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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年5月号

フォーラム2014

すべての人に生活につながる労働を
―ワーカビリティ・アジアがまとめたアジアの障害者労働実践報告―

上野博

はじめに

ワーカビリティ・インターナショナル(以下WI)は、障害者の雇用や労働支援サービスを提供する事業者の世界組織である。ワーカビリティ・アジア(以下WAsia)は、WIのアジア地域グループで、2014年4月現在、12国/地域に36会員団体を有する。

WAsiaは、公益財団法人トヨタ財団の2012年度「アジア隣人プログラム」の助成を受け、アジア各国のNGOによる障害者労働実践(ベストプラクティス)と政府の障害者労働・雇用政策の調査を行なった。この1年間のプロジェクトの名称は、「すべての人に生活につながる労働を」プロジェクトと言い、英語では“GAINFUL EMPLOYMENT FOR ALL”とした。

その目的、内容、成果、課題等について報告する。

目的

アジアの障害者の多くは障害と貧困という二重の不利に苦しんでいる。障害があるから働けないという負の相関が、障害者の労働機会を奪い、多くの障害者は家族の保護に依存した生活を余儀なくされている。

一方アジア各国には、障害当事者団体や支援NGOが自ら障害者の労働機会を創出し、労働を通じ障害者の社会参加を進める素晴らしい実践がある。この実践は各国では一定の効果を上げているが、その情報は国内にとどまり広く国外に発信されることはない。本プロジェクトは、障害者の労働を促進する各国の有効な実践を事例集として編集し、アジア各国に配布し各国の障害者の労働機会の創出、社会参加の促進に資することを目的とした。

内容

プロジェクト第1フェーズは、2013年3月に香港、日本、マレーシア、台湾、タイで障害者労働実践を行うNGOがフィリピンに集まり、その経験を発表、分析、共有するワークショップを行なった。発表および質疑応答には十分な時間をかけ、他国における実施の要素等についての分析も行なった。それぞれの発表テーマは以下のとおりである。

  • マーケティング・コンサルタント事務所による政府の障害者労働促進アクション(香港)
  • 障害の重い人の労働保障への挑戦(日本)
  • 障害者の労働を創出する社会的起業(マレーシア)
  • 特別なニーズのある子どもたちの就労訓練プログラム(フィリピン)
  • 非営利組織の運営と社会正義(台湾)
  • 一般労働市場における障害者雇用促進25年間の取り組み(タイ)

参加者より大変有意義な発表なので、さらに多数で共有することが重要という意見が出され、同年7月、マレーシアで開催されたWAsia2013年会議において、本プロジェクトを推進するセッションを設けた。そして、新たにインド、ネパール、パキスタン、スリランカのNGOが自国で展開する活動を報告した。東アジア、東南アジアの事例に、南アジアの実践が加わりさらに多様性が増した。

また、この会議では特別セッションを設け、プロジェクト第2フェーズの各国の障害者労働・雇用政策、障害者所得保障政策等に関する調査をいかに効果的に進めるかを議論した。各国で一つの回答団体を選出し、指定された期日までに調査結果を事務局に回答することが確認された。

ベストプラクティス、および各国の政策調査の回答結果は日本語にも翻訳され、2013年11月下旬に、プロジェクト報告書英語版1,200部、日本語版1,000部が完成した。英語版報告書はすぐに国際小包便にて各国に送付した。そして、各国のWAsiaメンバー団体が窓口となり、国内の関係者に幅広く配布した。

成果

本プロジェクトを通じて多くの成果が得られた。

まず第一に、報告書「すべての人に生活につながる労働を」が作成されたことである。今回ベストプラクティスは9か国/地域、政策調査は8か国/地域からの報告を収録できた。アジアの障害者の労働実態や各国の労働政策に関する文献や論文は極めて少なく、これを報告書として出版できた意義は大きい。WAsiaネットワークはまだまだ小さいものであるが、今後さらに、アジアの他の国の障害者の労働実態を明らかにしていきたい。

第二に、情報価値と発信性の大きさである。収録された報告はどれも国や地域の固有の状況を背景としながらも、創意工夫に富んだものばかりであった。少ない社会資源を絞るように活用し、さまざまな連携により障害者の労働機会を創出している実践が明らかになった。他の実践を知ることで、自らの実践を検証し、より良い方向への変化が可能となる。

政策調査の結果は、比較的充実した制度を有する国と障害者労働・雇用に特化した政策は、極めて少ない国とのギャップが顕著であった。国の置かれた厳しい状況が、政策面の発展を阻んでいる。しかし、調査結果により各国の障害者労働政策が一覧され、比較検討が可能となった。今後他国の効果的な政策を自国でも導入するよう、政府関係者に働きかける団体も出てこよう。

第三に、本プロジェクトをベストタイミングに実施できたことである。折しも国連アジア太平洋経済社会委員会(UNESCAP)は、2013年より2022年までを「新アジア太平洋障害者の十年」と定めた。10年間の行動指針である「インチョン戦略」の10の目標の1番目に挙げられたのは、「貧困を削減し、労働・雇用の機会を高めること。」である。この領域では、ESCAPのWAsiaに対する期待も大きく、まもなくターゲットの達成に向けた具体的な行動に関する議論を開始する。

課題

第1フェーズのワークショップの議論より、地域に共通する課題が摘出された。各国が協力して取り組むべきものばかりである。紙数の関係でタイトルのみ列挙する。

  • 社会的企業(ソーシャルエンタープライズ)による障害者雇用促進
  • より障害の重い人への労働保障
  • インクルーシブな市場での雇用促進
  • 知的障害者、精神障害者、発達障害者の労働・雇用促進
  • 「インチョン戦略」の推進

おわりに

各国への報告書発送後、WAsiaでは報告書の感想、および活用方法について会員団体にアンケートを行なった。総じて他国の実践の様子がよく分かり自国にも取り入れられる、他国の政策を自国でも実現したい等の回答が多く、実践や制度の情報交換を通じてアジア各国の障害者労働・雇用の底上げに資するという所期の目的は達成できたようである。

報告書についての詳細は、WAsia事務局があるきょうされん(電話:03―5385―2223、Email:wasia@kyosaren.or.jp)までお問い合わせをお願いしたい。

今後の課題は、この成果をいかに実践の場に反映させるかということである。課題への取り組みの萌芽はある。第1フェーズのワークショップにおいて、身体障害者の労働支援に長い経験を有する団体が、知的障害者、精神障害者への支援を開始するため、他国で先行する実践とその実績を知り、スタッフ研修等の協力を要請した。ノウハウや経験の交換を通じた人材交流は、ネットワーク組織であるWAsiaが第1の目的として掲げるものである。アジアの障害者労働・雇用分野における人的な交流は、まだまだ少ないものと思う。この事例が具体的な研修事業に発展し、経験交流の成功モデルとなり、ネットワーク内外で人材の往来が盛んになることを願う。

WAsiaの2014年会議は、6月22日から24日までスリランカのコロンボで開催される。世界で最も多くの障害者が生活するアジアで、障害者の権利の実現、特に労働により生計を賄うに足る収入を獲得し、障害者とその家族が人間らしい生活を営む権利の実現を目指し、活発な議論が交わされることを期待する。興味ある読者の参加をお待ちする。

(うえのひろし ワーカビリティ・アジア事務局長)