。手話の映像としては、イラストを利用したもの、手話アバターのように3Dグラフィック技術を応用したもの、実写動画などがあります。また、手話ではなく指文字にフォーカスしたアプリもあります。また、辞典データベースを充実させた「手話辞典」のようなアプリも登場しています。

これらのアプリは、時間が合わなくて手話講習会に通えないとか、近くに手話を学ぶところがないというような、これまで手話を覚える機会に恵まれなかった方が「手話」に触れていただけるきっかけ作りとして有効と考えられます。

3-2 文字等による情報アクセスを支援するアプリ

(1)対話・情報発信

ブログやSNS(FacebookやTwitterなど)で情報交換できるようになり、聞こえない人もさまざまな形で恩恵を受けることができるようになりました。たとえば、事故等で電車が止まった時、電車などの車内アナウンスが聞こえない人には伝わらず、どのように動けばよいか分からない状況に置かれていましたが、スマホで周囲の人々のつぶやきを見ることで、状況把握が以前よりも容易になりました。

JR東日本では、車内で自分が乗っている電車に関するさまざまな情報を確認できるアプリが出ています。デパートや交通機関等の各事業者によるアナウンスは、今後も「見える化」を進めていただければと思います。

(2)音情報の代替表示、音情報の活用

音声認識・音声合成技術も年々進展し、聞こえる人が話すと、その内容を文字に変換して表示するアプリが、情報通信研究機構(NICT)の「こえとら」をはじめいろいろ出ています。文字ではなく、光や絵で伝えるアプリもあります。たとえば、アラームの鳴動をフラッシュ表示する機能は、OS標準の「アクセシビリティ」機能として盛り込まれるようになりました。また、周囲の環境音をデシベル数に合わせた色やグラフを表示するツールもあります。これらは、聞こえない人のためだけではなく、聞こえにくい環境の人々や聴覚障害者に接する聞こえる人たちにも役に立ちます。

また、残存聴力を活用したい人のために、音質などのきめ細かい調整が可能で、自分に合った明瞭な音に増幅できるデジタル補聴器並みのアプリもあります。

(3)ユニバーサルなアプリ等

その他、いろいろな障害者の利用を想定したツールの活用があります。たとえば、コミュニケーション支援ボードのように指差しでコミュニケーションをとるアプリ、お絵描きソフトを応用した筆談アプリなど、さまざまなツールがあります。

また、特に障害者用として作られたものではなくても、聴覚障害者にとっても便利なアプリ、サービスが多数あります。たとえば、各新聞社等が出しているニュースアプリやホームページ等を自動検索するRSSツール等です。

4 これからのICT活用について

スマホの登場によって、聴覚障害者の情報アクセス環境は飛躍的に向上し、聴覚障害があっても、スマホを駆使することで、聞こえる方と同等に情報に接する人がいます。一方で、スマホを使えない、使いにくいという方もおり、情報格差が発生することが課題です。スマホの使い方に関する学習だけでなく、日曜教室や社会教養講座、国語教室など自己啓発の場を広く提供していかなければなりません。

近い将来、メガネ型のウェアラブル端末が登場し、家電などのさまざまな「モノ」がインターネット接続される「モノのインターネット」が普及すれば、両手を使わずに、より多くの情報を文字情報や手話によってリアルタイムに入手できるようになると期待されます。たとえば、家電の状態を通知するアラーム音は聴覚障害者にとって意味のないものですが、状態情報を視覚化することで聞こえない人も家電の状態を的確に把握できるようになります。聞こえる人にとっては当たり前でしたが、聞こえない人はずっと疎外されていた情報へのアクセスが可能になり、より豊かな暮らしが可能になります。

また、製品・サービスに関する企画や設計において、その企画や設計に関わる人が必ずしもすべての身体的特性を理解しているわけではないことを念頭において、規格どおりに設計すると、自然にさまざまなマイノリティのニーズに対してきちんと配慮できる製品・サービスになるような規格を用意し、標準化する取り組みが大切です。

最後に、コミュニケーションという英語の意味を調べますと、二つの意味があります。まず、情報通信技術における「コミュニケーション」は「通信」を意味します。もう一つは、人間同士の「コミュニケーション」における「言語権保障」です。人間は豊かなコミュニケーションの中で自己主張をしたり、さまざまな夢を語り合いながら成長します。

スマホ等の普及・活用による「情報通信の活用」と、手話通訳制度・要約筆記制度等の普及・活用による「言語権保障(人間的コミュニケーション)」の両輪のもと、情報アクセシビリティが確立された社会になることを願っています。

(ひょうどうたけし 一般財団法人全日本ろうあ連盟情報アクセシビリティ・フォーラム担当)