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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年11月号

1000字提言

聞こえない人のためのソーシャルワークを考えよう!

稲淳子

ソーシャルワークって何? 聞きなれない言葉。

聴覚障害者が聞こえない人を支援するのは同じ障害者だからというだけではない。

私は1999年にホームヘルパーとして福祉の仕事に関わった。その後、福祉の専門資格を取ったきっかけは、アメリカの精神病院の聴覚障害者専用の病棟で、手話のできる医師と聴覚障害者のワーカーが患者の社会復帰を支援している現場を見たこと。あのころは、障害者の支援者は、健常者でないと務まらない、という固定観念があった。

今、思うとなぜそう思ったのか…聴覚障害者への支援は、まず、筆談が通じるか? 手話が分かるか? 口の形を読み取れるのか? 支援する側がコミュニケーション手段を試みるところから始まる。

戦前教育で言葉の獲得が十分でなかったAさんの「健聴者に嫌われたら、私、生きていけない」と何度も悲しそうに手話と身振りで話されたことを思い出す。聞こえないので、健常者から情報保障を支援してもらわなければならなかった。自分の言いたいことが伝わらず、殴られながら仕事を体で覚えたという人生を長く歩んできたAさんは、施設入所を拒否した。集団の中の孤独の方が辛いと分かっていた。

Aさんの辿ってきた人生の背景と周囲の環境を思い、長い年月の間抑圧されてきたこころの解放の支援をしてきた。聞こえない人への支援ではなく、Aさんへの支援である。アメリカで見た支援は、聞こえない人一人ひとりの生き方に合わせた支援。しかし、情報保障があれば、支援の内容や意味を理解し、自立ができるとは限らない。

「神様が一つだけ復活の恵みを与えてあげると言われたら聴覚を…」ヘレン・ケラーの言葉。

聴覚があれば、情報が入るだけでなく対人関係の構築ができるということである。耳の代わりになるだけで聴覚障害者を支援することはできない。

今、福祉の現場では、ソーシャルワークがそれぞれ分化する傾向が強くなってきている。たとえば生活保護、教育、依存症等それぞれ分化した専門支援は、当人の生活背景や特性に合わせていけると思う。しかし、聞こえない人への支援は、その人の持つ特性に合わせた多様性、全般的な支援が必要である。Aさんの支援は、家事援助、病気の治療、生活保護、傾聴などすべてAさんの特性に合わせた支援である。私一人が支援するのではなく、聴覚障害という特性を周囲の支援関係者・機関に理解してもらうよう働きかけをしながら、連携をとっていくことが求められる。

現場で、聞こえない人とコミュニケーションが取りにくい、通じないから支援困難なケースだ、と片付けてしまうことを一つでも減らしていきたいと思っている。


【プロフィール】

いなじゅんこ。精神保健福祉士、社会福祉士として大阪ろうあ会館や重複聴覚障害者施設等で精神保健相談支援、ハローワークで就労支援のほか、後見人業務にも携わっている。日本聴覚障害ソーシャルワーカー協会会長。聴覚障害者。