音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へナビメニューへ

「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年11月号

見直しに向けた提案

盲ろう者の立場から

庵悟

1 はじめに

ある大都会の街の中で30年以上も誰とも会話を交わすこともなく、一人ひっそりと暮らしていた盲ろうの男性がいた。彼は昭和から平成に元号が変わったことすら知らなかった。彼は自分で食事をしたり風呂に入ったりトイレに行くことはできていた。しかし、世の中の動きや身の回りの情報を知ることも、人とおしゃべりすることも、自分の行きたいところへ自由に出かけることもできなかった。

幸いふとしたきっかけで、地元の盲ろう者支援団体とつながり、日常生活や社会生活で通訳・介助支援を受けられるようになった。

日本の盲ろう者は、はたして生物学的な「ヒト」としての生存だけにとどまらず、文化的・社会的な「人」としての生存が保障されているのだろうか。憲法第25条で謳われている「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(生存権)が、障害者総合支援法で実質的に保障される仕組みづくりが必要ではないか。

2 障害者総合支援法と盲ろう者

盲ろう者にとって、自己選択・自己決定を行う上で「情報入手・コミュニケーション・移動」を総合的にサポートする通訳・介助員による支援が欠かせない。平成25年4月からの障害者総合支援法施行により、「盲ろう者向け通訳・介助員養成および派遣事業」が指定都市・中核市を含む都道府県地域生活支援事業の必須事業となった。

そして、盲ろう者向け通訳・介助員(以下、通訳・介助員という)は、聴覚障害者向けの手話通訳者や要約筆記者等と並び「意思疎通支援を行う者」という位置づけとなった。

3 盲ろう者に関する実態調査から

平成24年度に、厚生労働省の補助により当協会が「盲ろう者に関する実態調査」を実施した。これは、障害者総合支援法施行後3年を目途として、実態を踏まえた、今後の盲ろう者支援のあり方を検討するための基礎資料とするためであった。

この実態調査によると、全国で視覚と聴覚の障害が身体障害者手帳に記載されている盲ろう者は約1万4千人、うち約8割が65歳以上の高齢者であった。その中で、盲ろう者向け通訳・介助員派遣事業(以下、通訳・介助員派遣事業という)を利用している盲ろう者は、全体のわずか6.9%に過ぎず、9割以上が利用していない。

この実態調査の一環として、15歳以上65歳未満の生産年齢にあたる盲ろう者(回答者数676人)の日中の過ごし方として、54.7%が主に家庭内で過ごしているという状況であった。また45%が、人的支援による福祉サービス(通訳・介助員、手話通訳者・要約筆記者、移動支援・同行援護、ホームヘルパー)を受けていないことが分かった。

また、社会参加の指標として、会話の頻度と外出の頻度を見ると、月1~2回以下の者がいずれも19.1%、情報入手の頻度では、月1~2回以下の者が28.6%であった。特に、全盲ろう(全く聞こえず、全く見えない)者では、会話の頻度が月1~2回以下の者は、通訳・介助員派遣事業を利用していない者の場合には半数を超えていたが、通訳・介助員派遣事業を利用している者の場合には1割程度であった。

以上、実態調査から、「情報入手・コミュニケーション・移動」の3つを軸とした盲ろう者の社会参加の困難性が浮き彫りになり、通訳・介助員派遣事業が盲ろう者の社会参加促進に大きく寄与していることも明らかとなった。

4 障害者総合支援法の課題と提言

(1)個々のニーズに合った支援の仕組み

現行の地域生活支援事業における通訳・介助員派遣事業では、障害の程度、発症時期、コミュニケーション方法等による盲ろう者の多様なニーズに合わせたサービス提供が困難であるため、一人ひとりの盲ろう者に合った支援プログラムを作成し、必要なサービスが提供できる仕組みが必要である。

(2)財政基盤の強化

地域生活支援事業の財政的な枠組みでは、補助事業という性格から国や地方自治体の予算枠が限定されているため、通訳・介助員の利用時間が絶対的に不足している中で、たとえば通訳・介助員派遣事業を利用する盲ろう者が増えると、一人あたりの利用時間がますます減ってしまうという状況となっている。したがって、盲ろう者が社会的・文化的生活を送るのに十分な通訳・介助支援が受けられるよう、事業の財政基盤が強化される必要がある。

(3)地域格差の解消

通訳・介助員派遣事業の予算は、実施主体である自治体間でのバラつきが大きく、交通の不便な地域ほど移動に時間がかかるにもかかわらず、予算上の制約から派遣事業を利用できる時間数が少ないなどの状況も生じている。

盲ろう者が全国どの地域に住んでいても、いつでも必要なサービスが受けられるようにすべきである。

(4)既存の障害福祉サービスを盲ろう者が有効に活用できるような仕組み

ホームヘルプサービスや就労継続支援B型、生活介護などの日中活動系サービスの報酬に、意思疎通支援や個別送迎の加算を設けることなどにより、盲ろう者が他の市民や障害者と平等に社会参加できる仕組みが必要である。

5 おわりに

障害者総合支援法の見直しにあたっては、盲ろう者固有のニーズに十分に対応したサービス提供が可能となることを期待したい。そのためには、盲ろう者の多様性、個別性、ニーズの複合性などを踏まえた、新たな福祉サービスの制度設計と実態に即した運用が望まれる。

(いおりさとる 社会福祉法人全国盲ろう者協会)