音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年11月号

障害者総合支援法の見直しに向けて

佐藤久夫

はじめに

障害者総合支援法は2012年に成立した。13年に一部の難病患者を対象に加え、地域生活支援事業のメニューを拡大し、今年度(14年度)には障害程度区分の名称を障害支援区分に変更し、重度訪問介護の対象を拡大するなど、2段階でその改正事項が実施されてきた。

一方、3年間を目途に検討する事項が附則で定められたが、1年半を過ぎた現在、審議会などでの検討は始まっていない。政府は、障害者自立支援法の「立法過程において十分な実態調査の実施や、障害者の意見を十分に踏まえることなく、拙速に制度を施行」し、障害者を傷つけたことに対して反省したはずである(「基本合意文書」1))。今度こそ障害者の意見を聞くための十分な時間が必要とされる。

「検討」で踏まえるべき3文書

この「基本合意文書」で、政府は障害者自立支援法の廃止と新法の実施を約束し、政府からその新法に向けての提言を求められた総合福祉部会が、「基本合意文書」と「障害者権利条約」を踏まえてまとめたものが「骨格提言」であった。

障害者総合支援法についての提案理由の説明やその後の答弁で、小宮山洋子厚生労働大臣(当時)は次のように述べた(筆者による要約。第180回国会・参議院厚生労働委員会議事録第8号、2012年6月19日)。衆議院での説明も同様。

「総合福祉部会の骨格提言は、障害当事者の様々な思いが詰まった本当に重いものだと思っている。基本理念の創設やグループホームとケアホームの一元化など直ちに対応が可能なものは今回の新法にできるだけ盛り込んだ。一度に実現できればよかったが、財政問題等があり検討に時間が必要なものは3年を目途に検討することとした。骨格提言は段階的、計画的に実現してゆきたい。附則の検討規定に必ずしも明記されていない事項であっても骨格提言や国会での議論に基づいて検討したい。その検討にあたっては障害当事者、家族、関係者の声を踏まえる。」

これらの経過を考えると、障害者総合支援法の検討規定の検討は、これら3文書を踏まえて行われる必要がある。その上、すでに「条約」は批准(2014年1月)されて障害者総合支援法より上位の法律となっており、「基本合意文書」は裁判所の承認・確認の下で、裁判の取り下げと引き替えに国(厚生労働省)が訴訟団に文書で約束したものである。

なお、衆議院および参議院の厚生労働委員会の附帯決議も検討の方向について取り上げている部分があり、国会の意思として重視しなければならない。

検討の視点と方法

前記のように三つの文書を踏まえることは前提であるが、さらに附則第3条の条文が示す次の5点にも十分留意する必要がある。

1.検討の目的:「全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向けて、障害者等の支援に係る施策を段階的に講ずるため」

2.勘案すべき理念:障害者総合支援法「第1条の2に規定する基本理念」

3.検討の期限:「3年を目途」に

4.検討事項:10項目(次項参照)

5.検討にあたって講ずるべき措置:「障害者等及びその家族その他の関係者の意見を反映させるために必要な措置」

なお、この「障害者等の意見の反映の措置」を入れた理由として、「『骨格提言』を踏まえて検討するという表現を法律に書き込むべき」との総合福祉部会側の要求に対して、「その意味で入れた。そう書きたいところだが、参議院では『障害者自立支援法の最大の問題であった利用者負担問題がつなぎ法で解決したのだから自立支援法は改正する必要はない』とする野党が多数であり、『骨格提言』の文字が入れば法案は否決される。否決されることが分かっている法案を政府が提出するわけにはゆかない。そのため代わりにこの表現としたことを理解してほしい。」と、当時の担当政務官は説明した。

検討項目

附則が記す検討項目は、文章表現的には五つと数えることもできるが、内容的には10項目である。

1.常時介護を要する障害者等に対する支援

2.障害者等の移動の支援

3.障害者の就労の支援

4.その他の障害福祉サービスの在り方

5.障害支援区分の認定を含めた支給決定の在り方

6.障害者の意思決定支援の在り方

7.障害福祉サービスの利用の観点からの成年後見制度の利用促進の在り方

8.手話通訳等を行う者の派遣その他の聴覚、言語機能、音声機能その他の障害のため意思疎通を図ることに支障がある障害者等に対する支援の在り方

9.精神障害者に対する支援の在り方

10.高齢の障害者に対する支援の在り方

これらはいずれも重要項目とはいえ、「骨格提言」との比較では利用者負担、障害(者)の範囲、報酬と人材確保、地域移行、権利擁護などが明記されず、国・自治体の財政負担問題も書かれていない。明記されていない事項であっても検討課題となることは、前記のように国会での厚生労働大臣の約束であり、法案上程時の担当課長の示唆によれば、「4.その他の障害福祉サービスの在り方」にすべての事項が含まれる、と解釈できる。従ってはじめから制限を設けることなく、特に障害者団体からの要望についてはしっかりと検討すべきである。

