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「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2014年11月号

工夫いろいろエンジョイライフ

実用編●誕生から黎明期を楽しむ、他●

提案者:佐藤順子 イラスト:はんだみちこ

佐藤順子(さとうじゅんこ)さん

脊髄性筋萎縮症(SMA)のため幼少期から車いすと体幹装具を使用。11歳で電動車いすに出合いドライバー歴40年超。幼稚園から大学まで地元地域のいわゆる普通学級で学ぶ。大学卒業後、自宅にて英語教室を開設。現在は、CILたすけっと障がい当事者スタッフとしてまあまあ活躍。52歳。仙台生まれの仙台在住。


いつの時代もエンジョイライフ

誕生から黎明期を楽しむ

私が育ったのは高度成長期にさしかかった頃。時代も時代でしたので福祉に関しては黎明期…5歳までは家の中で車いす代わりに三輪車に乗って遊んでいました。

私が高校生の時に新築した家は、設計士の父が面白がってバリアフリー化に取り組んでくれました。

住まいは眺望を優先し中2階。玄関まで20メートルほどのスロープがあり、玄関は自動ドアです。玄関前の軒下が長いので雨の日も便利。玄関内は廊下の一部が上げ下げできてスロープになり、来客の多い時には下に靴を置いて広く使えるようになっています。

祖母と私の部屋の間は、両側から使えるトイレ。寝室と直結のトイレは2人制介助が必要な私には不可欠なものです。室内も車いすで動けるように、それぞれの部屋は大きめで部屋数は少ないですが、ザックリ作ってあり、後々必要になった時のマイナーチェンジが楽しめます。


いつの時代もエンジョイライフ

私の創世記を楽しむ

自宅から通学した幼稚園から高校は徒歩圏内。雨の日も風の日も雪の日も、登山用ヤッケを着て車いすで通いました。大学は、学力と興味とキャンパスの美しさから自動車で15分ほどの私学を選びました。いろんな方々と関われたキャンパスライフは、私の生活の礎です。

大学卒業後は就業時間も自分のペースで決められるので、自宅で英語教室を開設しました。天井に固定したビデオカメラで、私の車いすのテーブルに焦点を合わせて私の手元を映し、テレビを黒板代わりに使っていました。内輪では代ゼミ並みと評判でした。英語での動作やダンスを教える時は、学年が上の子どもたちが低学年に見せるビデオや写真を作ってくれました。

いわゆるフランチャイズの教室でしたが、私の能力を活かしてくれる上司がいて、理解のある生徒たちと保護者がいて、小学生から高校生まで頼られたり頼ったり…忙しいけれど楽しい毎日でした。


いつの時代もエンジョイライフ

出ヒキコモリ記(しゅつひきこもりき)で楽しむ

ほぼ両親のみの介助で生活してきた私でしたが、母が他界し、父も入院して急きょ自立生活を始めることになりました。

英語教室も事実上の閉鎖で、数年間ヒキコモリ状態。世間知らずの私が、今こうして社会との繋がりを断たずにこられたのは友達のおかげです。それぞれに自立した友達が、自らの経験や情報を持ち寄って応援してくれました。

ご近所の理解もあり、多くの方々のオチカラをお借りしながら、今も生まれ育った自宅で生活を続けています。

現在は週1~2回、バスと地下鉄を使って障がい者自立生活センターへ約1時間かけて通勤。母校の生涯学習講座でも趣味として英語を続け、近所の留学生家族との交流も楽しんでいます。

小さい時から外に出るチャンスを与えてくれた縦のつながりの両親にも感謝ですが、ノーマライゼーションの本質は横のつながり…困っていることを伝えるチカラと分かち合うキモチを持って、当事者側もココロのバリアフリー化をしていくことが大切だと考えています。