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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年7月号

知り隊おしえ隊

「もうひとつのW杯」をご存じですか?
8月に熱い戦いを繰り広げます!!

天野直紀

ニッポン!ニッポン!

FIFAワールドカップ南アフリカ大会をスペインが制した約1か月半後の2010年8月28日、南アフリカのピーター・モカバ・スタジアムで、「ニッポン!」コールが起きていました。

「もうひとつのワールドカップ」と呼ばれるINAS-FID(国際知的障害者スポーツ連盟)サッカー世界選手権2010南アフリカ大会で、知的障がい者の日本代表イレブンが熱く戦っていたのです。

「もうひとつのW杯」

「もうひとつのワールドカップ」をご存じでしょうか。

知的障がい者によるINASサッカー世界選手権「もうひとつのワールドカップ」(正式名称:INAS WORLD FOOTBALL CHAMPIONSHIPS)は、1994年にオランダで初めて開催されました。オリンピックの直後にパラリンピックがあるように、FIFAワールドカップ開催年に同じ開催国で行われます。全世界から16の国と地域が集い、世界一をかけて戦う知的障がい者サッカーの祭典です。

日本でもサッカーは人気のスポーツとなってきましたが、外国での盛り上がりは日本のそれとは比べものになりません。開催地では、老若男女問わず地域全体が熱狂します。それは、健常者の大会でも障がい者の大会も変わりません。そんな熱狂するスタジアムで、日本代表の選手たちは日頃のトレーニングの成果を発揮すべく、一回りも二回りも身体の大きい外国の選手を相手に、日本代表の誇りを胸に熱い戦いを繰り広げます。

表 「もうひとつのW杯」開催年および開催国

第1回(1994年) オランダ(アメリカ)
第2回(1998年) イングランド(フランス)
第3回(2002年) 日本(日韓共催)
第4回(2006年) ドイツ(ドイツ)
第5回(2010年) 南アフリカ(南アフリカ)
第6回(2014年) ブラジル(ブラジル)

(注)カッコ内は、FIFA大会の開催国。第3回(2002年)から、FIFAと同じ開催国で開催されるようになった。日本は、第3回の日本大会からの参加

8月に開催。目標はベスト8

今回の大会は、ブラジルのサントス周辺で、8月11日(月)から25日(月)までの約2週間開催されます。アジアからは日本と韓国、ヨーロッパの強豪国に加え、今大会は地元のブラジルやアルゼンチンと、さらなる強豪国が出場します。

日本は、今回で4回目の出場となります。過去の大会での最高成績は10位。今年は初の予選リーグ突破、ベスト8を狙っています。

前回の南アフリカ大会終了直後から、2014年に向けた選手強化は始まっていました。この4年間で合宿に招集した選手は50人以上、今年は、3月から毎月のように強化合宿を行なってきました。もちろん、ブラジルに渡る直前にも国内で強化合宿を行います。

魅力は、清々しく迫力のあるサッカー

知的障がい者サッカーは、障がい者サッカー6種目のうち、唯一FIFAと全く同じルールで競技を行います。選手は11人、ピッチのサイズも同じ、試合時間は大会により変わりますが、世界大会と同じ45分ハーフです。特別な器具や準備が必要ないので、健常者とも一緒にサッカーができます。

日本代表強化合宿では、高校や大学のサッカー部と練習試合をするのですが、対戦相手は口を揃えて「この人たち本当に障がい者なの?」と言います。日本代表に選出される選手は軽度の障がい者が中心になりますが、そのプレーは見る者を圧倒するものがあります。知的障がい者サッカーは、健常者サッカーの迫力に高校野球の爽やかさを足したようなもので、私が初めて目にしたのは2006年ドイツ大会ですが、一瞬にして、この清々しく迫力のあるサッカーの虜(とりこ)になりました。

サッカーをするということ

知的障がい者は、日常生活において読み書き・計算などの知的行動に困難があります。サッカーにおいては、ボールを蹴る、止める、運ぶという基本的な技術は練習を重ねれば上達はしますが、チームで戦う連携プレーが苦手です。しかし、人間というものは凄(すご)いもので、本を読んだり計算をするのが苦手な子どもたちが、好きなサッカーでは驚くほどの能力を発揮します。好きなものに打ち込むということは、こういうものなのだなと常々思います。

また、サッカーをするということは、サッカーをするためのスパイクや練習着を準備し、集合地までどうやって行くのかを考え、駅では自分で切符を買って電車に乗り、苦労しながらも集合地のグラウンドにたどり着きます。練習が終われば、汚れた練習着を洗濯し、スパイクを磨く…。健常者にとっては当たり前の行動です。彼らにとって、それはすごく大変なことですが、そうやって一つ一つ「できること」が増えていきます。

