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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年7月号

列島縦断ネットワーキング【東京】

筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群を通して考える「制度の谷間」のシンポジウム
~難病法成立後に残る「制度の谷間」

篠原三恵子

期せずして、「難病の患者に対する医療等に関する法律」(以下、難病法)が2014年5月23日に可決、成立した次の日に、明治学院大学白金キャンパスにおいて、「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群を通して考える『制度の谷間』のシンポジウム」を開催しました。明治学院大学社会学部社会福祉学科の多くの学生さんや、一般の方を含む100人近い方が参加されました。

そもそも難治性疾患は5000~7000もあるとされており、難病法施行後も、対象疾患を病名で区切り、希少性を求める限り、医療費助成の対象にも福祉の対象にもならない「制度の谷間」は、いつまでたってもなくなりません。このシンポジウムでは、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群という病気を通して、「制度の谷間」の問題について考えました。

筋痛性脳脊髄炎とは

日本では慢性疲労症候群とも呼ばれているこの病気は、それまで健康な生活を送っていた人が、突然生活が著しく損なわれるほど強い疲労とともに、頭痛、微熱、筋肉痛、脱力感などの全身症状と、思考力・集中力低下などの神経認知機能障害が長期にわたり持続し、社会生活が困難になる病気です。その主な病態は、中枢神経系の機能異常や調節障害であり、国内の患者は24~30万人と推定されており、詳しい病態はいまだ不明で、有効な治療法もありません。国際学会は、患者の約25%は寝たきり、もしくはそれに近い重症患者であると発表していますが、通院することもできない患者が多いため、日本では専門医にさえ重症患者はいないと思われてきました。障害者手帳を取得できる患者は極めて稀(まれ)で、日常生活において介護が必要な状態になっても、福祉サービスが受けられません。

難病法とは

この法律では難病を、発病の機構が明らかでなく、かつ、治療方法が確立していない希少な疾病であって、当該疾病にかかることにより長期にわたり療養を必要とするものと規定し、さらに医療費助成の対象となる指定難病には、患者数が一定の人数(人口の0.1%程度=おおむね12万人程度)に達しないことと、客観的な診断基準が確立していることを求めています。

法律の第2条には「難病の患者がその社会参加の機会が確保されること、及び地域社会において尊厳を保持しつつ、他の人々と共生することを妨げられないことを旨とする」基本理念が掲げられ、「難病の患者に対する良質かつ適切な医療の確保及び難病の患者の療養生活の質の維持向上を図り、もって国民保健の向上を図ること」が、目的にあげられています。

法案の成立により、創薬や新たな医療機器の開発なども含めた難病の研究体制の強化、難病の医療費助成に係る予算の義務的経費化、対象疾患の大幅な拡大が実現し、現行では56疾患に限定されている医療費助成の対象が、約300疾患に広がる見込みです。ただし、今まで無料だった56疾患にも、一定の自己負担が課されることになります。

第一部:映画の上映

明治学院大学社会学部の大瀧敦子先生の司会で、今まで闇に葬られようとしてきた、筋痛性脳脊髄炎の重症患者の実態を描いた英国のドキュメンタリー映画「闇からの声なき声」を上映しました。イギリスの医療制度や福祉制度によって、患者とその家族がどれほど苦しんできたかを描くと同時に、世界的権威の専門医3人によって、この病気の歴史的背景や治療の困難さ、病気の最新情報が提供されています。家から出ることもできないほど重症な患者の深刻な実態を、映画を通してより深く理解していただきました。

第二部:シンポジウム

●明治学院大学社会学部の茨木尚子先生(コーディネーター)

今の日本の制度では、難病の中でもわずか130疾患だけが障害者総合支援法の対象であり、たとえ病名がつかなくても、同様に困っている患者が多くいるのが現状です。

●NPO法人「筋痛性脳脊髄炎の会」理事長の篠原三恵子

今まで難病対策を考える時に、治療研究、医療費助成、患者に対する福祉サービスの対象が、明確に区別されることなく議論されてきました。この三つは、それぞれ施策の目的や対象者が本来異なるはずであり、この三つを切り離した議論が必要です。医療費助成の対象疾患には希少性が求められるため、筋痛性脳脊髄炎、1型糖尿病、線維筋痛症等の患者数が多い疾患は、対象になる見込みが全くありません。

難病法施行後には、福祉サービスの対象が130から約300に拡大されるものの、客観的診断基準が確立していない筋痛性脳脊髄炎、1型糖尿病、線維筋痛症等の疾患は対象にはなりません。平成23年8月に障害者基本法が改正され、「その他の心身の機能の障害がある者」として、障害者に慢性疾患に伴う機能障害が含まれるようになったのですから、病名で区切ることなく、生活の困難さに応じて支援する仕組みへと抜本的に変える必要があります。同じように病気で苦しんでいるのに、患者数が多いとか診断基準が確立されていないという、患者にはどうすることもできない理由で、社会参加の機会が確保されないようなことがあってはなりません。

●済生会宇都宮病院医療ソーシャルワーカーの荻津守さん

病気の認知度が非常に低いため、医師から診断されることなく、異常はないと言われて10年近く苦しんできた重症の筋痛性脳脊髄炎患者を、荻津さんはサポートし、障害年金や身体障害者手帳の取得、公的支援サービスが受けられるようになるまで支援されてきました。医療ソーシャルワーカーとは、目の前に困っている人がいる時、患者さんの抱く不安や問題を一緒に考え、解決へと歩めるよう支援する職種であり、患者の立場に立って支援する仕事ですので、社会に立ち向かうソーシャルアクションも必要です。「制度の谷間」に陥ってしまう難病患者のために、本来どうあるべきかという姿をいつも描きつつ、ソーシャルワーカーができることは何かを常に考えることが必要です。最後に、医療や福祉制度の矛盾と闘うファイティング医療ソーシャルワーカーになってくださいと、学生たちにメッセージが送られました。

●会場から

荻津さんの支援を受けてきた患者さんから、医師から理解のない言葉を浴びせられた後は、いつも話を聞いてもらった、制度が使えなかった時は辛かった、手帳が取得できて、やっと一人の人間として生活するスタートラインに立てたと話していただきました。最後に茨木先生より、ソーシャルワーカーの仕事は、障害や病気を治すことではなく、そうした現状を抱えた人がよりよく生きていけるようにすることという結びの言葉がありました。

今後の活動

福祉サービスの対象疾患の見直しにおいては、慢性疾患によって生活のしづらさがある人が、他の人と平等に社会参加する権利が保障されるよう、生活上の困難さの有無を基準とし、病名にかかわらず提供されるべきです。障害者権利条約や障害者基本法、障害者差別解消法では、難病や慢性疾患は障害の範囲に含まれており、「制度の谷間」を生じさせないよう規定されているのですから、患者数が多いとか、診断基準が確立されていないという理由で、尊厳を持って人間らしく生きる権利が保障されないことがあってはならないと思います。難病法施行後は、対象疾患が拡大されるというニュースに隠れて、こうしたことはほとんど知られていません。これからもさまざまな機会において、問題提起していきたいと思いますし、政府に対し働きかけを続けていくつもりです。

(しのはらみえこ NPO法人「筋痛性脳脊髄炎の会」理事長)


NPO法人「筋痛性脳脊髄炎の会」
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