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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年11月号

列島縦断ネットワーキング【神奈川】

公開シンポジウム
「障害者権利条約と日本―条約は日本社会を変えるか?」の報告

山崎公士

シンポジウムの目的と概要

2014年2月19日、障害者権利条約(以下、権利条約)は日本について発効した。また、2016年4月1日、障害者差別解消法が施行される。同法が施行されれば、障害を理由とする直接・間接差別だけでなく、障害者に「合理的配慮」を提供しないことも障害者差別とされることになる。

2014年9月20日(土)午後に、公開シンポジウム「障害者権利条約と日本―条約は日本社会を変えるか?」が神奈川大学横浜キャンパスで開催された(神奈川大学法学研究所主催)。

現在、国・自治体・企業等で、「合理的配慮」をめぐるガイドラインづくりが進められている。このシンポジウムでは、権利条約を国内で運用してきた諸国の実際などを参考に、権利条約が日本社会に及ぼす影響を考察し、権利条約や障害者差別解消法の今後の運用のあり方が検討された。

シンポジウムは、第1部ニューヨーク・ロースクールのマイケル・パーリン教授と東俊裕弁護士の講演、第2部シンポジウム「日本における障害者法制の課題」(シンポジスト:パーリン教授、東弁護士、川島聡氏(東大先端科学技術研究センター客員研究員)、司会:山崎公士)の2部構成で進められた。

シンポジウムには大阪・三重・北関東等の遠方からの参加者を含め75人が参加した(うち20人は神奈川大学の教職員・院生・学生)。障害当事者、当事者団体・助成団体関係者、弁護士、研究者等多彩な方々にご参加いただき、活発な質疑が展開された。

パーリン教授の講演概要

障害者法、特に精神障害者をめぐる法制度研究の世界的権威であるニューヨーク・ロースクールのマイケル・パーリン教授は、「障害者権利条約の国際的な意義」のテーマで、次のような講演を行なった。

国連の権利条約は、障害者、特に精神障害者にとって、最も重要な条約である。この条約は、障害者に対する国家の対応を劇的に変える力を持つ。権利条約は、ヨーロッパ、南アメリカ、アメリカ合衆国(未批准だが)にとって大きな影響力を持っている。しかし、アジア太平洋地域に、地域の人びとが申し立てできる「機関」としての「アジア太平洋障害者権利裁判所(DRTAP)」が設立されない限り、権利条約は同地域にとって象徴にしかすぎない。DRTAPはアジア太平洋地域で権利条約に命を与える、最善の、そして唯一の手段である。

東弁護士の講演概要

障がい者制度改革推進会議担当室長を本年3月まで務めた東弁護士の講演「障害者権利条約と国内法整備」では、条約が批准された段階で権利条約をどう見るかの観点から、今後の課題が語られた。

従来、障害者の人権は隠された問題だった。しかし、権利条約は障害者の人権をグローバルスタンダードとして具体的に提示しており、日本での障害者の権利状況を明らかにする大きな鏡となる。また、権利条約は制度を改革し、一般の障害者観を変える現実的な力になる。

権利条約は社会モデルを明らかにした。障害者の社会参加を拒んできた社会的障壁をなくすには、障害者を対象とする制度や政策のあり方を変えなければならない。

障害者は人生の前半で分離教育の下に置かれてきた。しかし、学校での分離教育は共生社会、インクルーシブ社会の構築にとってレッドカードだ。大人になれば、重度であればあるほど、地域で住む社会資源がないため施設で暮らし、精神病を発症すると強制入院、任意入院などになる。

地域社会で生活する時、ぶつかることは二つある。ひとつは差別の問題。障害者が施設にいれば、差別を味わうことはない。もちろん制度的には、それが差別なのだが。しかし、外に出ようとすれば、一般社会と接するほど差別される。もうひとつは就労の問題。日本で障害者が働く場合、福祉的就労と一般就労の途がある。どこで働くか、労働条件、賃金、労災補償、労基法の適応など、両者は格段に違う状況にある。訓練が必要であれば福祉的就労に行って、卒業すれば一般就労などと、移動できる状況があればいいが、極めて閉鎖された労働環境になっている。