検討事項と3文書の関係

これら10項目の検討事項と3文書の関連するポイントを整理したものが表1である。スペースの都合で、この表では、要点だけあるいは条文番号のみ記した部分も多い。従って3文書そのものを読み返し、全体を踏まえた上で検討がなされる必要がある。

表1 検討事項と「骨格提言」「基本合意文書」「権利条約」

  障害者総合支援法附則第3条 骨格提言 基本合意文書 条約
包括的部分 「全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向けて、障害者等の支援に係る施策を段階的に講ずるため」(に検討)

障害者総合支援法「第一条の二に規定する基本理念」を勘案する

「障害者等及びその家族その他の関係者の意見を反映させるために必要な措置を講ずる」
〈地域で自立した生活を営む権利と支援〉
1.命の危険にさらされない権利。
2.必要とする支援を受けながら、意思(自己)決定を行う権利。
3.どこで誰と住むかを決める権利。
4.自ら選択する言語及びコミュニケーション手段を使用する権利。
5.自らの意思で移動する権利。
障害者は、これらの権利を確保するために必要な支援を受ける権利を有し、国及び地方公共団体はそのために必要な支援を提供する義務を負う。
(国は)「今後の障害福祉施策を、障害のある当事者が社会の対等な一員として安心して暮らすことのできるものとするために最善を尽くすことを約束した」
「障害福祉施策の充実は、憲法等に基づく障害者の基本的人権の行使を支援するものであることを基本とする」
「国(厚生労働省)は、憲法第13条、第14条、第25条、ノーマライゼーションの理念等に基づき、違憲訴訟を提訴した原告らの思いに共感し、これを真摯に受け止める」
第一条(目的) 全ての障害者によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し、保護し、及び確保すること並びに障害者の固有の尊厳の尊重を促進する
第三条(一般原則)
第四条(一般的義務)
第九条(施設及びサービス等の利用の容易さ)
第十九条(自立した生活及び地域社会への包容)
「全ての障害者が他の者と平等の選択の機会をもって地域社会で生活する平等の権利を有することを認め」……「障害者が、この権利を完全に享受し、並びに地域社会に完全に包容され、及び参加することを容易にするための効果的かつ適当な措置をとる」
個別検討項目 1.常時介護を要する障害者等に対する支援 パーソナルアシスタンス制度の創設。障害児を含め常時介護を要する障害者に拡大。通勤・通学・入院への対応。
家庭、通所の場、学校などでの医療的ケアの保障。
安心して暮らせる支給量を保障(指摘事項) 第十九条(自立した生活及び地域社会への包容)
2.障害者等の移動の支援 個別給付化し国・都道府県の財政負担を強化。自家用車等を認める。 第二十条(個人の移動を容易にすること)
3.障害者の就労の支援 多様な働き方についての施行事業を行い、就労支援の新たな仕組みを検討する。   第二十七条(労働及び雇用)
「障害者に対して開放され、障害者を包容し、及び障害者にとって利用しやすい労働市場及び労働環境において、障害者が自由に選択し、又は承諾する労働によって生計を立てる機会」
4.その他の障害福祉サービスの在り方 利用者負担、障害(者)の範囲、サービス体系、報酬と人材確保、地域移行、権利擁護、資源整備と障害福祉計画、など 自立支援医療の低所得者無料化(当面の重要課題と確認)。
利用者負担:市町村民税非課税世帯は0。収入認定は本人のみ。
報酬支払い方式の改善、谷間のない「障害」の範囲(以上、指摘事項)
第一条(目的) 後段:障害者の範囲
第八条(意識の向上)
第十九条(自立した生活及び地域社会への包容)
第二十五条(健康)
第二十六条(ハビリテーション(適応のための技能の習得)及びリハビリテーション)
5.障害支援区分の認定を含めた支給決定の在り方 障害程度区分は使わず、市町村の支援ガイドラインに基づく個別ニーズアセスメントと協議調整による6段階のプロセス。その施行事業の実施。 個々の支援の必要性に即した決定。支給決定過程への障害者の参画。国庫負担基準制度、障害程度区分制度の廃止を含む抜本的検討。(以上、指摘事項) 第十九条(b) 「地域社会における生活及び地域社会への包容を支援し、並びに地域社会からの孤立及び隔離を防止するために必要な在宅サービス、居住サービスその他の地域社会支援サービス(個別の支援を含む。)を障害者が利用する機会」
6.障害者の意思決定支援の在り方 必要とする支援を受けながら、意思(自己)決定を行う権利が保障される。
支給決定、相談支援、地域移行、権利擁護などの各章でエンパワメントを含む意思決定支援を記述。
  第十二条(法律の前にひとしく認められる権利)
「他の者との平等を基礎として法的能力を享有」、「法的能力の行使に当たって必要とする支援を利用する機会を提供するための適当な措置」
7.障害福祉サービスの利用の観点からの成年後見制度の利用促進の在り方 本人の意思を無視した代理権行使を避けるべき。成年後見制度も含めた意思決定支援のあり方を検討すべき(第3部4章)。  
8.手話通訳等を行う者の派遣その他の聴覚、言語機能、音声機能その他の障害のため意思疎通を図ることに支障がある障害者等に対する支援の在り方 自ら選択する言語(手話等の非音声言語を含む)及び自ら選択するコミュニケーション手段を使用して、市民として平等に生活を営む権利を有し、そのための情報・コミュニケーション支援を受ける権利が保障される。費用は無料。
相談支援事業での意思疎通支援の保障。
  第二条(定義) 「『意思疎通』とは、言語、文字の表示、点字、触覚を使った意思疎通、拡大文字、利用しやすいマルチメディア並びに筆記、音声、平易な言葉、朗読その他の補助的及び代替的な意思疎通の形態、手段及び様式(利用しやすい情報通信機器を含む。)をいう」
第二十一条(表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会)
9.精神障害者(に対する支援の在り方) 国の責任による地域移行プログラムの実施とそこへのピアサポーターの関与。   第十四条(身体の自由及び安全)
第十九条(自立した生活及び地域社会への包容)
第二十五条(健康)
10.高齢の障害者に対する支援の在り方 年齢にかかわらずあらゆる障害児者を対象とする。
介護保険対象年齢になっても必要な支援が継続して受けられること。
重度訪問介護や行動援護等は介護保険に「相当する」サービスがない。
国(厚生労働省)は、……新たな福祉制度の構築に当たっては、現行の介護保険制度との統合を前提とはせず、……障害者の現在の生活実態やニーズなどに十分配慮した上で、……しっかり検討を行い、対応していく(約束事項)。
介護保険優先原則の廃止(指摘事項)
第十九条(自立した生活及び地域社会への包容)

