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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年5月号

ほんの森

知的障害者と自立
―青年期・成人期におけるライフコースのために―

新藤こずえ著

評者 坂爪真吾

生活書院
〒160-0008
新宿区三栄町17-2-303
定価(本体3000円+税)
TEL 03-3226-1203
FAX 03-3226-1204
http://www.seikatsushoin.com/

自立生活支援に関わっている方との会話でもよく出てくる話題だが、障害のある人が親元や施設を離れ、地域での自立生活に乗り出す際のモチベーションは、ADLの自立や就労による経済的自立といった教科書に載っているような美辞麗句ではなく、「親から離れて、友達と親密になりたい」「恋人をつくりたい」「結婚してみたい」という私的な欲求であることが多い。

しかし、そうした欲求は、「親亡き後にどうするか」という親目線、「親亡き後に暮らすであろう施設内で、円滑に日常生活を送るためにはどうすればいいか」という支援者目線に基づき設計されている現行の知的障害者福祉の制度下では、多くの場合、見て見ぬふりをされてしまう。

本書は、親目線・支援者目線でしか語られてこなかった知的障害者の自立論を、当事者の目線、および青年期・成人期のライフコースの観点から再検討することを試みている。

多くの知的障害者は、学校卒業後、家庭と作業所の往復という静態的な生活を、5年、10年、20年と繰り返すだけで、その後の人生がほぼ完結してしまう。

知的障害者の自立支援は、親と支援者の自立観、および「知的障害者はかくあるべし」という社会の自立観によって構築されているがゆえに、ADLの自立や就労による経済的自立(およびそれらの実現困難性)の問題へと疎外・矮小化されがちだ。

こうした隘路から脱出するため、著者は、知的障害者の自立支援を、当事者が「大人になる」ための私的(恋愛や結婚)・公共的(居場所の整備)・公式的(教育や雇用)な各領域における複合的なサポートとして位置づけ直す必要性を主張する。

ノーマライゼーションやバリアフリーという言葉が、恋愛や結婚といった、当事者のセクシュアリティやライフコースに関する文脈で語られる場面は、まだまだ少ない。

私自身、長年「障害者の性」問題に関わる中で、ライフコースの観点から障害者への性的支援を捉えなおす必要性を痛感していたので、著者の主張は「まさにその通り!」と溜飲の下がる思いで読了した。

理想論かもしれないが、障害者福祉の目指すべきゴールは、「障害の有無にかかわらず、誰もが自らの生と性を自己決定できる社会をつくること」なのではないだろうか。ライフコースの観点から「親のための自立」でも「支援者のための自立」でもない、知的障害者の新しい自立の道を考える本書は、その理想に一歩でも近づくための橋頭堡になるだろう。

(さかつめしんご 一般社団法人ホワイトハンズ)