2001年に日本弁護士連合会が、奈良県で人権擁護大会を開催した。その時、障害者のこともテーマにした。当時行政などは、障害分野に関して障害者差別禁止法などはできないという対応だった。それから10数年、今年権利条約を批准したので、改めて日弁連として10月に函館で、権利条約完全実施に向けてシンポジウムを開いた。

以上の総論を踏まえ、講演の後半では、権利条約に照らした日本における障害者の権利をめぐる問題点が条文ごとに解説された。しかし、これは膨大な内容であり、紙数の関係でここでは省略する。

両講演に対する川島聡氏による質問

権利条約はまず各国内で実現される。権利条約は市民的・政治的権利とともに、経済的・社会的権利なども保障する。後者を実現するには、財や資源を社会的弱者に分配する政治的判断が重要となる。資源の分配、分配的正義の領域の問題に対して、DRTAPはどのような役割を果たすことができるのか、パーリン先生にお伺いする。

ジュネーブにある権利条約の監視機関である障害者権利委員会は、最近、法的能力の平等を締約国に求める一般的意見を採択した。東弁護士は昏睡状態にある人や全く意識がない方たちについては、限界事例として、代行決定も許容されるのではないかというニュアンスのことをおっしゃった。ところが、障害者権利委員会は一般的意見で、代行決定は一切認めないという厳しい立場を採っている。東弁護士はこの一般的意見についてどうお考えか伺いたい。

パーリン教授と東弁護士の回答

パーリン教授:DRTAPはすべての権利、経済的、政治的、社会的、文化的な権利を審査機関でカバーすべきと考える。DRTAPは権利条約で保障されている権利だけでなく、あらゆる権利、社会的、経済的などすべての権利を保障する機関にしたい。

東弁護士:代行決定がだめというのに例外はないのか。仮に、植物状態のような場合に例外を認めるにしても、その前提として、どうして、行為能力を制限しなければならないのかと思う。制限を前提とした代行決定は、一般的意見が言うように間違いではと思う。

フロアからの質問と回答

両講演者に対し、フロアから16通の質問票が寄せられた。時間の関係ですべてに対応できず、司会が主要な質問に焦点を絞り、回答いただいた。

〔DRTAPの構成員は裁判官か?また、苦情申立てを処理する手続きはどのようなものか?〕

1.賛同する国の国民から選出するのか、2.障害当事者から選ぶのか、3.法律家から選ぶのか、が問題となる。重要なのは、自分たちの国や組織から自立・独立した立場にいる者を選ぶことだ。

〔DRTAPに人権侵害の苦情申立てをする場合、弁護人の存在が大事だが、身近にそうしたよい弁護人はいない〕

ロースクールで人権に関する訴訟について、学生をトレーニングする国は少ない。ニューヨーク・ロースクールで実施しているオンラインでの国際人権法教育プログラムのようなものを今後も世界に広げたい。

〔障害者権利条約を日本社会に周知し、定着させる具体的な方法は何か〕

学校や社会で、障害者と実際に交流する機会を創ることが重要である(以上、パーリン教授の回答)。

〔日本で人権救済機関がないことによるデメリットは何か、またどうしたら設置できるのか〕

日常的な差別事例を、身近なところで解決できる仕組みがないと、事実上何も変わらない。現時点で人権一般に関する独立した救済機関はない。各地でできつつある障害者差別禁止条例が持つ救済の仕組みの活用が一つの望みである(以上、東弁護士の回答)。

以上のようにこのシンポジウムでは、第一線の研究者や実務家による講演や質疑を通じて、権利条約を活用して障害者の権利を促進し、保護する方策が多角的に論じられた。

(やまざきこうし 神奈川大学教授)