日本代表の選手たちは、北は北海道から南は九州まで全国に住んでいます。彼らを関東のグラウンドに集合させる時も、自宅から一人で来ることを義務付けています。親御さんや施設の方は、無理、できないと心配されますが、今まで遅刻以外のトラブルは起きていません。やればできるのです。好きなサッカーで、ましてや日本代表の合宿となれば驚くような力を発揮するのです。みんながみんなそうではないと思いますが、サッカーに限らず好きなことに打ち込むことで「できること」が増えていくのは間違いありません。

「僕たちも夢を見、夢を実現してみたい」

知的障がい者にとって「世界」は夢のまた夢です。夢にも思わなかった「世界」が目の前にあります。2014年大会の日本代表チームは18人。このうち12人が初参加の選手です。12人の選手は日本代表に選ばれ、「夢」の半分が叶いました。残り半分の「夢」は、ブラジルの地で「世界」を相手に思いきりプレーすることです。

それでは、ハンディを乗り越え「夢」をつかむために、この夏、ブラジルに渡る日本代表の選手たちを紹介しましょう(カッコ内は過去の大会での選出経歴です)。

加藤隆生(25歳)(ドイツ・南ア)頼れるイケメン守護神

内堀嗣円(20歳)(初選出)反応とスローは半端じゃない

櫻井嵩比都(23歳)(南ア)ど根性!2010南アで痛恨のけが

村山翔太(23歳)(南ア)コーチングの妙

木村和磨(19歳)(初選出)運動量豊富なサイドアタッカー

結城隆(18歳)(初選出)DFラインの統率

高橋正英(16歳)(初選出)新進気鋭の高校生

野澤雄太(27歳)(ドイツ・南ア)日本の誇り、背番号10

浦川優樹(23歳)(ドイツ・南ア)ゴリゴリのドリブラー

山内康勝(20歳)(初選出)摩訶不思議君

徳丸舜(19歳)(初選出)美しすぎるパス

下村憲成(19歳)(初選出)最終選出の大物

安達寛人(15歳)(初選出)天才高校1年生

森山憂多(19歳)(南ア)チーム得点王

峰広志(20歳)(初選出)見た目クールで、ハートは熱い

川端義久(21歳)(初選出)けがからの復帰が待たれるワンダーボーイ

谷口拓也(18歳)(初選出)小柄ながら貪欲にゴールを目指す

徳村雄登(17歳)(初選出)デカ!身長188センチ!

ブラジル遠征という困難

海外遠征をする時、いつも問題になるのが費用のことです。今回のブラジル遠征は、特に費用がかかります。

宿泊費をはじめ、交通費を含めた強化合宿の費用、練習着やユニフォームの費用、ボール等の用具の費用、テーピングや薬品などの費用、ブラジルならではの予防注射の費用、ブラジルはビザが必要な国なのでビザ取得費用、1人45万円ほどの航空券、選手村での滞在費用などなど、その費用は、総額で約3,000万円!ユニフォームは2010年大会で使用したものを使うこととして費用を削減し、ボールも中古です。

日本代表チームをブラジルに派遣する日本知的障がい者サッカー連盟(以下、連盟)では、会費などの収入がありません。年間予算のほとんどは日本パラリンピック委員会から助成される強化費ですが、パラリンピック競技種目でない知的障がい者サッカーは、十分な資金を提供されていません。そのため、選手たちは費用の一部を自己負担し、連盟では寄付をお願いしたり、「日本知的障がい者サッカー代表公式応援ユニフォーム」(3,000円、税込)を販売して、その収益のすべてをブラジル遠征費用に充てようと活動しています。

詳しくは、連盟のホームページ(http://jffid.com)、または「知的障がい者サッカー」で検索をお願いします。

最後に

2020年東京オリンピック・パラリンピック開催が決まり、日本では、サッカーに限らずスポーツ全体が盛り上がっていますが、ぜひとも障がい者も健常者も、男性も女性も、お年寄りも子どもも、みんなが共に気持ちよい汗をかいて、共に楽しめるスポーツ環境が整うことを願って止みません。

(あまのなおき 日本知的障がい者サッカー連盟)


(注)国際知的障害者スポーツ連盟は、2010年12月にINAS-FIDからINASに改名しました。

(注)49頁の写真以外は、すべて2010年南アフリカ大会のものです。
※掲載者注:写真の著作権等の関係で写真はウェブには掲載しておりません。