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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年11月号

ワールドナウ

チャレンジする子どもたちの保育施設アスムンス・ミーネ

田中一旭

デンマークの首都コペンハーゲンから40キロほど北に行ったヘルシンオア近くの里山の中に「コペンハーゲン市営情緒障害児治療通所保育所アスムンス・ミーネ」はあります。2014年9月、支援の必要な子どもと一般の子どもが共に過ごしている保育施設という話を聞いて訪れました。

アスムンス・ミーネの現在の定員は37人。そのうち9人にADHDの診断を受けている子どもやアスペルガーの診断を受けている子どもが支援の必要な子どもとして在籍しています。その他に知的な障がいはないものの、社会的理由によって支援の必要な子どもも通っています。

彼らの家庭は、親がアルコール中毒であったり、麻薬中毒であったり、失業によって社会的な支援が必要になり、コムーネ(市)から措置として通園することを求められています。親に生活上の困難性があるために、コペンハーゲン市内の決められた集合場所に子どもを連れて来られない場合は、コムーネが委託したタクシー(無料)で40~50分かけてアスムンス・ミーネに通園することもできます。親が社会的困難を有している場合であっても、子どもの支援を低下させないための、社会で支える仕組みができているのです。

8月1日からアスムンス・ミーネの新学期が始まります。今年も新しい園児たちが通園を開始し、私たちが訪問した9月初旬は入園してから1か月が経っていたものの、また園生活に慣れていない子どももいる状況でした。

私たちのバスが保育施設に着くと、子どもたちがすぐに集まってきました。彼ら彼女たちはアジアからの訪問者に興味津々。先生よりも先を競うように保育施設を案内してくれました。子どもたちの中には伝統的なデンマーク人と分かる子どももいれば、アラブ系の子ども、肌の色の黒い子どもなど多様な子どもがいます。ただ、どの子どもが支援の必要な子どもなのかは最後まで分かりませんでした。

保育施設の周りは豊富な自然に囲まれており、敷地内は天然芝で覆われています。園庭には子どもたちのための小屋がいくつもあり、一つの小屋では豚が飼われています。豚の名前は「美味しい豚ちゃん」。子どもたちは、自分たちよりも大きな豚が過ごしている飼育エリアにはしごを使って自由に出入りし、豚の世話をする子どももいます。園庭では豚以外にも鶏も放し飼いされており、ベリーやリンゴなど実のなる木もたくさん植わっていました。デンマークの3歳以上の子どもたちが通う保育施設は「子どもの庭」と呼ばれており、この保育施設も五感を使って過ごせる楽しい子どもの庭になっています。

7人いる保育職員はみな専門教育を受けて資格を取得した後に、働きながら夜間教育などを受講し、より高度な専門的な知識を有する「ペタゴー」という資格を持った職員です。7人のペタゴーのうち男性は4人、女性は3人です。ペタゴーの勤務は、1週間に4日働く勤務形態がとられています。1日の勤務時間は10時間程度。ローテーションで休みを取ることから、週4日勤務の週37時間勤務となっています。勤務時間はデンマーク国家によって週37時間と定められており、給与は全国のペタゴー組合と使用者との間で決まっているため、全国同一に保障されています。そのためワークライフバランスがとれており、職員が活き活きと子どもたちに向き合っている様子が見て取れました。

通常のデンマークの保育施設は、20人の子どもに対して保育士1人と保育補助1人が対応することが多いそうです。しかしながら、支援の必要な子どもはさまざまな葛藤を抱えています。そこで、アスムンス・ミーネの保育職員であるペタゴーは1人で5人の子どもを担当しており、そのうち1人が支援の必要な子どもです。

デンマークの保育制度では、3歳以上児と3歳未満児の保育施設に分かれています。そして多くの場合、支援の必要な子どもは3歳未満児保育施設の段階で発見されます。また、保育施設以外にソーシャルワーカーが家庭支援を始めているケースでは、コムーネを通じて措置される場合もあります。その他にも、かかりつけホームドクターから措置される場合もあります。そのため、8月1日の新学期に利用を開始するだけではなく、急に支援の必要な子どもがアスムンス・ミーネを利用開始する場合もあるのです。そのたびに、「もっと早く来られたらよかったのになぁと思うことが多くある」とペタゴーの1人は話してくれました。

支援の必要な子どもが自身の社会的課題を克服できた場合であってもアスムンス・ミーネに在籍しつづけることはできます。ただ、在園期間中に社会的課題を克服できるケースは少ないとのことでした。支援の必要な子どもの入園に関わる優先順位は特になく、一番の入園順位は時系列な順番です。ただし、兄弟が通っていれば優先入園できる場合もあるようです。

アスムンス・ミーネに通う一般の子どもの保護者には、教育レベルの高い家庭が目立つと聞きました。首都であり、大都会のコペンハーゲンに暮らす人々にとって自然豊かなアスムンス・ミーネの環境は、とても魅力的なのです。またデンマークでは、多様性のある環境の中で子どもが育つことを良いと考える人が多いのです。そのため、子どもが生まれた時に利用希望を待機リストに記載して入園を待つ家庭が多いそうです。

アスムンス・ミーネの子どもたちは特定のルールを守って過ごしています。そのためペタゴーが見守るなかで、小屋の上に登り、屋根から焚き火でスープを作っている様子を眺める子どもの姿がありました。子どもたちは、職員にあれをしなさい、これをしなさいと指示されるのではなく、自由に過ごしながら、自分の可能性を伸ばしています。自分だけではできなかった木登りでも、遊びのなかで楽しみながら、他の子どもと一緒だからこそできるようになり、結果的に体力もついていきます。

デンマークにおける通常の保育施設の子ども一人当たりの運営費は、年間約60,000kr(1kr=約20円)です。そして、支援の必要な子どもには通常の子どもより多くの予算配分がなされており、子ども一人当たりの運営費は、年間約250,000krです。こうした予算を背景に、高い専門性のあるペタゴーが多く配置され、多様性のある環境が実現され、結果として、この保育施設に通うことを希望する人が多い人気施設になっています。

アスムンス・ミーネに通う支援の必要な子どもにとっては、安心して過ごせる環境と自分のことを理解してくれる人がいて、社会からのバックアップも受けられる。一般の子どもにとっては、通常の保育施設と同じ利用料金で、恵まれた自然と多様性のある環境の中で、専門職員の細やかな支援が受けられる。職員にとっては、法律や組合での取り決めによるワークライフバランスのとれた勤務条件のもと、支援の必要な子どもたちと関わることで、他の専門家との連携を通じて自分自身の専門性を高め続けることができる。アスムンス・ミーネに関わる人々がそれぞれの強みと弱さを補完しあいながら、それぞれのチャレンジを乗り越える力を培っている姿に、デンマーク福祉の奥深さを感じました。

(たなかかずてる 大分大学大学院経済学研究科)