注)「基本合意」の「指摘事項」とは、国の約束そのものではないが、国が理解・確認し、それを踏まえてしっかり検討することを約束した事項。

なお検討にあたって、「障害者等」の「等」は「障害児」を意味するので、特に1 2 4 5 8では障害児も意識すべきであり、6の意思決定支援でも留意すべきである。

また、附則第3条の10項目の列記の末尾の「等」に含めることが適当な「条約」の条項として第31条(統計及び資料の収集)がある。「生活のしづらさ調査」を継続発展させ、活用する点も検討が望まれる。

理想を掲げつつ計画的に実現を

当然のことながら、「骨格提言」「基本合意文書」「条約」は「あるべき姿」を描いており、直ちに完全に実現するのは困難な課題も含まれている。

そのため「条約」では第4条(一般的義務)2項で「漸進的に達成」の表現を用いている。

また「骨格提言」でも、予算のあり方について「目標達成年次を定めて漸次的に推進する」とし、自治体など関係者の意見をさらに聞いて施策を策定・実施する、具体化する前に試行事業を行う必要性などを述べている。

従って、附則の検討規定に基づく障害者総合支援法の見直しにおいて最も重要なことは、「いつ改革を行うか」ではなく「改革するかしないか、どのような方向性の改革か」である。改革の方向性を明らかにすること、実現すべき目標を明らかにすべきである。

たとえば、筆者は最近「意思疎通支援」の「谷間」の障害者のニーズ調査に関わることができたが、これは聴覚や視覚の障害者(現行法での意思疎通支援サービスの対象者)以外にも失語症、高次脳機能障害、知的障害、発達障害、脳性マヒ、人工呼吸器使用などの多様な障害者が意思疎通面の困難で苦労していることを明らかにした2)

この調査で、手話通訳者に似た失語症会話パートナーのような障害種別支援者が必要なのか、より横断的一般的な意思疎通支援専門家が必要なのか、その両方なのか、諸外国の経験はどうかなど、さらなる検討課題も生み出した。新施策の実施までに集中的な検討や試行の必要な例であろう。しかし、施行に時間が必要ではあっても現行制度の拡大は必要であり、その拡大のために何をするかを「検討」しなければならない。

おわりに

障害者が安心して暮らし社会参加できる社会は、すべての人が暮らしやすい社会であり、「骨格提言」の実現は、日本が東日本大震災から復興・新生するための重要な一部である。

(さとうひさお 日本社会事業大学特任教授)


【注】

1)「障害者自立支援法違憲訴訟原告団・弁護団と国(厚生労働省)との基本合意文書」平成22年1月7日

2)全日本ろうあ連盟「厚生労働省平成25年度障害者総合福祉推進事業 意思疎通支援実態調査事業報告書」