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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年5月号

障害者権利条約「言葉」考

「複合的な差別」

臼井久実子

障害者差別に、それ以外の差別が重なっているときに、複合的な差別という。たとえば障害がある外国籍の人は、国籍にかかわる差別も受けている。障害がある女性かつ性的マイノリティである人は、性差別および性的マイノリティへの差別を避けられず、このように幾つもの差別が複合していることもある。

日本においても、複合的な差別を被っている女性という立場から、アイヌ民族、被差別部落出身者、在日外国人、障害者などが、自ら実態を調査し、国内外に向けて提言を続けている。単身世帯の障害女性の平均年収が92万円といった極度の貧困、日常的なDVや性的被害、通報や相談も困難なこと、複合差別の視点と合理的配慮の提供の欠如。情報や相談窓口や支援が実際に利用できるものになっていないことなど、共通した問題がある。

障害者権利条約は、前文と第6条でこのように記述している(川島・長瀬訳2008年)。

前文(p) 人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治的意見その他の意見、国民的、民族的、先住的若しくは社会的出身、財産、出生、年齢又は他の地位に基づく複合的又は加重的な形態の差別を受けている障害のある人の置かれた困難な状況を憂慮し、

第6条 障害のある女性

1 締約国は、障害のある女性及び少女が複合的な差別を受けていることを認識し、また、これに関しては、障害のある女性及び少女がすべての人権及び基本的自由を完全かつ平等に享有することを確保するための措置をとる。

それぞれの差別への取り組みだけでは複合差別は抜け落ちる。複合的・加重的な固有の差別があると認識して初めて、複合的な差別を受けている人たちの存在をきちんと視野に入れることができる。政府の障害者統計に性別集計もないなど長年の無策に対して、世界の障害女性たちが行動したことで、前記の条文が盛り込まれた。

日本の法律には、複合的な差別についての記述がまだなく、条約第6条のような独立条文もない。ようやく、障害者差別解消法が、「条約の趣旨に沿うよう、障害女性や障害児に対する複合的な差別の現状を認識し、障害女性や障害児の人権の擁護を図ること」という附帯決議をつけて成立したことは意義深い。

「私たち抜きに私たちのことを決めないで」は世界の障害者の合言葉になったが、複合的な差別を受けている当事者の政策決定過程への参画は極めて遅れてきた。今、各地で、差別の実態を把握し条例をつくる取り組みが進んでいる。今春には、京都府が新条例の第2条に「障害のある女性が…複合的な原因により特に困難な状況に置かれる」と、全国で初めて明記した。条例検討会議の委員に障害女性が入って粘り強く働きかけ、多数のパブリックコメントもそれを後押しした。

障害当事者団体そして国・地方公共団体において、複合的な差別を受けている当事者の参画とエンパワメントを課題に据えた積極的な取り組みが求められている。

(うすいくみこ 障害者欠格条項をなくす会事務局長)